第六百二十六話:一夜への信頼
ひとまず、できる範囲でやれることはやっておこうということで、神剣の強化はやっておくことにした。
元々、神剣を使う場面はあまりなかったし、神剣を所持しているのは、持ち主として認められたから、仕方なくという部分もある。
どうせそんなに使わないのなら、少しでも強化に時間を費やし、その間に私自身の強化も考えておけば、無駄がない。
私自身を強化しすぎることによって、人としての生活を送れなくなるかもしれないという懸念もあるけど、だからと言って、全く強化しないという選択肢はないし、強くなるのは決定事項でもある。
どういう風に強くなるのかはまた考えるとしても、時間をかければ何かいい塩梅が浮かぶかもしれないし、未来の私に期待するとしよう。
「ルーシーさん、許可を出しますので、神剣を神界に持って行ってくれませんか?」
「承知しました。ハク様も、できる限り後悔のない選択をするようにお願いします」
私は、【ストレージ】から神剣を取り出す。
本来、神剣は選ばれた者しか持つことができないが、所有者が許可を出せば、触れることくらいはできるようになる。
神界に行くには色々と手順が必要になるし、そもそも神界自体がそんなに行きたいとは思えない場所でもある。
だから、この際ルーシーさんに任せてしまおうと思ったわけだ。
なんか、遣い走りさせているようで罪悪感があるけど、これはあちら側の意思でもある。これくらいの頼みは聞いてくれるだろう。
ルーシーさんは、恭しく神剣を受け取ると、そのまま姿を消す。
私の神剣は、結構な大きさがあり、ルーシーさんと比べても、身長以上あるわけだけど、軽々持っていたな。
やっぱり、天使だから? それとも許可を出したから、神剣側が重さを変えたんだろうか。
よくわからないけど、ちゃんと強化されてくれると嬉しいね。
「さて、一夜のところに行かないと」
私の強化案を模索するのも大事だけど、今は一夜がいるし、そちらの相手もしないといけない。
私は、家の中に入り、一夜がいる部屋へと向かう。
そういえば、ルディにも連絡を入れておかないといけない。
個人的には呼びたくないが、呼ばなかったら何を言われるかわかったもんじゃないからね。
[一夜、いる?]
[いるよー。用事は終わった?]
[一応ね。ひとまず、ルディを呼ぼうと思うんだけど、大丈夫そう?]
[うん、大丈夫。ルディ、元気にしてるかなぁ]
一夜は、まるで久しぶりに会う予定の友達を待つがごとく、嬉しそうである。
あんな、近くにいるだけで自ら死を選びたくなるような神様の何がいいのか。
私は、小さくため息をつきつつ、ルディの棘を取り出す。
一見すると竜の角のように見えるものだけど、本人曰く、これは棘の部分らしい。
棘って言ったって、姿自体は確かに竜に似てはいたけど、そのほとんどは暗闇であり、実体なんてないように見えたんだけどね。
本当は実体があるんだろうか。まあ、見たいとも思わないけど。
「さて……ルディ、来て」
棘を手に、呼びかけると、棘から黒い靄が噴き出してきた。
それは見る見るうちに部屋を覆い尽くし、かすかに死臭を漂わせるようになる。
慌てて窓を開けたけど、それでも靄は漏れだすこともなく、部屋中に溜まっていく。
一体何なんだと思ったけど、やがて靄は一か所に収束していき、一つの形を成していった。
全身が暗く、輪郭がはっきりとしないが、それは小さな竜のようなシルエットに見える。
以前見た時は、もっと巨大で、それこそお父さんくらい大きかったけど、今はかなり小さい。
大きさすらも、自在に変えられるのか。
『会いたかったぞ、我が契約者よ』
[ルディ、久しぶり! 元気にしてた?]
『体に異常はないが、契約者と会えない日々は、とても空虚だった。再びまみえることができて、歓喜の念に打ち震えている』
出てきてそうそう、ルディと一夜は、再会を喜ぶようにハグをする。
片や普通の人間で、片や異形の化け物。明らかに異質な組み合わせではあるけど、セリフだけ聞いていれば、とても美しい友情のように聞こえる。
まあ、それを見せつけられている私はとても複雑な気分になっているけど。
「ルディ、嬉しいのはわかりますが、びっくりするので普通に登場していただけませんか?」
『むっ、契約者の兄もいたか。特におかしな登場の仕方はしていないと思うが、何か不満だったか?』
「……まあ、いいです。それより、一夜に変なことしないでくださいね?」
『安心しろ、契約者に不貞を働くつもりはない。それより、我はヒヨナと二人きりで話したい。席を外してもらえるか?』
「できるわけないでしょう! 一夜は私の妹です。私が守ります」
以前から思っていたけど、ルディの一夜に対する信頼度はかなり高い。
一体、どんなことをしたらそんな風になるのだろうか。
いくら自分の愛し子に似ているとはいっても、そこまで気を許す関係になるとは思えないんだけど。
[大丈夫だよ、ハク兄。ルディは変なことしないって]
[そうだとしても、一夜から離れることはなるべくしたくないんだよ]
[もう、心配性だなぁ]
[そりゃ心配にもなるよ。前回何があったのか忘れたの?]
前回、一夜がこちらの世界に来た時は、ヘクスに攫われて大変だった。
そのせいで、ルディという異世界の神様に目をつけられることにもなったし、一時の判断ミスで、一夜が危険な目に遭ったというのは、私にとってかなりのトラウマ物である。
もちろん、四六時中そばにいれば安心というわけでもないけど、少なくとも、得体のしれない神様と二人っきりにするのがいいこととは思えない。
ルディに関しても、結構謎が多いしね。
『ふむ、まあ、いいだろう。契約者よ、異世界の土産話を聞かせてくれぬか?』
[いいよー、何から話そうかな]
そう言って、二人は話し始める。
まじで、私やエルのことをいない者として扱っているな。
何か密談をしたいというわけではなく、ただ単に私がいると邪魔だったから追い出そうとしてたってことか。
それはそれでなんかもやもやするけど、まあ、変なことする気がないならそれでいい。
私は、その辺にある椅子に腰かけながら、二人の様子を見る。
ルディの表情はよくわからないが、一夜はとても楽しそうで、本当に親しい友人と話しているかのようだった。
私と話している時も楽しそうではあるけど、それとは少し違う表情な気がする。
何となく、イラッとした気持ちを抱えながら、しばらくの間、ルディの見張りに勤しむのだった。