第六百二十五話:私の強化案
第二部第二十三章、開始です。
一夜と共に帰ってきた世界。
以前と同じなら、また観光に時間を割いて、適当なタイミングで帰ってもらうところだけど、今回は色々とやることがある。
すなわち、私自身の強化だ。
クイーンを相手にするにあたって、私自身が強くならなければ、勝ち目はない。
今までは、神様の指示もなかったし、クイーンの居場所もわからないしで、あまり必要性を感じていなかったけど、リクに言われて、そろそろやばいんだということを感じさせられた。
まあ、リクが本当のことを言っている保証もないけど、わざわざ嘘を言って焦らせる理由もない。
どのみち、クイーンに対抗する力は欲しいし、これを機に、行動を起こすのも悪くないだろう。
リクからは、狂気の力を取り込んだらいいのではないかと言われたけど、それは流石に少し怖い。
確かに、純粋なリソースとして考えれば、かなり強力な代物なのは確かだ。
ただでさえ、竜を服従させ、意のままに操っていたものである。この力を吸収することができれば、強くなれるのは間違いないだろう。
でも、それは異世界の神様の力である。
私が取り込んで無事な保証はないし、何より、名前の響きから考えても遠慮したいものだ。
だから、まずは意見を得るべく、相談しようと思う。
[一夜、ちょっと部屋で待っててくれる?]
[ん? うん、わかった]
まず相談すべきは、ルーシーさんだろう。
ルーシーさんは天使だし、神々とのコネクションを持っている。
どのみち、神界に行くには色々と手順が必要だし、神々の力を借りるにしても、話さなければならない相手だ。
「ルーシーさん、いますか?」
「はい、こちらに」
私が呼び掛けると、すぐに現れてくれた。
私は、リクに話された内容をざっくりと伝え、【ストレージ】にしまってある、狂気の力を宿す杭のことを話す。
それを聞いて、ルーシーさんは難しい顔をしていた。
「うーん、お勧めはできません。その力は、明らかに異質なもの、いくらハク様が神だとしても、どうなるかはわかりませんから」
「やっぱりそうですよね……。でも、このままではクイーンが動き出すのも近いかもしれません。どうにか強くなる手段はありませんか?」
「それに関しては、一応協議が成されています」
私が聞くと、少し予想外な答えが返ってきた。
クイーンがこの世界に来ているとわかった時、対処に追われる私も強くなった方がいいのではないかと、相談したことがあったけど、その時は、自分達に任せて何もしなくていいとの回答が返ってきていた。
まあ、あの時はまだ相手の性質もよく理解できていなかったし、私は厳密には神様ではなく、普通の人間だから、私が対処すべき案件ではないかもしれないという雰囲気もあった。
だからこそ、創造神様もあえて何もしなくていいと言ったのかもしれないけど、その裏では、私の強化案を話し合っていたらしい。
私が望むかどうかはともかく、現状地上で活動できる神様が少ない以上、柔軟に対処できるのは私しかいない。だから、私を強化することで解決策とするのは、何も間違っていない。
しかし、あまりに強化しすぎれば、私は本当の意味で神様となってしまう。
天使達は、すでに私のことを神様として認識しているけど、厳密にはまだ私は神様ではなく、精霊の部類に入るはずだ。
強化を経て、私の力が強まれば、私はより神様に近づく。
それは、より人間離れした力を得るということであり、私が望む、人間としての暮らしは送れなくなってしまう可能性があるわけだ。
それをどこまで重く見るかが、争点となっているらしい。
「ハク様が今の生活を望むのなら、あまりに強化しすぎるのは問題です。しかし、強化が足りずに力及ばなければ、意味はありません。なので、なかなか決めきれずにいるのです」
「そんなことになってたんですね……」
創造神様は、あくまで私の意見を尊重する選択をしているらしい。
だから、私ではなく、他の地上に降りれる数少ない神様を頼って、事態の収拾を図ろうとしていたり、仮に私を強化するにしても、最低限人としての暮らしを謳歌できるように調整したいとのことだった。
まさか、そこまで私に肩入れしてくれるとは思わなかったけど、でも、私としても、今の生活を捨てる気にはなれない。
まあ、世界の危機だというのなら、そんなこと言っている場合ではないのかもしれないけど、だからと言って何もかも捨てられるかと言われたら、そんなことはないからね。
「ハク様が望むのなら、神としての力を強化することはできると思いますが……」
「そのためには私の覚悟が必要ってことですね……」
理想としては、私の今の環境を崩すことなく、強化だけ施すと言ったところだけど、そんなこと可能なんだろうか?
どんな修行でもそうだと思うけど、一朝一夕で強化されるようなことはないと思うし、強化するにしても、相応の時間と労力がかかりそうだけど。
「一応、人の身の範囲内で、ある程度強化することも可能ですが……」
「その場合はどうなるんですか?」
「案の一つとしては、武器を強化する案ですね」
武器というのは、私が持つ神剣ティターノマキアである。
元々は、別の神様の持ち物だったけど、私が所有権を上書きし、自分のものとした。
ほとんど使ったことはないのだけど、時折出してあげないと、暴れてしまいそうになるから、定期的に外に出すことはある。
私の戦い方は、魔法がメインではあるけど、神剣が強力な武器なのは確かだし、神様に対抗するなら、武器を強化するのも悪くはないだろう。
そして、武器を強化する分には、私自身が強くなる必要もない。
確かに、案としてはまともな案だね。
「ただ、武器の強化でも、問題はあります」
「というと?」
「ハク様が扱いきれるかという問題ですね」
神剣は、持ち主を選ぶ。神剣自体に意思のようなものがあるかはわからないが、資格がない者が触ろうとしても、弾かれて触れることすらできないのだ。
私は、ネクター様やパドル様の力を借りて、強引に認めさせてもらったけれど、当時の私の力と比べて、今の私の力は弱体化していると言っていい。
だから、神剣自体も、それを不満に思っているわけだ。
つまりは、今の時点でも、半分くらい認められていないような状況。その上で、さらに神剣を強化してしまったら、本当の意味で認められなくなってしまうのではないかということである。
いくら武器が強くても、振るえければ意味がない。
結局、私自身も少しは強くならないと、解決しないわけだ。
「一番手っ取り早いのは、やはり時の神殿を用いて修行をすることでしょうが、あれは厳しいでしょう?」
「いや、まあ、そう、ですね……」
単純な話、修行に時間をかければ強くはなるわけで、時の神殿は、時間の流れが違う仮想空間で、いくらでも修行ができる場所である。
あれを用いれば、現実には短時間で強くなることも可能ではあるけど、平然と100年くらい経過するから、私の精神が耐えられない可能性がある。
神様にとって、それくらいの時間は一瞬なんだとしても、尺度が人の私にとっては、人の一生が終わる時間だ。
最初に体験させられた時だって、パドル様が手を貸してくれなければ、精神崩壊を起こしていたことだろう。
それが最適解ではあるかもしれないが、流石にあれをもう一度体験しろと言われても、私は拒否する。
なんか、私の我儘で議論が難航していると思うと申し訳ないけど、これはどうしようもない問題だ。
「どうしたものかな……」
強くなる方法はあるにしても、現状を維持しながらとなると相当難しい。
せめて、一夜があちらの世界に帰っている状態ならまだ考えようはあるけど、一夜のことを考えると無茶しすぎるわけにもいかない。
まあ、帰ってからやればいいだけの話なんだけどね。
私は、何かいい手はないかと考えを巡らせるのだった。
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