幕間:そろそろ動く時
僕らは、とてもお人好しな神に出会った。
本来、神とは人々に恐怖を与え、信仰させることによって力を得る集団である。
それは外宇宙からやって来た神も同様で、それが当たり前のことだと思っていた。
しかし、僕らが出会ったその神は、人にとても優しく、僕らの在り方を否定してまで、人々を助けようとした。
まあ、人に友好的な神もいないことはないけど、ここまで肩入れするのは稀だろう。
僕らは、そんなお人好しの神に条件を提示し、その体を依り代として、住処を得た。
神の体に宿るなんて、普通は嫌がられるけど、そのお人好しの神、ハクは、嫌がりながらも受け入れてくれた。
気になっていた玉、竜珠というらしいけど、そこはかなり快適で、しかもハクの体をある程度自由にいじくることができる。
最高の住処と、最高のおもちゃを手に入れて、僕らとしては、しばし使命を忘れてのんびりするのも吝かではないと思っていた。
しかし、この世界にクイーンがいると聞いて、そうも言っていられなくなった。
『流石に、クイーンをこれ以上放置するのは怖いよねぇ』
クイーンは、外宇宙からやって来た神であり、人々を混沌に陥れるのが趣味みたいな邪悪な奴だ。
まあ、人々に病気を振りまく僕らが言えたことではないかもしれないけど、僕らの目的は病気を周知させることであって、人々を苦しめることではない。
元から人々を苦しめるのが目的のあいつらとは違う。
そんなクイーンは、どうやらハクのことを気に入っているようだ。しかも、結構な入れ込みようと見える。
ハクから聞いた話と、世界中に散らばらせている僕らの一部からの情報でも、それは明らかだった。
このまま行くと、クイーンはハクの気を引かんがために、世界を滅ぼすだろう。
いや、滅ぼすまではいかなくとも、いくつかの国が機能停止に追い込まれるくらいはするはずだ。
別に、僕らとしてはこの世界がどうなろうが知ったことではないけど、それでハクが悲しむのは少し気になる。
なにせ、大事な宿主様だからね。いずれは召喚されて別の世界に行く身だとしても、クイーンに好き勝手されるのも癪に障る。
というか、僕らを召喚したのがクイーンだという時点で、ちょっと頭に来ているしね。
僕らは、召喚者の願いに応じて、病原体を広める。なのに、クイーンは呼び出すだけ呼び出して放置だった。
せめて、僕らを使って病気を認知させろよと思うし、そうでなくても元から敵同士である。
であるなら、クイーンの邪魔をする方向で動いた方が、胸がすっとするものだ。
『差し当たって、アドバイスはしてみたけど、どう出るかなぁ』
クイーンを放置しておくわけにはいかないのは確かだが、じゃあ今すぐハクがクイーンに挑んでいいかと言われたら、そんなことはない。
クイーンの力は強大だ。僕らでも、せいぜい特定の姿の一つを死滅させることくらいしかできないだろう。
ハクは神としてはまだまだ未熟だし、このままではワンサイドゲームになる可能性が高い。
他の神が力を貸してくれたとしても、結果は同じだと思う。
だから、根本的に強くなる必要がある。
そのためには、巨大なリソースが必要。すなわち、狂気の力を取り込むことだ。
狂気の力と聞いて、ハクは少ししり込みしているようだけど、別にそんな怖いものじゃない。
そもそも、神の本質は人々の狂気を操る者だし、その力を得たところで、本質は変わらないはずである。
まあ、この世界では、その常識が通用するかはわからないけど、だとしても、力を得られるなら、えり好みはしていられないはずだ。
ただでさえ、この世界の神は後手に回っているようだし、強力なレベルアップ手段を用意しているとも思えないしね。
狂気の力を取り込んで、まずは基礎能力を上げる。それから、他の神々の力を借りて、その力を強化する。これがベストだろう。
果たして、うまく事が運ぶのか、見ものではあるね。
『……っと、流石に気づかれたかな?』
夢の中の暗闇。僕らだけの空間に、何者かが入ってくる。
それは、薄青色の毛並みをした一匹の猫。
ハクの家で飼われている元野良猫だけど、ここに来たということは、恐らくバックにいるのはあいつだろう。
特別隠す気はなかったけど、わざわざ干渉してきたってことは、僕らが何かを吹き込んだのはばれてそうだな。
『こちらの世界で会うのは初めてですか。久しぶりですね』
『久しぶり。わざわざこんなところまで来て、何の用?』
『そうですね、単刀直入に言いましょう。ハクに何を吹き込みましたか?』
猫は鋭い目でこちらを見てくる。
ハクは、狂気の力を取り込む前に、相談すると言っていた。であるなら、そのことは猫の神にも知られているだろう。むしろ、真っ先に相談してもいい相手である。
実際には、まだ相談に行ったわけではないにしろ、ハクの様子を見れば、何かしようとしているのは明らか。
飼い猫のルークを通じてそれを見ていたなら、一番怪しいのは僕らだってことも、すぐにわかるよね。
『別に、ちょっと強くなる方法を教えただけだよ』
『それは、クイーンに対抗するために?』
『そう。君だって、クイーンに好き勝手されるのは嫌だろう?』
『ええ、それはそうですね。しかし、これは私達の世界の問題です。これ以上、ハクを巻き込むべきではありません』
『そんなこと言ってる場合かな? このまま行けば、いずれハクは死ぬ。この世界もめちゃくちゃになる。君はそれを止めるために来たはずだよ』
ハクが混乱の渦中にいるのは変えようのない事実である。いくらハクのことを巻き込まないように立ちまわったとしても、ハクが問題の中心からいなくなることはないし、その過程ですり潰されたとしても、何ら不思議はない。
僕らの宿主が、そんなくだらない保守的な思考でいなくなられては困る。
それは、猫の神だってわかっているはずだけどね。
『君がどう思おうと、ハクは巻き込まれざるを得ない。だったら、死なないように手助けする方が、建設的だと思うよ?』
『……それでも、我々の力を取り込む必要はないと思います』
『この世界の神々に任せろって? いやぁ、それは流石に悠長過ぎでしょ。今までさんざん日寄ってきた奴らなんだから』
『慎重に動いていたと言ってほしいですね。クイーンの危険性に加えて、他の神々まで迷い込んでいるとなれば、ちょっとの判断ミスで世界のバランスが崩れてもおかしくないのですから』
『そんなの今更じゃない? 奴らがその気になれば、こちらの思惑なんて無視して世界を崩壊させてるだろう。動いてないのは、ひとえにクイーンがハクのことを気に入ってるから。でも、それもそろそろ限界のはず。これでもまだ悠長に待って居ろって?』
『……』
まあ、猫の神の気持ちもわからないことはないけど、僕らは意見を変える気はない。
ハクには強くなってもらう。そして、あわよくばクイーンを倒してもらう。
そうすれば、しばらくの間はこの世界も安泰だろう。
僕らも、再び召喚されるまでの間、ハクとイチャイチャできるし、一石二鳥というものだ。
『……そちらの意見はわかりました。ですが、こちらにも考えはありますので、あまり邪魔はしないで貰えると嬉しいです』
『僕らはあくまでハクの意見を尊重するよ。アドバイスはするけどね』
『そうですか。では、失礼します』
そうして、猫はいなくなる。
果たして、ハクはどんな選択を取るだろうね。
感想ありがとうございます。