幕間:得体のしれない友達
葵の父、信之の視点です。
ここ最近、俺の娘に新しい友達ができた。
ハクという、見た目は小学生みたいな奴だが、すでに成人しているらしく、礼儀も正しくて、俺としても好印象の相手だ。
きっかけは、俺の娘、葵がゲームセンターに遊びに行った時に、クレーンゲームで代わりに景品を取ってくれたことである。
それを聞いた時、俺はチャンスだと思った。
葵は、友達が少ない。唯一仲良くしていた相手も、サイレンスの先走りによって殺されてしまい、それをきっかけに不登校になってしまった。
俺としては、ちゃんと学校に行ってもらいたいところだが、流石に、落ち込んでいる娘に対してそんなことは言えない。
せめて、新しい友達でもできればと思っていたところにやってきたのが、ハクである。
これをきっかけに、葵も明るくなってくれたら、学校にも行ってくれるかもしれないし、以前のように笑顔を見せてくれるかもしれない。
そう思って、とびっきり優遇して囲い込もうとしたわけだが……。
「仲良くはなった。仲良くはなったが……」
狙い通り、ハクは葵と仲良くなった。
仕事があるからか、会うのは数週間に一回程度とそこまで高い頻度ではないが、それでも、葵には笑顔が戻ったし、目論見は成功したと言っていいだろう。
ただ、一つ懸念があるとすれば、ハクの素性が全く知れないということだ。
「あいつ、まじで何もんなんだ?」
仲良くなったからには、離れてもらっては困る。
だから、相手の住所や仕事先、親しい人なんかを調べ上げて、離れられないようにするつもりだったが、いくら調べても何もわからないのである。
尾行をつけてもいつも撒かれてしまうし、葵から何か聞き出そうにも特にめぼしい情報はなし。
せいぜいわかっていることは、最寄駅らしき駅くらいだろう。
最初に家に連れてこられたのが不思議なくらい、情報を掴むことができない。
部下が無能なのかと思ったこともあったが、ハクの様子を見る限り、ハクが一枚上手ということだろう。
尾行にも気づいていたようだし、俺に尻尾を掴ませる気はないということだ。
こうなってくると、どうしたものかと思う。
別に、今の関係性を見る限り、下手なことをしなければ、ハクはずっと葵と友達でいてくれるだろう。
しかし、いざという時に留め置く手段がないというのは少し不安である。
相手の素性がわかっていれば、脅して言うことを聞かせることもできるというのに。
「正則の奴にも出し抜かれるし、散々だな」
一条正則。俺のライバルであり、裏社会を率いる闇の商売人。
ここ最近、その正則の家にやたらと出入りしている奴がいるというから、調べさせていたが、どうやらそこで新たにビジネスを起こそうとしているという情報があったらしい。
詳しいことは聞き取れなかったのか、かなり曖昧だったが、ませきがどうとか言っていたようだ。
表でも裏でも、最近は負けっぱなしである。だからこそ、妨害してやろうと刺客を送り込んだわけだが、結局返り討ちに合ったらしい。
なんでも、フードを被ったチビにやられたらしいが、また妙な奴が出張ってきたものである。
派手にやられたもんだから、警察にも目をつけられて、揉み消すのに苦労したものだ。
未だにそのビジネスとやらは発表されていないが、発表されるのも時間の問題だろう。
本当に、ついていない。
「何かいいことでもあればいいんだがなぁ」
ため息をつきながら、葵の部屋へと向かう。
葵は、ハクとの交流のおかげで、だいぶ元気を取り戻してきたが、未だに学校には行っていない。
どうやら、学校に行っている間にハクが来たらと思うと、常に待機していた方がいいと判断したようだ。
以前のトラウマを考えれば、せっかくできた友達に固執するのはわかるが、それだと余計に友達は増えない気がする。
勉強自体は、家庭教師もつけているから問題ないとはいえ、これでは根本的な解決にはならない。
「葵、何を見てるんだ?」
「配信」
妙な方向に知恵が働いてしまったなと思いながら部屋に入ると、葵がパソコンで何かを見ていた。
後ろから覗いてみると、何かのゲームの配信なのか、ゲーム画面と、その端に人が映っている。
「ほう、新しいゲームの探求か?」
「それもあるけど、推しだから」
どうやら、この配信をしている人物が気に入っているらしい。
どうやらRTAというものに挑戦しているらしく、常人では到底できないようなすさまじいプレイを連発している。
よく聞いてみると、声もどこか聞き覚えがあり、葵的には安心できるものなんだろう。
ハクが来ていない間は、こうして動画サイトを漁ったり、ゲームをしたりして時間を潰していることも多いが、ハク以外にも気に入った人物がいるのは僥倖である。
いっそのこと、この配信者を拉致でもするか?
「……ん? この声、何か……」
どこか聞き覚えのある声だとは思っていたが、流石に聞き覚えがありすぎる。
それに、画面に表示されている手。
これは、ツールの類を使っていないことを証明するためにあえて映しているらしいが、この小さな手にも見覚えがあった。
これは紛れもなく、ハクのものである。
「おいおい、仕事って配信業かよ……」
連絡しても繋がらないことが多いから、てっきり海外にでも行っているのかと思っていたが、まさかの配信業。
じゃあ連絡がつかないのは一体何なんだと思いたいが、繋がらない時の音声を聞く限り、確かにこの国にはいないってことはわかる。
となると、本当にどこかに行ってるのか?
「まあいい。これはチャンスだ」
偶然ではあるが、こうして仕事を把握できたのは僥倖である。
しかも、配信業であれば、配信を通してプライベートのことも話す可能性があるし、そこから素性を探ることもできるかもしれない。
「なあ、葵。こいつは他にも配信をしていたりするのか?」
「うん。アーカイブも残ってる」
「そりゃよかった。俺も見させてもらっていいか?」
「いいよ」
葵との交流も兼ねて、一緒にハクの配信を見る。
しかし、普段のハクと、配信のハクは随分と違うように感じた。
異世界がどうのとか言っているし、定期的にいなくなるのも、異世界に行っているからだという話である。
配信を見ている奴らは、異世界のことを海外のことと思っているようだが、約一週間おきに海外に行くって、一体何の用があるんだ?
普段の礼儀正しい姿とは少し違う、砕けた姿に若干新鮮さを感じながら、アーカイブを見漁るのだった。
感想ありがとうございます。