第六百二十四話:焦燥感を抱えて
翌日。私は少しもやもやした気持ちを抱えながら目を覚ました。
夢の中で、リクに言われた言葉。
確かに、今までは私の仕事ではないと避けていた部分はあるし、進展がないことをいいことに日常を謳歌していたのは確かだ。
しかし、それもそろそろ通用しなくなってくる頃合いかもしれない。であるなら、動かなくては。
「ハク兄、どうかした?」
「……いや、何でもないよ」
私の顔を見て、一夜が心配そうに話しかけてくる。
私の顔はほとんど無表情から動かないけど、それでも異変を見つけてくるあたり、流石は一夜ってところだろうか。
しかし、今回の帰還では、一夜も連れて行くことになっている。
もし、クイーン対策に動き出す場合、それに呼応してクイーンも姿を現すかもしれないと考えると、絶対に連れて行くべきではない。
特に、クイーンは人々が苦悩する姿を見るのが好きな性格だし、私を苦しめんがために、一夜に危害を加えてきても何ら不思議はない。
万全を期すなら、一夜を連れて行くべきではないとわかっているけど、今更止めようもないんだよね。
ルディとの件がある以上、連れて行かなければ私がルディに殺されるし、連れて行かない選択肢が取れない。
一応、ルディは一夜のことを愛し子と思っているようだから、守ってくれる可能性はあるけど、それでもクイーン相手に守り切れるかはわからない。
一夜を失うことだけは絶対に避けなければならない。
となると、守り抜くために最善を尽くすか、あるいは一夜自身にも強くなってもらうかってところか。
以前は危険だからと思って渋っていたけど、本格的に魔法の訓練でも始めた方がいいだろうか?
いや、あんまりあちらの世界に染め上げるのも違うかな。元々、住んでる世界はこちらの世界なのだし、あえて危険に慣れさせる必要も……。
うーん……正解が見えない。
「そんなに私を連れて行くのが不満?」
「いや、まあ、それはそうだけど……」
「大丈夫だって。ハク兄には止められちゃったけど、これでも身を守る魔術もできるんだからね?」
「リモコンを浮かせるだけじゃなかったの?」
「そりゃあね。元々、私を守るためにくれたものみたいだし、そういうものもちゃんと入ってるよ」
例えば、と言って、一夜は手を上げる。
とっさに止めようと近寄ったが、私の体は、なぜかその手を逸れてあらぬ方向へと向いてしまった。
「え、今のは……」
「ふふ、これもその一つだよ。あらゆる攻撃を別の場所にそらす魔術。まあ、起点となる手を中心に起こるから、下手したら当たっちゃうんだけどね」
そう言って、得意げに鼻を鳴らす一夜。
確かに、今のは発生が読めなかった。攻撃、と言っても手を掴もうとしただけだけど、それを逸らされた時も原理が全くわからなかったし、確かにこれは強力かもしれない。
私の思っている以上に、一夜は魔術とやらを使いこなしているようだ。
「これで少しは安心してくれた?」
「安心はできないけど……まあ、何もないよりはましかな」
少なくとも、何も抵抗できずに殺されるってことは減りそうだし、あって困るものではない。
ただ、こちらの世界だと魔力の回復の関係上、乱発はできなさそうってところがネックか。
いや、こちらの世界だけで言うなら、防衛アクセサリーだけでも十分仕事はしそうだし、そんなにはいらないか。
やはり、心配すべきはあちらの世界でのことだね。
「ハク兄が何と言おうと、私はついていくよ」
「はぁ、わかったよ……」
こうなったら、一夜のことを守りつつ、頑張るしかない。
私が何か行動を起こしたとしても、すぐさま何か仕掛けてくるわけではない、と信じたい。
もし、一夜に危害を加えるようなことがあれば、その時こそは何を捨ててでも倒しに行こう。
「それで、いつ帰るの?」
「それなんだけど、今日もう帰ろうかなって」
滞在日数的にちょうどいいというのもあるけど、あんなことを言われたのでは、何かしないと落ち着かない。
信之さんの件とか、色々言いたいことはあるけど、それも後回しにさせてもらおう。
「急だね。やっぱり何かあった?」
「一夜は気にしなくていいことだよ。それより、挨拶をしていかないと」
いつもなら、配信をして、ってやるところだけど、今のテンションではそれはちょっと難しい。
なので、簡単に有野さんやお母さんとかに連絡をして、そのまま帰ろうと思う。
私は、スマホを取り出して、各方面に連絡を取る。
みんな、随分急だなと驚いた様子だったけど、元々、私は急にいなくなるのが普通だし、少し話したら納得してくれた。
これが最後でないとわかっているから、安心している部分もあるだろう。
本当に、これが最後にならないように、きちんと訓練を積まないといけないね。
「お兄ちゃん達も回収に行かないとね」
ほとんどマンションに置き去りにしてしまったお兄ちゃん達だけど、今回はお寿司を食べに行ったりと、なかなか楽しめたと思う。
部屋に入ると、またパソコンの前に集まって、なにやら記事を見ていた。
どうやら、あの時の味が忘れられないらしく、もっとないかと探しているらしい。
実際、あの後もユーリに頼んで連れて行ってもらったところもあるらしいし、かなりはまっている部類だろう。
《なんだ、もう帰るのか?》
《うん。ちょっと、やらなきゃいけないことができちゃったからね》
《そうか。わかった、準備しよう》
お兄ちゃん達は、特に反論することもなく、帰る準備を始めてくれた。
ユーリは、何かを察したように、少し心配そうな顔をしていたけど、やっぱりわかるものなんだろうか?
当然のようについてきている一夜に若干苦笑を浮かべているけど、それも流して、帰る準備は整った。
「それじゃあ、行くよ」
みんなで手を繋ぎ、転移魔法を発動する。
一瞬の浮遊感の後、私達は、私の家の庭へと転移していた。
一夜も転移には慣れたのか、特に動揺した様子もない。
念のため、また体の確認はさせてもらうけど、特に問題はないだろう。
さて、ここからだな。
私は、リクに言われたことを思い出しながら、これからの行動を考える。
さて、どこから手を付けたものだろうか。
感想ありがとうございます。
今回で第二部第二十二章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第二十三章に続きます。




