幕間:ハクとデート(前編)
オルフェス王国の王子アルトの視点です。
王城に用意された一室。机の上に散らばる白銀色の硬貨を眺めながら私は先日の戦闘を思い出していた。
先日、私はハク達冒険者と共にギガントゴーレムの討伐に向かった。魔力溜まりという極めて戦いづらい地形ではあったが、ハク達の活躍によって無事に討伐し、この報酬を得たのだ。
白金貨は滅多に使われない。それこそ、町を買うとか言うレベルの話でしか聞かないだろう。その価値は1枚で金貨100枚に相当する。白金貨10枚となれば金貨1000枚分だ。これだけあれば、普通に生活していれば一生暮らせる。それだけの大金をポンと稼ぐ辺り、ハク達の異常さが窺える。
私も参加していたからという理由で報酬を得ているが、正直言って私にこれを貰う資格はないと思われる。私がやったことと言えば、ハクが怪我をした時に回復する時間を稼いだことくらいだ。しかも、結局時間稼ぎすらできず、怪我人のハクに援護してもらう始末。これで白金貨10枚というなら苦労はしないだろう。
そもそも、私は王子という地位もあり、金にもそこまで困っていない。受け取るべきは活躍した冒険者であり、私は辞退しようとしたのだが、ハクに説得されて貰うことになったのだ。
自分の取り分が減るというのに、その辺りは律儀というか、欲がない。それがハクの魅力でもあるが、あまりに謙虚が過ぎると心配になってくる。
ただでさえハクは自分の身を顧みない性格だ。困っている人がいたら進んで助けるし、それで自分がどうなろうとも気にしていない。誰にでも手を差し伸べられるのは美徳だが、それで自分が被害を被っていてはいずれ破滅してしまうだろう。
それとなく諭してみてはいるが、ハクがそれに気づいている様子はない。普段は賢いのに肝心な時にはなぜああも鈍感なのか、それともわかっていて無視しているのだろうか。まあ、自分よりも弱い人間から忠告されても参考にならないだろうが。
「はぁ……」
戦闘ではふがいない結果に終わってしまった。当初はハクにいいところを見せようと張り切っていたが、終わってみればこのざまだ。いいところを見せるどころか、逆にハクに負担をかけてしまった。
ハクは幻滅しただろうか。確かに、11歳の子供がギガントゴーレムに挑むなど無茶だっただろうが、年だけで言うならハクも同じこと。それについていくと無理を言ったのは私だ。今でこそ回復しているものの、足手纏いのせいで大怪我をしたとあっては流石に失望したことだろう。
特に何かを言ってくるわけではないが、実際のところどう思っているかはわからない。もし嫌われていたら……想像したくないな。
「失礼します」
もう何度目かの溜息をついた時、部屋の扉をノックする音が響いた。許可を出すと、空色の髪が美しい女性が入ってくる。
Aランク冒険者、神速のサフィ。ハクの姉に当たる人物だ。
「侍女さんから手紙を預かったので届けに来ましたよ」
「あ、ああ、ありがとう。わざわざすまない」
サフィから手紙を受け取る。蝋封から察するに、恐らくハクについて調べさせていた者達の報告だろう。
以前からハクの背景については色々調べさせていた。父も同じことをしていたようだったが、私も個人的に知りたかったので指示を出していたのだ。
封を切って中を確認してみる。そこに書かれていたハクの背景は壮絶なものだった。
ハクは辺境にあるとある村で暮らしていたらしい。しかし、10歳の誕生日の際、親に捨てられ行方不明になった。その一年後、商業都市カラバで冒険者ギルドの戸を叩き、初心者冒険者として活躍。その仕事ぶりから異例の速さで昇格し、数日後にはCランクにまでなったらしい。その後、王都を訪れ姉と再会。闘技大会に参加し、ダンジョンから溢れ出したオーガの群れを倒して英雄視される。また、長年頭を悩ませていたサリアの問題を解決したのもハクだとされている。
生まれた時のことや、行方不明になっていた一年間のことについては不明だが、書かれている内容だけでもハクが相当に優秀だったことがわかる。
ごく最近のものだけでもオーガ騒動の収束にサリア問題の解決、闘技大会で準優勝。たった11歳の少女が、しかもこれだけの短期間でそれだけの偉業を成し遂げたというのは異常でしかなかった。
そこまで優秀な子供がなぜ捨てられてしまったのかという疑問が残るが、それは追々調査がなされるだろう。ハクの家系に関しては色々調べておきたいところだ。
というのも、今回の事件でハクの背中には翼が生えた。しかも形状からして竜人のもの。ハクは人間だと主張しているが、人間にあの特徴はどうやっても出現しないものだ。
変身魔法の様に姿を偽る魔法を使えばできるかもしれないが、あれは確かに本物の翼だった。魔力溜まりの魔力による変質という見方をしているようだったが、私はもう一つ可能性があると思っている。
それはハクの先祖が竜人だったという可能性。本来、竜人は竜か竜人の間でしか生まれない。つまり、ハクの先祖に竜か竜人がおり、その血がハクにも流れているのではないかということだ。
その可能性で行くとハクの肉親であるサフィも同じ血が流れている可能性があるが、恐らくこれは魔族返りに似たものではないかと思われる。
ハクは竜人の血を持っており、それが今回の魔力溜まりの魔力によって呼び起こされ、竜人の特徴が表に出てきてしまった。そう考えれば納得できる。
ただその場合、ハクの扱いが難しくなってくる。魔族返りは基本的に忌避されるものだ。判明すれば周りから白い目で見られるし、最悪処刑の可能性もある。
しかし、今回現れたのは竜人の特徴だ。竜人自体も人間に敵対していた種族という関係上あまりいい扱いはされないが、魔物よりはましだ。それに、獣人の一種と考えられている場所もあり、今では大昔の禍根を覚えている者も少ないため、それらの伝承が色濃く残っている地域に行かなければそこまで迫害されることはない。……まあ、一部過激な組織があるが。
ハクはその内戻ると思っているようだが、もし戻らなかった場合、どうするべきか。ハクの使う隠蔽魔法とやらで翼を隠して普通の人間として過ごしてもらうのか、それとも竜人であると明かして受け入れてもらうべきなのか。
いくらハクの魔力が膨大でもずっと隠しておくことは無理だろうし、かといって公表するのは貴族達の反応が怖い。
私としてはハクが不自由なく過ごせる選択をしたいのだが、世論によっては最悪ハクを拘束しなければならなくなる。それは何としても避けなければ。
「王子様、何か悩んでいますか?」
「ッ!? ま、まだいたのか……」
不意に声を掛けられ顔を上げると、サフィが未だに佇んでいた。
てっきり役目を終えたのだからさっさと退散すると思っていたのだが、まだ何か用があるのだろうか。
「用というほどのものではないですけど、何か悩んでいるようだったので。内容は主にハクのことですかね?」
「な、なぜそうだと?」
「王子様のハクを見る目を見ればわかります」
私はそんなにわかりやすい顔をしていただろうか。思わず眉間を揉むと、くすりと笑い声が零れた。
「少なくとも、ハクは王子様のこと嫌いじゃないと思いますよ」
「そうなのか?」
「はい。あの子、敵に対しては露骨に嫌そうな反応しますから」
あのポーカーフェイスが崩れるほどだというのだろうか。それとも姉特有の勘というものだろうか。
いつもそばにいるサフィがそう言うのなら信頼はできるかもしれない。無意識にほっと胸を撫で下ろすと、その様子がおかしかったのか、再び小さな笑い声が聞こえた。
「私は兄のように厳しくありませんから、ハクが望むなら王子様と結ばれてくれてもいいんですけどね」
「わ、私は別にハクをそういう対象として見ているわけでは……」
「でも告白したんでしょう?」
「う……それは、そうだが……」
告白の話はハクから聞いたのだろう。口止めもしていなかったし、今更誤魔化したところでこの姉には通用しそうにない。
苦虫を噛み潰したような顔をしていると、サフィがさらに続ける。
「別に怒っているわけではないですよ? ハクが恋をしてくれるなら私としては大歓迎ですし。でも、今の王子様では任せられませんね」
「やはり、私では力不足だろうか……」
「力不足というか、自信が足りません。いつもハクにちょっかい掛けていたんでしょう? その時の気概はどうしたんですか。あれしきのことで落ち込んでいるようではハクは任せられません」
「しかし、私のせいで彼女は大怪我をしたんだぞ? 気にするなという方が無理だ」
「なら試しにハクをデートにでも誘ってみたらどうです? それでハクがどう思ってるかわかります。どうせこれから暇でしょう?」
確かに、ゴーフェンでの大きな問題が解決し、本来の目的である人材と材料の調達は目途が立った。後は転移陣が使えるようになるまで待機するだけであり、これと言った用事はない。
「ほんとに気にしてませんから。むしろ、すでに町を回りすぎてこれからどうやって暇を潰そうかって嘆いてましたよ」
「そう、なのか?」
「今なら王子様が誘えば喰いつくと思いますよ。何なら私から言っておきましょうか?」
「……」
ハクとデート。かなり魅力的な響きだ。
私は今回ハクに相当な負担を強いてしまった。しかし、たった一度の挫折ですべてを諦められるかと言えばそうじゃない。ハクと仲良くなれるならそうしたいと思っているし、今でもハクのことは好きだ。将来を共にしたいと思うくらいには。
王都にいた頃は何でもないことのようにできていたのに、一回失敗しただけでしり込みするのも確かに男としてどうかと思う。嫌われたと思うなら、それを落ち込むのではなくどうやって取り返すかを考えるべきだ。
「……わかった。だが伝えるのは結構。私が直接言いに行く」
「それはなにより。ただ、嫌われてはいないと思いますが、今のところハクの中で王子様は恋愛対象に入っておりません。頑張って落としてくださいね」
「言われるまでもない」
最初に告白して振られた時からハクの眼中にないことはわかっている。でも、それで諦められないからこそ毎回押しかけてはお茶会に誘ったりしていたのだ。
いずれハクの視界の中に入れるように努力してきた。こんなところで諦めるわけにはいかない。
「ありがとう、感謝する」
「私はただ言いたいことを言っただけですので。では、失礼しますね」
言うだけ言ってサフィは去っていった。彼女なりに気を利かせたつもりなのだろう、おかげで少しだけ自信が持てた。
私は再び手紙に目を落とす。数奇な運命を辿った少女、彼女を幸せにするために私にできることは何か考える。
ひとまず今できることは、この町のデートスポットを洗うことだろう。
私は手紙をしまうと部屋を出た。
誤字報告ありがとうございます。