第六百二十三話:気になる相手
『君は、気になっている相手の気を引きたい時、どうする?』
「えっ?」
なんか、いきなりよくわからない質問をされた。
気になっている相手の気を引く? 普通なら、積極的に話しかけに行くとか、自分の得意なことをアピールすることになると思うけど、実際私がやるとすれば、恐らくは機会を待つ。
元々、私はそんなにコミュニケーション能力が高いわけじゃない。たとえ、気になっている人が目の前に現れたとしても、話しかけるなんてことはせず、遠巻きに眺めているだけだろう。
そして、仮に話せる機会ができたとしても、積極的には話さず、あくまで普通の距離感で話をすると思う。
こういうものは、下手に事を急ぐと失敗すると思っているからね。
普通に友情を築くように、自然と仲良くなる。それが理想だ。
『そう、機会を待つ。自分から話しかけに行くのは気まずいけど、相手から話しかけてくれるなら自然に話すことができる。そんな考えを持つ人は多いだろうね』
「そ、それがなにか?」
『クイーンも同じってこと。クイーンは君のことが気になってる。でも、直接手を下してしまったんじゃ、すぐに終わって楽しめない。だから、君が反抗してくるのを待ってるんだよ』
クイーンが私のことを気に入っているというのは、本人から聞いたことだ。
しかし、その割には、私に対して直接的なアプローチをしてきたことはあまりない。せいぜい、ノームさんの時くらいか。
その後は、クイーン絡みの事件は何度か起きていたとはいえ、クイーン自身が出てくることは全くなかった。
もしこれが、私のアクションを待っているのだとしたら、私が動かない限りは、いくら調べても絶対に見つけられないということになる。
なんか、そこらへんは人間っぽいというか、案外理性があるんだなと思った。
『まあ、僕らとしては、あちらの世界がどうなろうと知ったことではないけど、もしこのまま動かなければ、多分そのうちクイーンは痺れを切らして、何かしらやらかすと思うよ』
「やらかすって、例えば?」
『そうだねぇ。他の神に働きかけて人々を恐怖のどん底に突き落としたり、国の要人に成りすまして国を乗っ取ったり、君の耳にも入るように、大きな出来事を起こすと思う』
「それは……」
ただでさえ、神様ですら対抗するのが難しいような異世界の神様が本格的に動き出したら事なのに、それを能動的に引き起こされたら堪ったものではない。
今の時点で、協力的な神様は多数いるとはいえ、全部がそうとは限らないし、下手をしたら、世界の危機レベルのことが起こってもおかしくはない。
そこまできて、直接私に何かしてこないのはもはや嫌がらせとしか思えないけど、確かにそんなことをされたら、私も出向くほかない。
クイーンは、私と戦うことを望んでいるってことか。
「つまり、私がこのまま日常を謳歌していたら、いずれ世界は滅びるってことですね」
『まあ、ちょっと言い過ぎかもしれないけどそう言うこと。クイーンもだいぶ待ってるはず、そろそろ動いた方がいいんじゃないかなと思ってね』
確かに、最近全然クイーン関連のことに手を出していなかったのは確かである。
このままクイーンが大人しくしてくれているならいいけど、それに賭けるにはあまりに相手の存在が邪悪だ。
神様の手に任せるだけでなく、私も何か行動を起こさないと、まずいことになる。
と言っても、私は何をすればいいんだろう? 居場所がわからない以上、闇雲に探すわけにもいかないし、せめて目撃報告くらいないと探しようがないと思うんだけど……。
『まあ、差し当たって、強くなるべきだと思うよ。今のままじゃ、ワンパンされてもおかしくないし』
「そんなに強大なんですね……」
『そりゃ、世界を滅ぼしかねない存在だもの。存在も無数にあり、倒しても倒してもいなくならない、そんな奴。まともに戦って勝てると思う?』
「それは、そうですね……」
本物の神様ならどうかわからないけど、所詮は神様もどきである私では、足元にも及ばないってことか。
強くなる。つまり、神様としての力を高めるべきってことなんだろうけど、大丈夫なのかな。
いやでも、そうしなければクイーンはいずれ世界を滅ぼすかもしれない。少なくとも、私が強くなることで多少なりとも気が変わってくれるなら、やらない選択肢はない、か。
『ま、漠然と強くなれって言ってもわかんないだろうし、一つアドバイスがあるんだけど、聞く気ある?』
「……なんですか?」
『狂気の力を取り込むのさ』
そう言って、リクはとあるものの存在を示唆する。
それは、以前タクワとの一件で得たもの。竜を服従状態にしていた、魂に刺さった杭であり、未だに禍々しい雰囲気を発する呪物。
確かに、私はそれを持ち帰っていた。
下手に放置するわけにもいかなかったし、【ストレージ】の中なら、時間も止まっているから大丈夫だと思ったしね。
まさか、あれを使うというのか? 私に服従しろと?
『服従なんてする必要はないさ。ただ、君が使い方を間違えたら、そうなる可能性もあるかもね』
「……つまり、これを巨大なリソースとして使えってことですね」
『そう言うこと。魔術、いや、魔法だっけ? に詳しいならそれくらいはお手の物だろう?』
確かに、見ようによってはあれは神様の力が宿ったものである。
うまくその力を取り込むことができれば、私の力が増すのは間違いないだろう。
ただ、あれは異世界の神様の産物である。しかも、狂気を司るような、とんでもない輩の。
そんなものを取り込んで、本当に大丈夫だろうか? 絶対何かよくないことが起こりそうな気がするんだけど……。
『まあ、これはあくまでアドバイス。他に方法を探したいならいくらでもどうぞ。ただ、クイーンが待ってくれるかは知らないけどね』
「……」
クイーンが待ってくれるかどうかはわからない。
いや、そもそもの話、クイーンが本当に痺れを切らして妙なことを企むかどうかすらわからないけど、少なくとも、クイーンのことを知っているであろうリクがそう言うなら、その可能性はあるのかもしれない。
どのみち、進展がないのは確かだし、一石を投じる意味でも、やるべきかもしれない。
……いや、流石に先に相談した方がいいか。
何もリクだけの意見で決める必要はない。他にも、協力してくれる異世界の神様はいるしね。
『そう、そういう選択をしたいなら、それもありだとは思うよ。間に合うといいね』
「忠告ありがとうございます。私も、そろそろ逃げるのはやめましょう」
さて、これは帰ったら色々動く必要があるかもしれない。
少しシリアスな雰囲気に胸を痛めながら、帰った後のことを考えた。
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