第六百十五話:三期生のユニット名
そうして時間は過ぎ、そろそろ帰る時間となった。
葵ちゃんは、今にも泣きそうな目でこちらを見ていたけど、いつもと違って、引き留めてくるようなことはない。
ちゃんと、こちらの事情もわかってくれているようだった。
「それじゃあ、葵ちゃん、またね」
「またすぐ来てくれる……?」
「はい、時間ができたらなるべく行くようにしますよ」
「待ってる……」
控えめに手を振る葵ちゃんに手を振り返し、玄関へと出る。
以前と同じように、信之さんと黒服さん達が見送りに来てくれたけど、今回は釘を刺しておいたので尾行はないだろう。
信之さんは、私と話したい様子だったけど、私も予定があるのでこれ以上は滞在できない。
必要なら、電話でやり取りすることもできるし、今はいいだろう。
「……なあ、お前は一体何者なんだ?」
信之さんは、小さくそう呟いた。
信之さんからすると、ゲームセンターで偶然出会っただけの子供だった私が、尾行に気づいたり、それについて釘を刺したりしてくる光景は、少し異様に映ったことだろう。
仮に、すでに成人しているとわかっていたとしても、その疑念は拭えない。
まあ、それにわざわざ答えてあげる義理もないけど、葵ちゃんとは今後も仲良くしていきたいし、信之さんとも敵対したいわけじゃない。
ただ、私のことをどう伝えるのかは難しいところだ。
真実を話すわけにはいかないし、何かいい落としどころはないだろうか。
「いずれお話しますよ。今日のところは、これで」
「……わかった。後で時間を作ってもらうぞ」
「ええ。それでは、失礼します」
少し険しい顔をしている信之さんに背を向けて、家を出る。
ちゃんと尾行もしていないようだし、とりあえずは信用してもらえたのかな。
得体が知れなさ過ぎて手を引いただけかもしれないけど。
「後でうまい言い訳を考えておかないと」
そんなことを考えつつ、一夜のマンションへと転移で帰る。
帰ってくると、一夜がリビングでテレビを見ていた。
「あ、ハク兄、おかえりー」
「ただいま。何か面白いニュースでもやってた?」
「ううん、別に。ただの暇つぶしだからね」
どちらかというと、ソファでくつろいでいるのが本当の目的で、テレビをつけていたのはただの偶然のようだ。
この時間帯だと、何をやっているんだろうと思って覗いてみると、ニュース番組をやっていた。
以前お母さんも言っていたけど、大抵はスポーツ選手の活躍だったり、政治家のスキャンダルだったりが主らしい、
私にとっては、どちらも興味ないので、すぐに視線を外し、通話アプリの確認をした。
「時間に変更はなしだね」
いつも通り、三期生全員のコラボという形になっているけど、あちらも準備はすでにできているらしい。
後は、予定の時刻になるまで待機していればいいだけだね。
SNSですでに告知はしているけど、久しぶりのコラボということで、盛り上がっていた。
さて、時間までにお風呂とか入っておかないとね。
「……よし、準備できたかな」
そうして、やるべきことを済ませて、予定の時刻。
配信部屋で待機していると、アケミさんから確認の連絡と共に、通話がかかってきた。
『もしもーし、聞こえる?』
「聞こえてますよ。そちらは大丈夫ですか?」
『ばっちり! いやぁ、こうしてまたコラボできて嬉しいね!』
少しテンション高めの声。
一応、前回来た時には、先輩達とのコラボの橋渡し役として、結構な頻度でコラボしていたんだけど、あれは緊張が勝って純粋に楽しめなかったってことなのかな。
純粋に三期生だけでコラボするのはしばらくぶりだし、そう言う意味でも楽しみだったのかもしれない。
『もしもし、お久しぶりです』
『ハクちゃーん、会いたかったよー』
アケミさんが通話をかけたのを皮切りに、他の二人の通話に入ってくる。
一応、連絡を受けて元気なことは知っていたけど、こうして声を聞くと安心できるね。
『準備は大丈夫?』
「はい、問題ありません」
『じゃあ、さっそく始めるねー』
軽く雑談をした後、時間も迫ってきたので配信の準備をする。
配信の枠を開くと、すでに何人もの人達が待機していた。
一度深呼吸をし、呼吸を整えた後、アケミさんの合図ととともにスタートする。
「皆さんこんばんはー! 三期生コラボ、始まるよー!」
(コメント)
・きちゃー!
・きちゃー!
・三期生コラボだ!
・待ってたぜー
・みんないるー!
アケミさんの合図とともに、全員が登場する。
おなじみの自己紹介をして、場が落ち着いたところで、さっそく本題に入ることにした。
「今日はこのメンバーで雑談配信をしていこうと思うよ!」
「それにしても、そろそろこの集まりにも名前が必要なんじゃないかのぅ」
「確かに、ずっと三期生コラボだと面白みに欠けますね、のじゃ」
(コメント)
・確かに
・間違ってはいないけど、安直な感じ
・何かユニット名みたいなのが欲しいな
・共通点とかないか?
・みんなファンタジーのお馴染みって言う感じだけど、それは箱全体がそうだしなぁ
「ハクちゃん、何か案はない?」
「私? うーん、そんな急に言われても……」
まあ、確かに名前が欲しいというのはそうなんだけど、いきなり言われても答えられるわけもない。
ファンタジー以外で共通点を上げるとしたら、いつも雑談しているくらいだけど、それは他の人達もやっていることだしね。
というか、いつも私の話ばっかりしていて、雑談にしても偏っている感じがするし。
それが特徴かと言われたらそうかもしれないけど、それだと私の名前がつきそうだからあんまり言いたくない。
「みんなの頭文字を取ってー、とかー?」
「それだと、A、S、C、H、ですかね? あまり思いつきませんね、のじゃ」
「『妖精の庭』、とかどう? 勇者も魔王も、分け隔てなく話すことができる秘密の庭みたいな」
「ああ、それならいいかもしれませんね、のじゃ」
(コメント)
・妖精ってことは、ハクちゃんが関係してるのかな
・フェアリーガーデンとかでもいいかも
・それっぽくなった
・でも雑談する場としては妖精の庭のままでいいんじゃない?
・『Vファンタジー』らしい
・ハクちゃんに逆らえなさそうな場所
・みんなハクちゃん推しだから大丈夫よ
「よし、じゃあこれで決まり! こうしてみんなで雑談できる場所、妖精の庭!」
「おー!」
いい感じに決まったと、みんな拍手を送る。
なんか、結局私が関係してそうな名前になったのはちょっとあれだけど、まあ、これくらいなら何とかなるだろう。
私は、楽しそうな三人を温かく見守りつつ、合せて拍手を送るのだった。
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