第六百十四話:泣きつかれて
練習をしている途中、ふと思い出して、スマホを確認して見たら、何件か連絡の履歴があった。
先日、葵ちゃんの家に行った時に、葵ちゃんが遊び疲れて眠ってしまったことをいいことに、そのまま帰ってきたわけだけど、いつも泊って行けとせびってくる葵ちゃんがそれで納得するはずもない。
そこらへんは考慮しておくべきだったかなと思いつつ、折り返しの電話を入れてみる。
今回はすぐに繋がり、いつもの男性の声が聞こえてきたので取り次いでもらうと、ちょっと疲れた様子の声色の信之さんが出てきた。
『ああ、ハクか。昨日はなにしてたんだ?』
「少し用事がありまして、電源を切っていました。何かありましたか?」
『いや、あの後葵が起きて、お前さんがいないことに気づくと、大泣きされてな。また来られないかと思って、連絡させてもらったんだ』
「ああ、やっぱりそうなりましたか」
予想通りとはいえ、信之さんがここまで疲れた声になるとは珍しい気もする。
あの人の性格なら、それくらいは笑い飛ばしそうなものだけど。
『悪いが、また遊びに来ちゃくれねぇか?』
「少しの間なら構いませんが、それだとまた泣かれるのでは?」
『まあ、そりゃそうなんだが……』
葵ちゃんは、友達も少なく、そもそも現状は不登校のような状態だ。
平日に遊びに来れるような友達はほとんどいないだろうし、いたとしても、あの屋敷に入りたいと思う子が何人いるかって気もする。
以前は、ローリスさんが友達として遊んであげていたようだけど、それも今となっては難しいし、遊んでくれる友達が、私しかいないような状態だ。
だから、仮に私が遊びに行って落ち着かせたところで、帰ろうとすれば泣きつかれるだろうし、それでは私の自由が保障されない。
今日はコラボの予定があるし、明日はRTAの配信もしたいと思っている。
午前中なら多少時間は作れるかもしれないけど、ある程度のところで妥協しないと、無限ループになってしまうよね。
「お疲れな様子なのもそのせいですか?」
『あ? いや、これは別件だ。ちょっと面倒事が起きてな、その対処に追われてたんだ』
「面倒事、ですか」
『お前さんが気にするようなことじゃない。とにかく、もう一度会って、説得しちゃくれねぇか?』
信之さんが巻き込まれる面倒事というと、裏の関係かと思うところだけど、まあ、確かに私には関係ない話か。
ここまで頼まれてしまったのなら、行くしかない。
幸い、まだお昼にもなっていないし、夜までに帰れば問題はないだろう。
私は、了承した旨を伝えて、電話を切る。
さて、どう言いくるめたものかねぇ。
「一夜、ちょっと用事ができちゃったから、出かけてくるね」
「はーい、行ってらっしゃい」
一夜に出ることを伝えて、さっそく向かうことにする。
先程の会話の都合上、すぐに駆けつけてしまうとつじつまが合わなくなってしまうので、少し時間を潰してから、向かうことにした。
信之さんの屋敷に着き、インターホンを鳴らすと、すぐに引き戸が開いて葵ちゃんが飛び出してきた。
とっさに受け止めたけど、ぎゅっと私のことを掴んで離さない。
そんなに寂しかったのかな。確かに、黙って帰ってしまったのは申し訳なかったけど。
「ハク、もう行っちゃ嫌」
「先日は何も言わずに帰ってしまってすいません。寂しかったですか?」
「寂しかった」
葵ちゃんの頭を撫でながら、ひとまず家の中に入る。
わき目も振らずに飛び出していったのか、慌てて黒服さん達がやってきたので、事情を説明した。
どうやら、今は信之さんがいないらしい。私が来たら、丁重にもてなすように言われているようだ。
と言っても、結局葵ちゃんと遊ぶことになるから、そんなにもてなしを受けることはないかもしれないけど。
「こっち」
葵ちゃんに引きずられるまま、部屋に連れていかれる。
前回掃除したはずだけど、若干荒れているような気がするね。
少し気になりつつも、遊ぼうと言うのでそれに応えることにする。
遊ぶのは、前回もやったパーティゲームだ。
有無を言わさぬ態度だったので、ここまで素直についてきたけど、言うべきことは言っておかなければならないと、口を開く。
「葵ちゃん、今日は夕方から予定があるので、それまでには帰らなければなりません」
「ハク、また行っちゃうの……?」
「すいません。私も忙しくて、葵ちゃんばかりに構ってられないのです」
子供には酷なことかもしれないけど、私は葵ちゃんのためにこちらの世界に来ているわけではない。
滞在期間は限られているし、その中で私のやりたいことをしようとするなら、葵ちゃんの優先度は少し下がってしまう。
だからこそ、遊べる時は目いっぱい遊んであげるわけだけど、それを当たり前に思われて、拘束されるのは本意ではない。
葵ちゃんなら、わかってくれると信じたいけど……。
「……また、遊んでくれるよね?」
「それはもちろん。時間ができたら、遊びに来ますよ」
「それなら、いい」
何か言いたげではあったけど、それらは飲み込んでくれたようだ。
口数は少ないけど、賢い子であるのはわかる。きっと、私の事情も汲んでくれたんだろう。
なるべく、できる時は構って上げないとね。
「おお、ハク、来てくれたか」
しばらく遊んでいると、部屋の扉が開いて、信之さんがやってきた。
どうやら、帰って来たらしい。面倒事は片付いたんだろうか?
「お邪魔しています。そちらの仕事は片付きましたか?」
「ああ、おかげさまでな。忙しいのに、わざわざ来てくれて悪いな」
葵ちゃんが、今は邪魔をするなって感じで睨んでいるけど、信之さんは気にした様子もない。
葵ちゃんのことは可愛がっているようだけど、それはそれとして我は通すって感じなのかな。
「ちょうど時間ができたんだ、俺も参加していいか?」
「私は構いませんけど、葵ちゃん?」
「ん、いいよ」
信之さんも、このままでは追い出されると感じたのか、一緒に遊ぶ形に持って行ったようだ。
葵ちゃんは、てきぱきとコントローラーを用意し、信之さんに渡す。
しかし、信之さんはゲームとかできるんだろうか? そんなことやってるイメージが全然ないけど。
「ああ、そうだ、先日はわざわざ曲がり角までお見送りありがとうございました」
「むっ……ああ、葵の友達だからな、それくらいはするさ」
この際なので、先日の尾行について釘を刺しておく。
信之さんも、すぐに察したのか、一瞬こちらの顔を見て、すぐに顔を戻していた。
「ありがたいですが、今後は不要ですよ。物騒なことになりたくないので」
「なあに、そんなつもりはねぇさ。ただ、お前さんがちゃんと家まで辿り着けるか心配でな。葵が行くこともあるかもしれんし、安全は確保しておくべきだろう?」
「まあ、それは確かに。ですが、安全を思うなら、やはり見送りは不要ですよ。むしろ、その方が危ないです」
「ほう、そのあたりは後でじっくり話を聞きたいね」
葵ちゃんがいる手前、直接的な話はできないけど、これであちらも、私が尾行に気づける程度には勘が鋭いことはわかっただろう。
話し合いについては、どうなるかわからないけど、どうにか一夜の周りに近づけさせないようにできたらいいんだけどね。
ほのぼのとしたパーティゲームを楽しみつつ、裏でどういう言い訳をしようか考えてきた。
感想ありがとうございます。