幕間:ギルドの天使
とある冒険者の視点です。
「ああ、癒しが足りない!」
ここはギルドの酒場。俺は頼んで持ってきてもらったビールを飲み干すとカウンターにジョッキを叩き付けた。
現在時刻は昼。本来なら昼間から酒など飲んでいるべきではないのだが、ここ最近は面白そうな依頼もないしで飲んだくれている連中も多い。
今の時間になると外壁工事に携わっている連中も昼休憩のためにやってくるから夜と同じくらい人は多い。
「まったくだ。紅蓮の野郎、余計なちょっかいをかけやがって……」
「俺達の天使をなんだと思ってるんだあの馬鹿は」
「あれからもう二週間くらいか? 戻ってきてくれないかなぁ」
隣で飲んでいた知り合いの冒険者が俺に同意を示す。というか、ここにいる冒険者の大半が俺と同じ気持ちなのだろう。続くように同意の言葉が飛び交った。
事の発端は二か月ちょっと前に開かれた闘技大会まで遡る。
闘技大会はこの国でも有数のビッグイベントで、各地から腕利きの冒険者達が集う場だ。観戦する人も多く、その時期は周囲から集まってくる人々の安全のため王都周辺の魔物の一斉討伐が行われる。闘技大会と討伐依頼によって冒険者の需要は高まるため、必然的に様々な冒険者と出会うことになる。
そんな中現れたのが我らが天使、ハクだった。
当初はギルド内でもそこまでは注目されていなかった。確かに冒険者としてはかなり幼かったが、大体の人間は依頼者についてきたか、冒険者を親に持つ子供が訪ねてきたのかと思っていた。だが、そんな彼女が闘技大会で準優勝を飾り、さらには王都に攻め込んできたオーガの集団を討伐した英雄となると、一気にその人気は跳ね上がった。
人形のような美しさもさることながら、高い実力を持ち、しかもギルドマスターにも重用されている。さらに、神速のサフィとして名高いAランク冒険者の妹と話題には事欠かなかった。
表情に乏しいところはあるものの、礼儀正しく、挨拶をすればちゃんと返してくれるし、酔って悪乗りした冒険者がお酌を頼めばやってくれる時もある。流石に度が過ぎれば窘められるが、気立てがよく健気なその姿は冒険者達の心の癒しとなっていた。
「まさかもう戻ってこないなんてことは……」
「おい、恐ろしいこと言うなよ。冒険者である以上、絶対戻ってきてくれるはずだ」
そんな彼女だが、最近はギルドに姿を現していない。理由はわかっている、紅蓮のアグニスが彼女に勝負を仕掛け無理矢理戦わせたことだ。
あまりにも強引な手口に声を上げる者もいたが、紅蓮の傍若無人ぶりに敵うはずもなく、結局試合は敢行されてしまった。
しかし、彼女は強かった。伊達に闘技大会準優勝という結果を残しただけはなく、繰り出す魔法はいずれも一線級の強さを誇っていた。最終的には戦闘狂で恐れられている紅蓮を倒してしまったのだから驚きだ。
日頃から紅蓮の無茶振りに辟易していた冒険者達は彼女を褒め称え、ますます人気を集めたが、やはり荷が重かったのかあれからギルドに姿を現していない。
紅蓮さえいなければ今頃依頼帰りの姿を拝めたかもしれないのにと思うとあの時紅蓮を意地でも止めるべきだったという後悔に襲われる。そんなことをすれば紅蓮の怒りを買いぼこぼこにされるのは目に見えているが、それでも彼女を失うことに比べたら些細なことだ。
「俺は指名依頼を受けて国外に行ってるって聞いたんだが」
「なんだそれ初耳だぞ。どこ情報だ」
「サミュエルだよ。あいついっつも朝っぱらからギルドで飲んでるからな」
多くの冒険者はもうギルドに来ないのではないかという不安に駆られていたが、一人の発言によって希望がもたらされた。
サミュエルとはCランク冒険者で、基本的に午後から活動している奴だ。朝っぱらから酒を飲んでることで有名で、たまに話のタネになっている。
飲んでいたとはいえ、その情報には価値がある。ここにいる冒険者の中で彼女の姿を見間違う者はいないだろう。その筆頭である彼がそう言うのだから信憑性もある。
詳しい話を聞けば、王子の護衛という大役を受け、隣国のゴーフェンへと向かっていったのだという。
なるほど、それなら最近姿を現さないのも納得できる。紅蓮に襲われたから嫌気がさしたというわけではないのだと知り、ほっと胸をなでおろした。
「となると帰ってくるのは一か月後か?」
「最短でもそれくらいだな。それまでこんなむさ苦しい連中だけで過ごさなきゃいけないとかやってらんねぇぜ」
「違いない。ところでお前、ハクちゃんに手出したりしてないだろうな?」
「するか。そんなことしたらギルドの奴全員にボコられる」
ギルドの冒険者の間では彼女に対する暗黙の了解がいくつかある。その中に、決して手を出したりしないというのがあるのだ。
以前、調子に乗った馬鹿が彼女に求婚したことがあった。当然、彼女は断ったのだが、酔っていたこともあり、勢いのまま押し倒そうとしたらしい。
その時は周りにいた冒険者が総出で止めにかかり事なきを得たが、それによって彼女が男性に対して苦手意識を持ってしまったのか、以降パーティの勧誘などをしてもすぐに断られるようになってしまった。
その冒険者は若手で、先輩冒険者からの制裁を受け、正式に謝罪もさせたが、結果は変わらず。それ以降、彼女には決して手を出してはいけないという決まりができたのだ。
パーティには参加してくれないが、簡単なお願いくらいなら聞いてくれるし、たまに差し入れと言って軽食を振舞ってくれる時もあるから完全に苦手になったというわけではないとは思うが、彼女とパーティを組みたいという冒険者は数知れず、涙を飲んで見守ることに徹している。
「ああ、ハクちゃんに会いてぇなぁ」
「お前が言うと変態みたいに聞こえるな」
「うるせぇ。お前だって変わらねぇだろ」
みんな言わないだけで思ってることは同じのはずだ。今までの彼女の行動を考えれば誰だってそう思う。
例えばたまに差し入れをくれる。これは外壁工事をしてる連中のために作ったのが余ったからと持ってきてくれているようなのだが、なんと手作りだ。見ているだけで癒されるというのにこの心遣い。しかも味も良しときた。これだけでも彼女への好感度は爆上がりしている。
続いて怪我の治療。以前、依頼で大怪我を負った奴らがギルドに運び込まれた時があった。その時、たまたま居合わせた彼女が治癒魔法を使い、傷を癒してくれたのだ。その回復力はすさまじく、生死の境を彷徨っていたというのにたった数日で完治するという驚異的な力を見せつけ、冒険者達のみならず、ギルド職員ですら彼女を一目置くことになった。
それ以外にも軽い怪我をした時は無料でポーションをくれたりしたこともある。知っての通り、ポーションはとても高い。安い宿なら低位ポーションを買う代金で一泊できるほどだ。それを大した怪我でなくてもタダで譲ってくれるという破格っぷり。確かに彼女はBランク冒険者であるし、そこそこ稼いでいる方だとは思うが、それでもポーションをタダで上げるというのは異例のことだった。
おかげで一部の者からは癒しの天使などと呼ばれている。本人の前で言ったら嫌がられたから公には言われていないが、影ではこっそりと呼ばれている。
そんな経緯もあって今ではすっかりアイドル扱いだ。仮に何もしていなくても、あの姿を見るだけで疲れが取れるような気がする。だからこそ、会いたいと思うのだ。
「早く帰ってこねぇかなぁ」
「そのうち帰ってくるさ。それまでに気に入られるように努力してみたらどうだ」
「そうだな。さて、そろそろ仕事するかね」
嫌気がさしたわけではなく、単に依頼を受けて遠出しているだけだと知れただけでも収穫だろう。いつになるかはわからないが、彼女の警戒心が解けた時にパーティにでも誘えるように恥ずかしくない冒険者になろう。
代金をカウンターに置き、隣に置いてあった愛剣を拾うと背中に担ぐ。
さて、行くとしますか。