第六百十三話:ショッピングを終えて
クレーンゲームをたっぷり楽しんだ後、そろそろ夕方になって来たので、帰ることにする。
結局、先輩のぬいぐるみは取れなかった。
思ったよりもアームの設定が弱く、しっかり真ん中を狙っても掠るだけでびくともしない。
なんか、店側の悪意を感じたけど、元々クレーンゲームなんてこんなもんだと思ってるので、あまり気にしないことにする。
元々、コレクションする予定はないしね。
いや、後輩として、先輩のグッズは集めておくべきなんだろうか?
でも、自分の会社が出しているものを、好きでもないのに買い集めるのは、何か問題がある気がする。
本当にその人のファンで、欲しいから買うって言うなら全然いいと思うけどね。
私は、先輩達のことをどう思っているんだろう?
ゲームの企画を通じて、みんないい人だなって言うのは伝わってくるけど、推しとして見ているかと言われると、そんなことはない気がする。
強いて言うなら、一夜やアケミさん達のグッズは欲しいかなと思うくらい。
失礼かもしれないけど、これはあくまで仕事だって思ってるんだろうね。
「今日はありがとう。楽しかったです」
「生ハクちゃん見られて嬉しかったです!」
「こちらこそ、先輩方にお会いできてよかったです」
外に出て、最初に待ち合わせをした噴水前に来る。
今の季節は日の入りが早く、辺りはすでに暗くなり始めていた。
ちょっと夢中になりすぎたかな? 時間的にはそうでもないんだけども。
「今後とも、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
「じゃあ、またコラボしましょうねー!」
結構暗いし、送っていった方がいいかなとも思ったけど、すぐ近くだからということで、断られてしまった。
まあ、見た目だけで言うなら、あちらよりも私達の方が危険ではあるだろうしね。
去っていく二人を見送りながら、今日のことを振り返る。
なんてことないショッピングだったけど、やっぱり、楽しかったな。
「ハク兄、どうだった?」
「二人とも想像通りの人だったね」
こちらも帰るために駅へ向かいつつ、話をする。
ヴァーチャライバーって、配信での顔とリアルでの顔は違うものだと思っていたけど、あの二人を見ていると、そんなことはないと思い知らされる。
いや、元々、そう言う人もいるとは理解していたつもりなんだけどね。
ヴァーチャライバーとしての設定が細かければ細かいほど、それを忠実に守るのは難しくなるし、ある程度リアルの自分を出していけば、イメージも変わってくる。
私の場合は、設定こそが真実だから全然参考にならないけど、例えば一夜なんかは、夜の妖精って言う妖艶な設定を持ちながら、声は幼い声を要求されている。
一応、声の設定は守っているようだけど、妖精の設定に関してはほとんどかなぐり捨てている部分があるし、かろうじて挨拶やリスナーさんの呼び方が固定されているくらいだろうか。
私の影響で多少設定を意識するようになったのかもしれないけど、やっぱり、完全に設定の顔を演じ続けるのは難しい。
だから、配信での顔とリアルの顔が大差なくても、特に不思議なことでもない。
むしろ、それがギャップを感じさせていいんだと思う。
「また機会があったら遊びたいね」
「ふふ、何ならオフコラボでもしてみる?」
「それは、もうちょっと距離を縮めてからにしたいかな……」
いい人だとは思っているけど、いきなり家に上がるのはちょっと近づきすぎている気がする。
スタジオでやる分にはまだ仕事感があるからいいかもしれないけど、それはオフコラボとは少し違う気がするし、やはりやるなら家にお邪魔して、一緒に配信することだろう。
憧れがないわけではないけど、あちらの都合もあると思うし、ちゃんと見極めてからの方がいいと思う。
その後も、他の先輩はどういう人なのかなどを話しつつ、マンションに辿り着く。
配信しようと思えばできそうだけど、今日はどうしようかな?
「……あれ、チャットが来てるね」
ふと、通話アプリを見てみると、アケミさんからチャットが届いていた。
いつ通知が来ていたんだろう。全然気づかなかったな。
内容を見てみると、久しぶりにコラボしたいという話だった。
コラボか。確かに、以前来た時はあまり絡みがなかった気がするし、やるのもいいかもしれない。
日程が明日なのがちょっと急ではあるけど、幸い、RTAに関しては少し練習期間が必要だし、配信するにはまだ余裕がある。
アケミさん達の頼みでもあるし、ここは受けるしかないだろう。
「大丈夫ですよ、と」
チャットで返信すると、すぐに応答があった。
内容としては、また雑談配信にする予定らしいんだけど、私はゲストという形で、アケミさんの枠で配信することになるらしい。
それなら、特に用意するものはないかな。
一応、前回一夜が異世界に行ったことを受けて、それに関する質問をするかもしれないとは言っていたけど、それくらいだったらすぐに答えられる。
みんなとコラボできることを楽しみにしつつ、晩御飯の準備をする。
明日配信するなら、今日は練習に費やしてよさそうだね。
そんなことを考えながら、準備を整えるのだった。
翌日。いつも通りに目が覚める。
昨日は、ルートの確認がてら、通しで何度かやってみたんだけど、ちゃんと時間通りにクリアできた。
確かに、世界記録などと比べると全然遅いんだけど、今までやってきたRTAに比べたら、かなり短い時間で終わることができる。
なんか、逆に物足りないような気がするけど、リスナーさんの期待にも応えたいし、いずれはやらなくてはならないものだった。
なんなら、終わったら普通にプレイしたいくらいである。
配信では、時間の都合もあるし、RTAの方がよさそうだけど、裏でやってみてもいいかもね。
「ハク兄、今日は三期生とコラボするって言ってたよね」
「うん、夜にね」
「なにか用意するものある?」
「いや、特にないかな」
「わかった。いつも通り、後ろで見てるから、何かあったら言ってね」
そう言って、一夜はいつも通りに朝食の準備をしている。
今回は、一夜が異世界に行った時のことを聞くつもりらしいし、なんなら一夜の方をコラボに誘えばいいのではと思わなくもないけど、そこは私と話したいからというのもあるらしい。
それに、私の配信の裏で、いつも一夜が待機しているのはみんな知っていることみたいだし、いざとなれば突発的にコラボすることも可能だろう。
ハードル的にも、私を誘う方が簡単だろうしね。
さて、時間までまた練習でもしていようかな。
そんなことを考えながら、ゲームを起動するのだった。
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