第六百十一話:リアルな先輩
「私の友人に何か御用ですか?」
と、近づこうとしたら、その前に別の人物が声をかけた。
紺色のカーディガンを羽織った、眼鏡をかけた女性。連れなのか、少し後ろには少し背の低い女性が帯同している。
背が低いと言っても、元々どちらも背が高い方なのか、一夜よりも目線が高い。
「お、この子の友達? どっちも可愛いじゃん、よかったらお茶しない?」
ナンパ男達は、いい獲物を見つけたと言わんばかりに、その女性にも手を伸ばしてくる。
しかし、眼鏡をかけた女性はその手をパシリと一蹴し、キリッとした目で睨みつけた。
「お断りします。こちらは約束があるのです。それ以上言い寄るようなら、警察を呼びますよ」
「ちっ、なんだよ連れねぇな」
警察という単語にビビったのか、ナンパ男達は引き上げていった。
助けてくれたのは嬉しいけど、あれは誰だろうか?
友人と言っていたけど、まさか……。
「一夜、危ないところでしたね」
「先輩、助かりました!」
どうやら、あの二人がルイン先輩とヒカリ先輩らしい。
なるほど、確かにイメージ通りではあるかな。
恐らく眼鏡をかけている方がルイン先輩だろう。ヒカリ先輩の方はイメージより背が高いけど、それでも快活そうな雰囲気の女性である。
なんか、どうやってナンパを撃退してやろうかと考えていたけど、頼もしい先輩がいてくれて助かった。
「一夜、大丈夫?」
「あ、はっちゃん。見てたの?」
「ちょうどタイミングよくそっちの二人が来たんだよ。その様子だと、この二人が?」
「そう。リアルで会うのは初めてだろうから、少し紹介するね」
そう言って、一夜は二人のことを紹介してくれる。
まず、ルイン先輩こと、黒木真子さん。
私でも知ってるような有名大学の卒業生で、元々はデザイナーとして活動していたらしいのだけど、『Vファンタジー』の社長から、新しい道を切り開いていかないかと誘われて、ヴァーチャライバーとしてデビューしたらしい。
そして、ヒカリ先輩こと、日下部光さん。
元々はアイドル志望だったらしいのだけど、ルイン先輩と共に社長に拾われてヴァーチャライバーとしてデビューしたようだ。
二人とも、デビュー当時はいろいろ苦労することもたくさんあったけど、今はヴァーチャライバーという仕事に就けて満足しているようである。
「一夜、まさかとは思いますが、この子が例の?」
「そうですよ。はっちゃん、自己紹介して?」
「うん。ハクと言います。お会いできて光栄です、先輩方」
「え、ええ、こちらこそ……」
丁寧にお辞儀をすると、ルイン先輩も慌てて返す。
やっぱり、この姿だと成人とは見られないかな? あるいは、特徴的な髪色に驚いているのかもしれない。
良くも悪くも、私はもうこちらの世界では浮いた存在だからね。
「えっと、失礼だと思いますけど、ほんとに成人してるんですよね?」
「してますよ。まあ、証明するものはありませんが」
「ええ、こんなに可愛いのに成人してるなんて奇跡じゃないですか!」
「わっ……」
そう言って、ヒカリ先輩が私の脇に手を入れて、持ちあげてくる。
この体は姿相応に軽いので、簡単に持ち上げられてしまう。
意図的に重くすることもできるけど、流石にそれはやる気にはなれない。
というか、初対面の相手をいきなり抱き上げてくるとか、流石ヒカリ先輩って感じだ。
ルイン先輩は、突っ込んでいいものかどうか言い淀んでいたというのに。
「光、失礼ですよ」
「あ、ごめんなさい。可愛くてつい」
一通り抱き上げた後、ようやく降ろしてくれた。
一夜はなにやら言いたげににやにやとしていたけど、まあ、この見た目じゃある程度は仕方ないと思う。
私だって、証拠もなしに成人してるって言ったところで、信じてもらえるとは思っていないし。
「にわかには信じられませんが、その言動といい、ハクさんで間違いないみたいですね」
「はい。びっくりしましたか?」
「ええ、だいぶ」
そう言いつつも、大して驚いていなさそうなルイン先輩。
いや、驚いているのはわかるんだけど、あまり動揺が表情に現れていないというか、冷静だなって感じ。
まあ、場数を踏んでそうだし、これくらいじゃ動じないんだろう。
ヒカリ先輩は、別の意味で動じていなかったが。
「それじゃ、さっそくショッピングしていきましょうよ!」
「それもそうですね。行きましょう」
一通り反応を楽しんだ後、本来の目的であるショッピングに移行する。
具体的に何を買うのかは決めていなかったが、ひとまず向かうのは、服屋のようだった。
元々、このショッピングモールは服屋が充実している場所だし、行く場所としては間違っていないのかもしれないけど、服に関しては困ってないんだよなぁ。
こちらの世界で着る用の服は、アケミさん達の協力もあってすでに何着も用意してあるし、帽子もある程度は揃えている。
強いて言うなら靴があんまりないけど、そんな何足も用意するものではないと思うし、買う必要はないと思うけどな。
「こんなに可愛いんですから、おしゃれしなきゃ損ですよ! お姉さんが見繕って上げますからね!」
そんな私の心情をよそに、ヒカリ先輩はそう言って私に似合う服を探している。
アケミさんの時もそうだったけど、なんでみんな私を着せ替え人形にしたがるんだろうか。
同じ着せ替え人形にするなら、一夜の方が可愛いと思うけどなぁ。
ルイン先輩なら止めてくれるかなと思ったけど、どういうわけか乗り気だし、一夜は相変わらずである。
これは、また苦行が始まりそうだ。
「せっかく買いに来たのに、私の服ばっかり選んでいいんですか?」
「ハクさんは服に割と無頓着みたいですね」
「そんなことはないと思いますが」
「いえ、今の反応を見て、確信しました。服に穴が開いても、毛玉だらけになっても、ずっと着ているタイプでしょう?」
「それは、まあ、そうですかね?」
「やっぱり。ガワがいいんですから、しっかりおしゃれしないとだめですよ」
そう言って、淡々と服を見繕っていくルイン先輩。
いやまあ、服に穴が開いた程度で買い替えるような経済状況ではなかったからね。
基本的に、服は擦り切れるまで着て、新しいものに変える時も基本的には古着だった。
王都に家を持つようになってからは、経済的にも余裕が出て、色々と買えるようにはなったけれど、そもそもおしゃれに興味がなかったし、服のセンスもないと自覚していたので、最低限着れれば何でもいいやという考えの下、今に至る。
これは前世の時もあまり変わらなくて、多少穴が開こうが、毛玉だらけになろうが、機能的には問題ないことが多かったので、そのまま着ていることが多かった。
よく、お母さんに見つかって、ちゃんと言えと叱られることもあったけど、当時の私は、なぜ叱られているのかすらわかっていなかったよね。
一応、お姉ちゃん達や、アケミさん達のように、私のことを可愛がって、服を着せたがる人達によって、ある程度の服は揃っているのだけど、その大半は着ていない気がする。
仮に見た目が可愛くても、おしゃれする義務はないと思うんだけどなぁ。
そんなことをぶつぶつと考えながら、着せ替え人形に徹するのだった。
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