第百三十八話:意外と優しかった
「この度は失礼しました。こちら、お詫びの品になります。どうぞお納めください」
「は? 詫び? どういうことだ?」
突如差し出された菓子折りにエルバートさんは理解が追い付いていないようだった。落ち着いた様子のセレフィーネさんも目を丸くしている。
「いえ、どうやらエルバート様の邪魔をしてしまったようですので」
「邪魔……貴様まさか、ギガントゴーレムを倒したという冒険者か!?」
「はい、そうなります」
「貴様かぁ! よくも邪魔してくれたな!」
手渡した菓子折りを手で払いのけられる。
ああ、結構高い奴なのに。もったいない。
「貴様の、貴様のせいで私の完璧な計画が台無しだ!」
「計画?」
「重大な問題を解決して皇帝に取り入り、領地へのさらなる融通を図ることだ!」
ああ、そういう。自分が甘い汁を吸おうとしたというわけではなく、あくまで領地のためなんだね。
これで自分だけのためだったらまだ悪役らしいんだけど、やっぱりこの人どこか非情になりきれないところがあるんだな。
「その節は申し訳ありませんでいた。ちょうど知り合った工房のために魔石を融通しようと思ったら手近な依頼がこれしかなかったもので」
「うるさい! そもそもお前のような小娘がなぜギガントゴーレムを狩れる? Aランクの魔物だぞ!」
「一応これでもBランク冒険者なもので。それに仲間もAランク冒険者でしたし」
「言い訳などどうでもいい! 貴様のおかげで皇帝からの評価はがた落ちだ! どう責任を取ってくれる!」
責任と言われましても、私如きがどう動いても名声の回復なんてできない。いや、王子を通して皇帝に掛け合うくらいはできるかもしれないが、皇帝は多分この件に関してはもうあまり興味がないのではないかと思う。
そもそも、エルバートさんが要注意人物としてあげられていたのは強力な魔物のせいで主要な鉱山が使えないという問題の解決が妨害されているという事態があったからで、それが解決した今、小さな犯罪しか犯していないエルバートさんに特別人員を割くわけがない。
小さな犯罪故に尻尾がなかなかつかめず、もしかしたら何か大きな犯罪に加担しているのではないかという疑いもあったが、理由を聞いてみれば領地のために手柄を立てたかったというだけ。やり方はあれだけど、皇帝のために誰よりも早く皇都へと赴いたその姿勢は評価されるべきだ。
だからこそ謹慎程度で済んでいるんだろうし、これ以上大きな問題を起こさないのであれば皇帝からこれ以上接触することもないだろう。私にできることがあるとすれば、さりげなくエルバートさんの良い噂を流す程度だろうか。あんまり意味はない気がする。
「狩ったギガントゴーレムの魔石ならお譲りできますが……」
それよりは本来なら手に入ったはずの素材を提供した方がまだ責任の取り方としてはいいだろう。本体はすでに皇帝にあげてしまったけど、魔石だけでもかなり貴重なものだ。魔道具作りに携わっている家ならばそう言った魔石は確保しておきたいところだと思うのだけど。
「ふん。本来ならその魔石は私が手に入れていたんだ。魔石で責任を取るというなら、追加で最高級の魔石でも持ってくるんだな」
「ああ、それでしたらこちらはどうでしょうか?」
私はポーチから魔石を取り出す。ギガントゴーレムを狩った時のものではなく、魔力溜まりから採取したものだ。
大きさだけならギガントゴーレムの魔石をも超える。高純度の魔石らしいし、多分高いと思うんだけど、これで何とかならないだろうか。
「はっ!? き、貴様、どこでそれを!」
「魔力溜まりから採取しました。まだいくつかありますが、これで代わりにはならないでしょうか?」
「う、うぬぅ……」
物欲しそうに手を伸ばしているが、すぐさま飛びつくわけにもいかず空を切るばかり。
交渉の材料としては結構当たりの部類だったようだ。唸りながら何度も魔石と私を交互に見ている。
「兄様、よいではありませんか。それで新しい魔道具を作れば陛下の目を向けることが出来るかもしれませんよ」
「し、しかしだなセレネ。私にもプライドというものが……」
「それは陛下にへし折られたばかりではないですか。いつまでも引きずらず、早々に再起を図った方が有意義ですよ?」
セレフィーネさんに窘められてさらに唸る。もう頭を抱えて蹲る勢いだ。
軽い気持ちで出したけど、やっぱりこれってすごいものなんだ? さっきからカイルさんまで魔石をまじまじと見ているし。これくらいの大きさの魔石なら【ストレージ】の中にまだゴロゴロあるんだけど。
「い、いいだろう。いくつかあると言ったな? ではそれを同じものを十個で手を打ってやろう。感謝するがいい」
「あ、はい。ありがとうございます」
てっきりもっと要求されると思ったけど、意外と優しいな。いや、この人はそういう人だったな。ほんと可愛い性格してると思う。
言われた通りの数をポーチから取り出して机に置こうとしたら、執事に慌てて指示を出して布を取ってこさせた。
高純度の魔石になるほど割れやすく、扱いは慎重にしなければならないらしい。確かに、工房でも周囲に布地を置いて庇っていたような気がする。
手伝いに来たメイドと共に魔石を回収してもらうと、ようやく人心地付いたのかほっと息を吐いた。
「ふ、ふん。今回はこれで許してやるが、次はないからな」
「はい、善処します」
私はここの出身じゃないし、これ以上何か問題が起こることはないだろう。ともあれ、許してもらえたようで何よりだ。
その後、やたらと饒舌になったエルバートさんから屋敷を案内してやると言われて連れまわされた。
主に見たのは屋敷に併設されている工房と魔道具が貯蔵されている倉庫。別荘だというのに工房があるというのも驚きだが、エルバートさん自身も魔道具作りができるというのには驚いた。
と言っても、魔道銃のような複雑な機構の物は作れないようだったけど。
面白かったのは倉庫の方で、見たことのない魔道具がたくさんあった。中には店に売られているようなものもあったけど、特に魔道銃はまだあまり普及していないのかオリジナルのものが多かった。
試しに一つ手に取らせてもらったけど、そこまで重いわけでもないし、子供でも簡単に扱えそうだった。用途は様々で、ボール系魔法のように弾を撃ちだすものだけでも相当な種類がある。形も様々で、カイルさんが作っていたものよりも大型のものもあった。
これ、魔法が使えない人にとっては結構重宝しそうだね。片手でも持てるものだとせいぜいがボール系魔法くらいの威力しかないけど、それでも低級の魔物を倒すくらいだったら十分だし、誰にでも簡単に扱えるというのは強い武器になると思う。
大きくなる分取りまわしは難しくなるけど、大型のものなら中級魔法と同等の威力を出すこともできるし、まさに魔法が使えない人のための武器と言える。
それに見た目もかっこいい。銃って武器の中でも結構憧れる部類のものだと思う。私も使ってみたいし。そんなこと言ったら一つ貰ったけど。
魔法があるから使う機会はなさそうだけど、まあ、記念に貰っておこう。【ストレージ】に入れておけば邪魔にもならないし。
もっと凄い剣幕で怒られることかと思ったけど、結果だけ見れば非常に友好的でとても助かった。
無事に依頼も達成し、エルバートさんとの禍根もこれで緩和されただろう。これで憂いなく王都に帰ることが出来る。
緊張しっぱなしのカイルさんと共に屋敷を後にすると、笑顔で見送られた。
さて、あと十日ちょっと、どう過ごそうかな。
感想、誤字報告ありがとうございます。
今話で第四章は終了です。幕間を数話書いたら第五章に行きます。