第五百九十七話:未知の味
一夜に連絡したら、一緒に行くことになった。
今でこそ、お金に余裕はあるが、寿司なんて、普段じゃほとんど食べられなかったからね。
一夜も久しぶりに食べたいということで、嬉しそうな様子だった。
「近場なのは、やっぱりここかなぁ」
スマホで軽く調べてみたが、見つけたのは、某有名回転寿司チェーン店である。
別に、豪勢に回らない寿司でもいいけれど、私自身が入ったことがないし、そもそも近場にそんなところはない。
多分、記事で特集されていたのは、もっと都会の方にあるものだと思うんだけど、まあ、多分問題はないだろう。
今回は、あくまで寿司がどんな料理なのかを把握するためであって、より深い味を味わいたいというわけではないと思うから。
もし気に入ったなら、その時考えればいいと思う。
「電車で一駅だし、そう遠くはないね」
一通りルートを調べ、準備を整える。
お兄ちゃん達には、すでにこちらの世界での服を着せておいた。
あちらの世界で着ているような服だと、流石に目立ちすぎるから、アケミさん達と一緒に買った服を着てもらっているんだよね。
まあ、髪色が特徴的すぎるから、どっちにしろ目立つのは変わらないんだけども。
先に、一夜を迎えに行き、そこから最寄りの駅を目指す。
こうして外に出るのは久しぶりだな。
駅に着くと、案の定多くの視線が向けられる。
中には、スマホを向けてくる人もいたりして、動物園の動物にでもなった気分だ。
私達はともかく、ユーリや一夜は、そんな視線に晒されて不快じゃないだろうか。少し心配だ。
「大丈夫だよ、これくらい。みんな珍しがってるだけだから」
「ならいいんだけど……」
結構ポジティブな一夜の言葉を聞きながら、切符を買い、電車に揺られること数分、目的の駅へと辿り着く。
地図によると、ここから歩いて数分のところにあるらしい。
駅の近くに色々とお店があると便利だよね。
《おお、ここが寿司屋か?》
《結構大きいわね》
店の外観の時点で、期待を隠しきれていないお兄ちゃん達を引き連れ、さっそく中へと入る。
受付を済ませ、席へと進むと、さっそく注文をすることになった。
《聞きたいんだけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんはどんな魚が食べたいとかある?》
《うーん、そう言われてもなぁ、魚なんてほとんど食べたことがないし、こちらの世界の魚なんて知らないしなぁ》
《ハクのお勧めでいいわよ》
《お勧め、ねぇ。それなら、まあ、無難にマグロでいいのかな》
寿司の定番と言えば、やはりこれだろう。
特にこだわりがなければ、これかサーモンを頼むのが外れがなくていいと思う。
もちろん、他のネタも美味しいけどね。
特に、この店では魚の他にも肉を乗せたネタがあったり、サイドメニューにはポテトやから揚げなんかもあるから、食べるものには困らない。
色々試すのもいいとは思うけど、まず最初はこれでいいだろう。
「ユーリと一夜はどうする?」
「私はカツオかな」
「私はいくら!」
「了解」
タブレットから、ポチポチ注文していく。
それにしても、回転寿司なのに、レーンが回ってないのは何でだろうか。
別の店ではあるけど、以前来た時は、ちゃんと回っていた気がするんだけどな。
まあ、注文した方が確実に欲しいネタが食べられるから、楽ではあるんだけども。
一応、アリア達にも食べるかどうか聞いてみたけど、せっかくだから食べるらしい。
精霊は、基本的には魔力を食べる、というか吸収することによって生きているから、別に食べる必要はないんだけど、食べれないことはないらしい。
まあ、娯楽みたいなものだよね。
それぞれ注文し、しばらくするとネタが届く。
さて、久しぶりの寿司はどんなものだろうか。
《これが、スシか。思ったよりきれいだな》
《こっちの醤油をつけて、お好みでわさびをつけて食べてね》
《お、おう。やってみよう》
お兄ちゃんは、少しおっかなびっくりと言った感じで寿司を口に運ぶ。
しばらく咀嚼した後、ゆっくりと飲み込んだ。
《ど、どう?》
《これは……うん、うまい。うまいぞ!》
目の前にすると緊張したのか、お姉ちゃんは先に食べたお兄ちゃんの様子を見ている。
お兄ちゃんは、しばらく考えるような仕草をしていたが、やがてうまいと嬉しそうに笑った。
それを見て、お姉ちゃんも同じように口に運ぶ。
反応は、お兄ちゃんと大体一緒だった。
《これは、お米よね。たまに王都でも見かけるけど、こんなに酸っぱかったかしら?》
《これは酢飯だからね。魚に合うように、ちょっと手が加えられているんだよ》
《なるほど……しょうゆも味が濃くていいし、わさびもピリッとした辛さがいいわね。癖になるかも》
すぐに二貫目も食べて、あっという間に皿が空になる。
それを見て、残念そうにするお兄ちゃん達だけど、すぐにまた頼めばいいだけなので、まだ食べ終わるには早い。
私は、自分の分も含めて、色々注文する。
それを見て、お兄ちゃん達は目を丸くしていた。
《これで終わりじゃないのか?》
《それはそうだよ。流石に少なすぎるでしょ?》
《それはそうだが、そういうものかと思ってた》
《ねぇ、これっていくらくらいなの?》
《うーん、高いところはもっとすると思うけど、このお店だと、一皿で小銀貨一枚くらいかなぁ》
《小銀貨一枚……内陸で魚が食べられると考えると、かなり安い方かしらね》
港町で食べるならともかく、王都で魚を食べようと思ったら、結構な値段がする。
干物でよければ、まだ値段も抑えられるけど、新鮮な魚をとなると、転移魔法陣を使わざるを得ない。
今の移動技術だと、どうあがいても数週間はかかるからね。
氷だって安くはないし、新鮮な魚を運ぶのは相当な労力がかかるのだ。
ただ、港町であれば、そこまでの値段でもない。よく獲れる魚なら、小銀貨一枚で買うこともできるだろう。
お姉ちゃんが食べたのは、恐らく港町でだろうから、そこの値段を参考にしているのかもしれないね。
《お金は大丈夫なのか?》
《そこらへんは安心していいよ。なんなら三十皿くらい食べても問題はないから》
《お、おう、頼もしいな》
貯金はかなりあるからね。使う機会も少ないし、パーッと使っていいだろう。
まあ、今のところ入手手段が正則さん経由でしかないから、ある程度は残しておいた方がいいかもしれないけどね。
『なんだか不思議な味だね』
『またお寿司が食べられるなんて、夢にも思いませんでした』
こっそりアリアと、お兄ちゃんの契約精霊であるミホさんも食べているけど、アリアは不思議そうな顔をして、ミホさんは涙を流して食べていた。
まあ、ミホさんに関しては、精霊であるということも相まって、食への接触はかなり少なかっただろうしね。
そんな中で、こちらの世界にしかない寿司を食べるのはかなり難しかっただろう。
ユーリも一夜も楽しんでいるようだし、これだけでも来た甲斐はあったかな。
私は、久しぶりの味を楽しみつつ、お兄ちゃん達の様子を注視していた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




