第百三十七話:マグニス邸へ
それから五日後、ようやくザック君から連絡が来た。
王子によればあれからエルバートさんは謹慎を言い渡され、皇都内の別荘に籠っているらしい。
一応、余罪がないか尋問をしたらしいのだが、出てきたには出てきたけどほんとに些細なイタズラばかりだった。
例えば、マグニス領の鉱夫達を脅して良質な魔石を手に入れたり、領内に住む魔道具職人に町からの外出を禁止したり、冒険者が受けた依頼を横取りしたりだ。魔石に関しては独占というわけではなく、少ないながらも流通していたようだし、職人に関しては町から出さない代わりに手厚い待遇を施していたり、冒険者に関しても早い者勝ちだからと特に気にしていない様子だったらしいが。
命令自体はもっと過激で魔石の件を例に挙げるならそれこそ独占しようと言っていたようなのだが、妹のセレフィーネさんが窘めてその程度で収まっているらしい。
自分の思い通りにならないと癇癪を起すエルバートさんも妹の言うことだけはよく聞くらしく、それがストッパーとなって大事にはなっていないようだった。
今回の件も被害に遭った冒険者にはさりげなくフォローが回されているようで、特に被害届けとかは出されていない。
なんというか、妹さんの心労が目に見えるようだ。うまく制御してくれていると思う。
そういうわけで、厳重注意の後一週間の謹慎が言い渡されただけで他にはおとがめなし。まあ、皇帝からの信頼は下がっただろうけど、まだ取り返せる範囲だろう。
そんな中、事が終わってから出来上がった魔道具に遅いとツッコミをいれられたようだが、期限には間に合っているし、そもそも魔石の調達が難しいことはあらかじめ伝えているためそれ以上突っ込むことはなく、依頼した以上は受け取らないわけにもいかないので少し落ち着いた今日行くことになったのだ。
「さて、ここがエルバートさんの屋敷ですか」
あれから服も買い替えて菓子折りも用意して準備は万端。
エルバートさんの屋敷に行くことをお姉ちゃん達に伝えたら別にそこまでする必要はないんじゃないかと言われたが、半分は興味本位だし、行くこと自体は反対もされなかったので特に予定を変更することはなかった。
「よし、行くぞ」
若干緊張した面持ちのお父さんが屋敷の扉を叩く。
そういえば、お父さんの名前はカイルというらしい。工房で合流した時に思わずお父さんと呼んでしまったら、名前を教えてくれた。
別にカイルさんを父親として見ていたわけではないけど、心の中でずっとお父さんと呼んでいたから自然と口から出てしまった。
まあ、そんな笑い話もそこそこに、扉が開いた。執事と思われる男性だ。用件を伝えると、予め把握していたのかすぐに応接間に通されることになった。
「緊張するな……」
「他に貴族から依頼を受けたことはないんですか?」
「そりゃあるが、エルバート伯爵は別格だ」
まあ、魔道具職人の憧れらしいからね。素晴らしい発想で数々の魔道具の案を生み出すセレフィーネさんにそれを悉く使いこなすエルバートさん。魔道具職人からしたら尊敬できるし、魔道具を最大限活用してくれるのは嬉しいことだろう。
お茶を振舞われ、しばらく待っていると、応接室に二人の男女が入室してくる。
「やっと来たか! 遅いわ馬鹿者!」
開口一番、男性の方が怒鳴りつけてきた。
年は意外に若い。二十代前半くらいだろうか? 高そうな黒い服を着ていて頭髪は銀色。見た目だけなら割と紳士に見えるのだが、唾を飛ばしながら怒鳴りつけている姿で台無しである。
「も、申し訳ありません! 魔石がなかなか手に入らず……」
「言い訳はいい! 皇都でも有名な魔道具職人というから期待していたというのにこのざまとは、おかげで先を越されてしまったではないか!」
やはり自らの手でギガントゴーレムを狩れなかったことを相当怒っているようだった。
うーん、どうしようかな。謝るタイミングがない。というかカイルさんがめっちゃ蒼褪めている。そりゃ尊敬している人から怒られたら生きた心地しないよね。
「兄様、その辺りで許してあげたらどうですか? 別に期限に間に合わなかったわけではないのですし、見通しが甘かったこちらの落ち度です」
「そ、そうは言うがセレネ、こいつらがもっと早く仕事をしていれば……」
「それは結果論にすぎません。むしろ期日よりだいぶ早く出来上がったのですから、褒めてあげなくては」
なおも食って掛かろうとする男性に隣に立っていた女性が口を挟む。
会話の内容からして、男性がエルバートさんで、女性がセレフィーネさんだろう。
あれほど怒鳴り散らしていたエルバートさんが焦ったようにセレフィーネさんを見ている。我儘な兄を窘めているというのは本当のようだ。
「いきなり怒鳴りつけてごめんなさい。納品お疲れ様です」
「い、いえ! こちらこそ、至らぬばかりで申し訳ありませんでした!」
頭を下げて謝罪するセレフィーネさんにカイルさんががちがちに緊張しながら返す。
まあ、印象は最悪だっただろうからな。エルバートさんに怒られたショックとセレフィーネさんに労ってもらった喜びでよくわからない表情をしている。
「こ、こちら依頼の品です! どうぞお納めください!」
丁寧に木箱に入れられた品を取り出す。やはり貴族に渡すものとして最低限の装いは大事らしい。素材自体はそこまで高価なものではないが、カイルさんにかかれば高そうなそれっぽい木箱に見えるから凄いと思う。
執事の人が受け取り、エルバートさんに渡される。エルバートさんは苛立ちながらも箱を開けると、そこにはラッパのような銃口を持つ巨大な銃が納められていた。
形的には拳銃なんだけど、両手で持つことを想定されている。カイルさんの腕がいいのか、設計図通りディティールにもこだわって作られている。
「ふん、一応依頼通りの品のようだな。手に馴染むではないか」
早速箱から取り出して持ってみているが、魔導銃を使い慣れているのか持ち方が様になっている。
しばらく外観を確認したり構えたりして見ていたが、いきなり私に銃口を向けると、容赦なくトリガーを引いた。
まあでも、慌てることはない。銃ではあるが、飛び出してくるのは電磁波だ。ちょっと痺れるかもしれないが、そこまで強いものではない。
あえて可視化されているらしく、青白い雷撃が私の身体に纏わりついてくる。体を動かすたびにバチバチと音を立てるのが少し怖いが、特に痛みはない。でも、これで魔力溜まりの魔力を防げるかどうかは微妙じゃないかな? なんというか、隙間が大きいし。いや、絶えず動いているから言うほどではないんだろうけど、少し気分が悪くなる程度にはなりそう。
「性能も上々。これで仕事が早かったら私も文句なんてなかったんだがな!」
「も、申し訳ありません……」
「兄様、失礼ですよ」
いきなり人に向けて撃つのはどうかと思うんだけど、まあ、いたずら好きの貴族だしこれくらい普通のことなんだろう。別に被害を被ったわけでもないし。
性能面も期待に応えられるものだったようで、相変わらずの仏頂面ではあるものの少しは機嫌を直してくれたようだ。
さて、落ち着いてきたようだしこの辺りで渡そうか。
いつまでも電磁波を纏っていたら渡しづらいので隠蔽している翼を軽く払って吹き飛ばす。私の防御魔法に比べたら薄っぺらい装甲だしこれくらいならわけない。
いきなり立ち上がった私に驚いたのか、それとも霧散してしまった電磁波に驚いたのか、エルバートさんは一歩引いた。
私は気にせず菓子折りを手にすると、頭を下げながら手渡した。
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