第十五話:魔物に襲われたのは
今日で宿泊代が切れてしまうので朝食を食べた後、また延長を申請しておいた。
もう別の宿に泊まる気はないし、しばらくはこの町にいるのだからと面倒なので一月分を小金貨で払ったら、なぜか目を丸くして驚かれてしまった。
そんなにお金持ってないとでも思ったのかね? まあ、実際そんなに持ってるわけじゃないけど。全財産の半分くらい使ったし。
ギルドに行って同じように採取依頼を受けてから町の外に出る。
三日目ともなれば慣れたもので、門番さんも笑顔で見送ってくれた。
森に着くと、また泉を目指す。
別に必ず泉でやらなければならないってわけではないけど、すり鉢とか置いてきてしまったし、適度に人目につかなくて水場があるって結構便利なんだよね。
毎度行き帰りに魔物に襲われるのが難点なんだけど。
今日は狼っぽい魔物に襲われた。フォレストウルフ、だっけ? 森に生息している魔物で、群れを成して襲ってくる。
奇襲が得意らしいけど、アリアはあっさりと見抜いていた。指摘されるまで全く気付かなかったんだけど、どうやって探知してるんだろう?
道中で薬草を摘み取りながら無事に泉へと到着する。置いたままだったすり鉢もそのままだ、誰も来てないみたい。
まあ、こんな場所にわざわざ来る人もいないか。
さて、今日もポーション作りますよー。
すり鉢の中を軽く洗った後、【ストレージ】から薬草を取り出して中に入れていく。
あ、待って、その前に小瓶作らないと。
昨日は硝子が冷めるまでに時間がかかって後半は結構暇だった。だから、今回は先に作っておくことにする。
昨日作った竈を使って硝子作り。意外と体力使うのがあれだけど、結構楽しいから我慢できる。
体力作りとかした方がいいのかなぁ。
一年もの間研究漬けの生活だったせいで体力も筋力も全然ないのだ。硝子の形を整えるための棒を持ってるだけでも手がプルプルしてくるから相当だろう。
あまりにも安定しないから途中から身体強化魔法使ったけど、根本的な解決を図った方がいいのだろうか。
うーん……まあ、今はポーション作りの方が大事だし、いいか。町から森までの短距離とはいえ歩くようにもなったし、そのうち少なからず体力もつくでしょう。
いくつか小瓶を作って平らな石の上において冷ましておく。ポーションができる頃には冷えていることでしょう。
さて、本命のポーション作りだ。昨日は薄めのポーションになってしまったから今度は配分を変えて作ってみる。
混ぜ方は多少コツを掴んだのでどんどん磨り潰していく。入れる薬草の量やタイミング、組み合わせる薬草のパターンを色々試していると、あっという間に日が暮れてしまった。
一日がとても速い。何かに没頭すると時間は早く進むものだ。
固まった硝子の小瓶に作ったポーションを入れていく。
効果にばらつきはあるものの、既製品のポーションと同程度の効果を持つポーションもいくつか作ることができた。
途中から磨り潰している最中にも【鑑定】を使うことで効果の微妙な変化や組み合わせによる効果の変動などを見るという方法を思いついたので実践してみたら思いの外うまくいった。
いや、【鑑定】って便利だね。なんで覚えたのかわからないけど。
【ストレージ】が使えるだけでも珍しいのにその上【鑑定】まで使えるって、結構チートだと思う。
納得のいく出来のポーションもできたことだし、そろそろ帰るとしよう。
小瓶を【ストレージ】に入れて立ち上がる。今回はすり鉢も持って帰るとしよう。
いや、ここに人が来るとは思えないけど、万が一という可能性もあるし、魔物とかに壊されても面倒だなと気が付いたからね。容量なんてあってないようなものなんだからケチる必要ないでしょ。
そうして帰る途中、少し前を飛ぶアリアがふと立ち止まった。
「また魔物?」
「うん、そうなんだけど、なんかおまけがいるっぽい」
「おまけ?」
なんだそれはと聞こうとしたところで悲鳴が聞こえてきた。
私はとっさに足に身体強化魔法をかけ、跳ぶように駆け出す。
おまけってそういうことね!
木々の間を縫うように駆けると、しばらくして目の前に魔物の姿が目に入った。
枯れた緑色の身体にボロボロの武器。ゴブリンの群れが何かを囲んでいる。
その中心にいるのは二人の子供。一人は地面に倒れ泣いている女の子。もう一人は女の子を守るように後ろを庇っている男の子だ。その辺で拾ったのか、長い枝を構えてがくがくと震えている。
ゴブリン達は武器を振り上げ、今にも襲い掛かろうとしている。このままでは間に合わない。
ならば、こうだ!
前方に向けて払うように手を出すと、空中に次々に魔法陣が出現する。それら一つ一つから水で形作られた矢が飛び出した。
「ギャッ!?」
矢は狙い過たずゴブリン達の腕に直撃し、武器を取り落とさせる。
ウェポン系と呼ばれる殺傷力の高い魔法だ。その中でも矢は初速をつけやすく、素早い攻撃に向いている。
子供達の安全が確保できたところで次に狙うのは首だ。いつものように水の刃を作り出し、サクッと両断する。
ちなみに水の刃はボール系の魔法の応用だ。構築が楽で小回りが利くので愛用している魔法の一つ。最初に教わったのが水魔法ということもあって、水魔法はだいぶ重宝している。
間違っても子供達に当たらないように気を付けて首を落とすと、ようやく静かになった。
あっけに取られている子供達に近づくと、男の子の顔が驚愕に染まっている。
あれ、この子、忠告してきてくれた子だね。あれほど森の奥に行くなって言ってたのに、なんでこんなところにいるのかな。
「お、お前が助けてくれたのか?」
「まあ、そういうことになるのかな?」
「そうか……ありがとう、お前のおかげで助かった」
何か言いたげだったけど、頭を下げて礼を言ってくる男の子。
まあ、昨日あれだけ忠告した相手がそれを無視してこんなところにいるんだもんね。悪いとは思ってるよ、一応。
「どういたしまして。そっちの子は大丈夫?」
「大丈夫……ありがとう」
倒れていた女の子はそう言って立ち上がるが、すぐに顔を顰めて蹲ってしまった。よく見てみると、膝に擦り傷ができている。襲われた時に転んでできたのかな。
んー、せっかくだから試してみようか。
私はおもむろに女の子に近づくと、ポケットに入れていた自作のポーションを取りだし、傷にかけた。
一瞬痛みに声を上げたが、かけた場所から見る見るうちに治っていく傷跡を見るとぽかんと口を開けていた。
うん、かけるだけでも効果があるみたい。効果は【鑑定】であるのはわかっていたけど、実際にやってみなければわからないこともある。これで少し自信がついた。
「おまっ! そんな高価なもんを!」
「自分で作ったやつだから気にしないで。立てる?」
「え、あ、はいっ」
ポーションはそこそこ高価だから擦り傷程度に使うのはもったいないんだろうけど、私の場合は効果を直接見たかったし、自分が作ったポーションがちゃんと効くのかどうか試したかっただけだから問題ない。元手もゼロだし。
私が手を差し伸べると、女の子はすっくと立ち上がった。他に怪我もないようで一安心だ。
「あ、あの、ありがとうございました」
「無事で何よりだよ」
「ほんとだよ。これでわかったろ? 森の奥は危険なんだ。こいつが大丈夫だったからって、もう入るんじゃねぇぞ」
「はい……」
男の子が女の子を叱っている。これは、私がよく森の奥に行って帰ってきてるから大丈夫だと思って入ったら襲われたってことかな? だとしたら私にも責任があるなぁ。
「おい、ええと……」
「ん? ああ、ハクですよ。君の名前は?」
「ハクか。俺はラルス。こっちはシアンだ。助けてくれてありがとう。しかも、ポーションまで使わせちまって」
改めて礼を言ってくるラルス君に気にしないで、と返す。
今回はたまたまアリアが気付いてくれたおかげで何とかなったけど、そうじゃなかったらどうなっていたことか。
女の子だけだったらすでに襲われていたかもしれない。ラルス君が立ちはだかったからこそ間に合ったと考えると、ラルス君も立派に役目を果たしたと言えるだろう。
「それでその、できれば一緒に帰らないか。お前がいれば、襲われても大丈夫だろ?」
「いいですよ。ちょうど帰る所でしたし」
「助かる」
二人と手を繋ぎ、森の出口へと向かう。
あ、その前にゴブリン回収しないと。【ストレージ】にしまうと、後には何も残らない。ラルス君がびっくりした顔をしていたけど、まあそこはもう慣れた。
それにしても、二人とも私より背が高いもんだから私が引率されてるみたいになってる。
シアンちゃんに年を聞いたら11歳って返ってきて、え、同い年? って思ったよ。
私より頭一つ分くらい高いんだけど? 私どんだけ小さいのよ。
硝子をこんな風に作ったら割れる気がしないでもないけどあまり気にしないでください。