第五百九十話:心配で見に行く
街の人達は、みんな気さくに話しかけてきてくれた。
私も、長期間いなくなるのはこれが初めてではないので、今回は長かったね、とか、またどっか行く用事はあるのか? と特に心配はしていない様子だった。
そうして話しているうちに、そう言えばと思い出す。
現在の季節は夏。行事と言えるものは、闘技大会があるけど、私にとっては、もう一つある。
それは、あちらの世界に行くことだ。
別に、必ず夏頃に行くと決まっているわけではないけど、あちらの世界での失踪期間を考えると、こちらの世界で一年くらいがちょうどいいのである。
前回は、新しく先輩達との交流も解禁されたし、大規模な企画も始動したので、それに参加する意味でも、行っておいた方がいいだろう。
戻ってきてそうそう、また王都を離れることになってしまうけど、まあ、多分大丈夫。
さっそく、方々に挨拶をし、また少しの間いなくなる旨を伝える。
今回は、合間を置かずに王都を空けることになったからか、みんな、随分と忙しそうだねと心配したような視線を向けてくれた。
特に王様は、重要な任務を終えたばかりで、またどこかへ行くのかと不安そうな顔をしていたけど、任務に関してはばっちりこなしたので、後々連絡が来ると思うと言っておいた。
さて、後はみんなも一緒に行くかどうかを聞いて、行くならすぐにでも転移してしまおう。
「しかし、一夜は大丈夫だったかな」
前回は、こちらの世界に戻ってくる際に、一夜を連れてくるという大イベントをこなした。
ただの異世界観光になる予定だったけど、途中でどこぞの国の王子様に攫われるとか言うアニメみたいなことが起こって、とても大変だった。
その過程で、一夜は異世界の神様であるルディに契約者として見初められ、定期的にこちらの世界に連れてくるように約束させられた。
私としては、余計なことをと思う反面、あんな神様に見初められて、大丈夫なのかという不安もあった。
なにせ、相手は死を司る神様である。それも、見ただけで発狂し、自ら死を選びたくなるようなとんでもない特性を持った神様だ。
一夜がそれを見て、私の知らないところで自殺していた可能性も十分にあったわけである。
結果的には、なぜか一夜はその特性が効かず、むしろ友好的な関係を築けたようだけど、そのせいで、色々と加護を与えられたようだ。
まあ、愛し子のように可愛がっているようだし、変なものではないと思うが、その加護のせいで、何かトラブルが起こっていないか、とても心配である。
当たり前だけど、あちらの世界のことを知るには、あちらの世界に直接出向く必要がある。
そう言う意味でも、早いところ行くべきではあるだろう。むしろ、悠長に旅行だのなんだのしている場合ではなかったかもしれないね。
「気にしだしたら心配になってきた。早いところ行こう」
ルディとて、一夜に危害が加わることは望んでいないだろうし、流石に命に関わることはしないはず。だから、大丈夫だとは思うが、心配なものは心配だ。
物凄く怖い夢を見た時のような焦燥感というのだろうか。大丈夫だとわかっていても、なんとなく胸のあたりが痛い感覚である。
私は、家に帰り、ユーリやお兄ちゃん達にあちらの世界に行くことを伝える。
予想していたことだけど、皆当然のように一緒に行くと言ったので、さっそく準備をしてもらうことにした。
「それじゃあ、行くよ」
準備を整え、みんなで手を繋ぐ。
みんなが頷いたのを確認した後、私は転移を実行した。
一瞬のうちに視界が変わる。
いつも念のためということで転移する山の中。あちらに比べて少し肌寒い空気が肌を撫でる。
時刻は朝だろうか。太陽の位置が若干低い。
それ以外は、特に変わったこともなく、無事に転移は成功したようだ。
「今の時間、起きてるかなぁ」
とりあえず、一夜に挨拶せねばと思い、一夜の住むマンションの屋上へと転移する。
一夜は、基本的には規則正しい生活をしていた記憶があるけど、ヴァーチャライバーとして活動を始めてからは、そうでもなくなったらしい。
というのも、配信をする際に、よく見られる時間というのは夜が多い。
みんな、仕事や学校に行っていて、昼間は見られないってことが多いからね。
だから、何か特別な理由でもない限り、基本的には夜に配信するのだとか。
そして、夜に配信する都合上、場合によっては日付を跨ぐこともよくあり、それで生活リズムが少し崩れる、ということに繋がるらしい。
まあ、私みたいに、日付が変わるか変わらないかって時間でやめればきちんと早起きもできそうだけど、早起きしたところで、やることもないだろうしね。
別の仕事もやっているというのなら話は別だが、今はヴァーチャライバー一本みたいだし。
そう言うわけで、もしかしたら起きていない可能性がある。
少し不安を感じながら、部屋のインターホンを鳴らす。
いつもなら、すぐに出てくるが、今回は、少し待っても反応がなかった。
「やっぱり寝てるのかなぁ」
いつも、なんだかんだ昼頃に来ることが多かったから、今回のパターンは初めてである。
うーん、どうしたものかなぁ。
「起こすのも悪いし、どこかで時間を潰してくる?」
「それもそうだね」
こちらの世界でしか会えない人間はたくさんいる。
両親のところに行ってもいいし、葵ちゃんに会いに行ってもいいだろう。退魔士協会のことも気になるし、アケミさん達とも会いたいし、選択肢は豊富だ。
まあ、退魔士協会に関しては、どちらかというと私ではなくローリスさんの管轄な気がするし、そこまで関与しなくてもいいかもしれないけどね。
どうせ、武器を作るための魔力水ならぬ霊力水を作るにもまだまだ時間がかかるだろうし、行ってもやることはあんまりない。
どうせ行くなら、転生者達が住むアパートに行った方がいいだろうね。
「とりあえず、お母さんのところかな」
時間的に、行くとしたら一つだけだ。ならばどこに行こうと考えた時に、真っ先に思ったのはやはり両親の家である。
なんだかんだ、両親のことは心配だし、様子を見ておくという意味でも行った方がいいだろう。
いつもは一夜と一緒に行くが、今回はお兄ちゃん達と行こうかな。
一度紹介はしたが、それ以降は会ってないしね。
そう言うわけで、さっそく転移する。
転移してから、そう言えば連絡を入れてないと思って、家の前で連絡をしたら、さっさと入って来いと言われた。
どうやら、家の前まで来たのはばれているらしい。
まあ、この辺りは人があんまりいないし、誰かが通りがかればなんとなく気配で分かるよね。
お言葉に甘えて、さっそく玄関へ向かう。
さて、ちゃんと元気だろうか?
感想、誤字報告ありがとうございます。