第五百八十八話:発展した町
第二部第二十二章、開始です。
季節は過ぎて夏。開拓村は、順調に発展を続けていた。
まあ、元から街はかなり綺麗に整っていたし、土地も豊富にあったから家を建てることも容易である。
唯一難儀したのは、町と町とを繋ぐ街道の整備だったが、それも私が手を貸すことによってそうそうに終わらせた。
そろそろ家に帰りたかったからね。こっそり帰ってもよかったが、主要な開拓が必要なのは街道の整備くらいだったので、他の冒険者達にも手伝ってもらって効率を上げたのだ。
おかげで、今の時点でも森の外まで街道が引けている。
冒険者の育成に関しても、だいぶ進んだ。
他の冒険者達のおかげもあって、剣術は見る見るうちに上達し、今では一端の剣士を名乗れるくらいには高い戦闘力を持てていると思う。
少なくとも、冒険者なり立てのFランクではないだろう。
このあたりの魔物に通用するかに関しても、私が同行して少しずつ慣れさせていったので、多分何とかなるはずである。
これで、冒険者の育成という、本来の仕事もほぼ終わったことになる。
後のことは、フィズさんに任せて、私は帰ってもいいだろう。
「というわけで、そろそろ帰ろうと思うのですが」
「ええっ!? もうですか!? もうちょっといてくれてもいいんですよ?」
あれからずっと町に滞在しているフィズさんは、私の報告に信じられないと言った様子で目を見開いていた。
フィズさんからの要求は、冒険者候補となる人達を、一端の冒険者を名乗れるくらい強くしてほしいというものだった。
その要望はすでに叶えたはずだし、開拓村を手伝っていたのは、完全にオーバーワークだったわけで、むしろ追加で報酬を貰いたいところだが、私はそこまでは望まない。
なんだかんだ、開拓生活も楽しかったし、みんなとも仲良くなれたからね。
でも、だからと言って、いつまでも滞在する気はない。
フィズさんも、私が本気で言っているのがわかったのか、少し、いやかなり嫌そうな顔をしながら、頷いてくれた。
「そこまで言うなら仕方ありません。ですが、それなら最後に宴会を開かせてください。町の人々が、ハク様にお礼をしたいと言っているので」
「お礼? 例の魔物を倒したことですかね?」
「ええ。皆、今の生活があるのは、ハク様のおかげだと言っております。私も、最後にハク様の姿を目に焼き付けておきたいので、参加していただけると嬉しいのですが」
「まあ、そう言うことなら」
あの魔物を倒したことに関しては、あの日にすでに何度もお礼を言われているが、それだけでは足りないらしい。
宴会なんて、食料を隣町に頼っている今の状況ではかなりきついだろうに。
一応、畑を整備して、使えそうな種を植えていたりはするが、収穫まではまだまだある。せいぜい、狩りで水増しするくらいしかできなさそうだけど。
準備に関しては心配しなくてもいいと言われたので、ひとまず待っていることにする。
せっかくだし、今の街を見て回ってみようかな。
「元からある程度整っていたとはいえ、だいぶ発展してきたよね」
エウリラさんの結界のおかげで、町は魔物に荒らされることもなく、結構綺麗な状態を保っていた。
開拓団がやったことは、家の修繕と道の整備くらいであり、本来の開拓よりも圧倒的に少ない労力で、生活の基盤を整えることができたのである。
今では、服屋や雑貨屋、鍛冶屋などもできて、町で使うための道具を生産し、売買する仕組みが整いつつある。
今のところ問題らしい問題は起きておらず、順調の一言である。
冒険者候補が集う訓練場は、今も訓練で賑わっている。
追加で来た冒険者達も、それぞれの国ではエリートと呼ばれるだけあって、教え方もそれなりにうまい。
実力がある者は、一人で魔物を討伐できるほどにまで実力をつけているし、十分町の守り手としてやっていけるだろう。
それぞれの設備を見て回りながら、最後にエウリラさんの下へと向かう。
教会も、掃除がされて綺麗になっており、エウリラさんのいる石が綺麗に見えるようになっている。
私が近づくと、呼びかける前に、エウリラさんは姿を現した。
『いらっしゃい、ハク。そろそろ町を発つそうね』
「聞いてたんですか?」
『ええ。この町のことは何でもわかるもの』
精霊なら、姿を消して話を盗み聞きすることも可能、だと思ったけど、エウリラさんの場合、町のことになると、自然とその光景が目に映るらしい。
探知魔法、とは少し違う気がするけど、町への思い入れが強くて、見れるようになったんだろうか?
エルフ達に信仰されていたのも何かしら関係しているかもしれないね。
『ハク、私を、信仰対象としてではなく、町の一員として扱ってくれたこと、とても感謝しているわ』
「エウリラさんは、信仰されることを望んでいないようでしたから。お節介にならなかったならよかったです」
元々、エウリラさんは、エルフ達に信仰される信仰対象だった。
その名残もあり、今も人々からは様付けで呼ばれることも多いし、教会以外で姿を現すことも稀である。
しかし、エウリラさんは、そのような孤高の存在よりも、町の人達と一緒に歩んでいきたいという感情を感じた。
だから、テルミーさんに頼んで、人々には、町の仲間として扱ってくれるように取り計らったのである。
もしかしたら、怒られるんじゃないかと思ったけど、喜んでくれていたようで何よりだ。
『できれば加護を上げたいけど、あなたも精霊なのよね』
「私は人のつもりですけどね。色々混ざっていますが、心は人です」
『そう言うことなら、私からも加護を。その様子だと、すでにいっぱい貰っているようだけどね』
「ありがとうございます」
精霊の加護は、その精霊によって効果が様々である。
と言っても、そこまで大きな効果はないけれど、積み重なればかなりのものになる。
おかげで、私は色々とおかしいらしい。実感したことはあまりないんだけどね。
「あ、そうだ。エウリラさんは、魔法が使えないことを悩んでいましたよね」
『ええ。手のひらほどの水を出すくらいはできるけど、その程度ね』
「そのことなんですが、もしかしたらですけど、エウリラさんも魔法が使えるんじゃないかと思いまして」
『えっ?』
私の言葉に、エウリラさんはきょとんとした顔をする。
エウリラさんは、昔、魔法が使えないことによって、エルフ達の要望を叶えられず、見捨てられたと思っているようだけど、それにしてはおかしいことがある。
それは、結界だ。
結界とは、空間魔法の一種であり、れっきとした魔法である。
エウリラさんは、エルフ達が去っていった後、町に結界を張り、魔物の侵入を防いでいた。であるなら、それはしっかりと魔法が使えている証拠である。
もしかしたらだけど、魔法が使えないと思い込んでいるだけで、実際は使えるんじゃないだろうかと考えたのだ。
『で、でも、本当に使えないのよ?』
「水魔法はそうかもしれません。ですが、空間魔法はその限りではないかもしれません。実際、その身を覆う石は、結界の類でしょう?」
『あっ……』
他の精霊と違って、常に体を石に封じているのも、言うなれば結界である。
エウリラさんは雨の精霊だから、水魔法が使えるのが普通だと思うけど、実際は、空間魔法に適性があったってことなんだろうね。
無意識にやっていたのか、エウリラさんも今気づいたといった風である。
結界は応用が利くし、ちゃんと学べば武器にもなりうる。
自分は役立たずなんかじゃないと自覚できたら、それが一番いいよね。
私は、まだ信じられていないと言った様子のエウリラさんを諭しつつ、結界について、少しレクチャーすることにした。
感想ありがとうございます。