幕間:冒険者狂い
フィズの同僚、タグルの視点です。
俺の同僚には、冒険者好きのバカがいる。
冒険者とは、いわゆる何でも屋であり、町のお手伝いから魔物の討伐まで、幅広いジャンルで活躍する人々のことだ。
国との繋がりはなく、国王と言えども命令権はないが、現実には冒険者に色々と便宜を図る代わりに、国の依頼も聞いてもらうようにするという、暗黙の了解がある。
過去の事例では、戦争の際に傭兵の代わりに冒険者を招集したという例もあるし、金さえ積めば、何でもやってくれる万能の職業という見方もある。
貴族からは、まともな職に就けなかった者が就く底辺職だという見方もあるけど、俺の同僚、フィズからしたら、そんなのは古い考え方だという。
冒険者の中には、優れた実力を持つ者が多数いる。具体的に言うと、Bランク以上の冒険者のことだ。
彼らは、そこらの騎士よりもよっぽど強いし、戦闘経験も豊富だから知識も深い。
ある検証記事では、Bランク以上の冒険者と精鋭騎士を戦わせた時、六割くらいは冒険者が勝つのではないかという研究結果もあるらしい。
一体どこのほら吹き記事だと言いたいところだが、戦力という意味では、騎士よりも優れている者もいるというのは、まあわからなくもない。
そんな実力を持つ者達が、底辺職だなどと言われるのは、評価に見合っていないと、フィズは言うわけだ。
俺としては、別にどっちだっていい。冒険者は金によって動くし、俺達はそれを利用して危険な仕事を肩代わりしてもらう。
適材適所という奴だ。俺は書類とにらめっこしている方が都合がいい。
「あいつもそんなに冒険者好きならなんで文官なんかになったのやら……」
各国には、有名な冒険者というのが多数おり、フィズはそのほぼすべてを把握しているらしい。
冒険者好きなら冒険者になれば、とは言ったが、自身の実力はからっきしであり、だったら冒険者を研究できる立場になりたいと思って今の仕事を選んだとか聞いた気がする。
さっきの適材適所ではないが、確かにその通りかもしれない。
そんなフィズが最近熱を上げているのが、ハクという冒険者だ。
友好国である、オルフェス王国の冒険者。かつては、特異オーガという特殊な魔物が大量発生した際に、それを一人で鎮めた英雄的存在らしい。
話だけ聞いたなら、ふーんと思っただろうが、実際にその姿を見て、何の間違いだと思ったものだ。
なにせ、完全に子供だったから。
ショーティーのように、成人しても子供のような身長の奴はいるが、本人曰く、人間らしい。
それなのに、10年以上身長が変わっていないというから驚きである。
その姿でBランク冒険者に上り詰められるのもおかしいし、絶対何か嘘ついているだろとは思うが、フィズはそんなのは全然気にしていないようだ。
聞いてもいないのに、ハクのココが凄いってところいくつも聞かせてくれる。
しかし、そのすべてが、嘘かと思うようなことばかりだった。
学生の身で闘技大会に優勝したって言うのも頭おかしいと思ったし、精霊の寵愛を受けているって言うのも馬鹿馬鹿しいと思った。
どう考えても、人一人がやっていい内容を超えている気がする。
「なあ、そいつは本当に人間なのか?」
「どうだろうな。実際、いろんな噂がある」
多くの精霊に愛されているというのは、誰かが言った比喩のようだけど、その理由はまさしくハク自身も精霊だからだ、とか、オルフェス王国の王都では竜が訪れたという記録があることから、竜の子供であるという説、挙句の果てには、魔族返りなのではないかという説まで、様々あるようだ。
まあ、純粋な人間ではないのは確かだろうが、それにしたって他の候補も嘘くさすぎる。
そんな奴を招いて大丈夫なのかと思いたいが、フィズとしては、ハクこそが今回のプロジェクトの要だと信じているらしい。
実際、オルフェス王国への交渉は、他の国を差し置いて第一に行ったようだし、日程も早かった。
他の冒険者との交渉が済む前に、開拓団が出発してしまったほどだからな。
あれだって、仮にハクがめちゃくちゃ優秀だったとしても、無謀が過ぎるように思える。
聞けば、一応貴族らしいし、開拓団の生活なんて送れるんだろうか。
「そういえば、一緒にいたあの女は何なんだ?」
「ん? さあ、誰だろうな。記録と照らし合わせるなら、学生時代に急に現れた少女だとは思うが」
「なんだそれ」
フィズは冒険者のこととなるととてつもない才能を発揮するが、それ以外のこととなると、一気に興味が冷めるのか、ほとんど情報を持っていないことが多い。
今回、要請したのはハクだけだったのに、一緒に来たところを見ると、使用人か何かか?
いや、それにしては雰囲気が異常だった気がしないでもない。
何なら、ハクより強そうですらあった。あの凍てつく気配は、ただ者ではないと思う。
「まあ、ハク様のお気に入りか何かだろう。気にする必要はない」
「お前なぁ……」
こちらとしては、きちんと仕事してくれるなら確かにどうでもいいが、雇った人物の素性を知れないのは困る。
それなのに、フィズはこの調子だし、俺が調べるしかないだろう。
フィズと組んだ時からこうなるだろうなとは思っていたが、難儀なものである。
ため息をつきながら、あの少女について調べる。
オルフェス王国の情報を持ってくるのは大変だったが、しばらくすれば、おおよその情報は手に入った。
「これは……」
調べていて分かったが、ほとんど情報が見つからなかった。
ハクが学園に在籍していた時に、唐突に現れて行動を共にし始めたようだけど、詳しい情報が全然ない。
恐らく、ハクが表で色々やらかしたせいで、共にいた少女の情報が薄れているのだろう。
エルという名前くらいはわかったが、何をしてきた人物なのか、どんな職に就いているかなどは全くわからなかった。
むしろ、それよりもハクがすでに結婚しているという情報が出てきて困惑したくらいである。
まじで何なんだあの幼女。
「これは、意図的に隠されているのか、それとも……」
もし、常にハクと共に行動していたなら、逆に言えば、ハクのとんでもないやらかしに対応できていたということでもある。
もちろん、単に何もしていなくて情報がないという可能性もなくはないけど、あの気配を考えると、エルの方も何かやらかしていたのではないかと推察できる。
オルフェス王国は、一体何を隠しているんだろうか。
今のところ、ハクの言うことはよく聞くようだし、危険はないと信じたいが、少し怖いところだ。
「……いいや、全部あいつに任せよう」
元から、今回の担当はフィズがやるはずだった。それなのに、フィズだけでは心配だからと無理矢理俺がつけられたのだ。
何か失敗したら一緒に責任を負わされると思うと憂鬱だが、調べてもわからない者に警戒するのも疲れる。
少なくとも、ハクに危害を加えるとかしない限りは大人しくしていそうだったし、フィズがハクに対して、少なくとも狙って無礼を働くとも思えない。
だったら、任せてしまってもいいだろう。
そろそろ、他の国との交渉も整う。開拓地には、あいつだけ行かせればいい。
そんなことを考えながら、一応できる限りの情報は洗っておくことにした。
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