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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第二部 第二十一章:開拓村編
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幕間:町の一員として

 私は、崇拝される資格などなかった。

 昔は、エルフ達の信仰対象として、手厚く崇拝されていたことがあった。

 エルフが精霊をありがたがる理由はよくわからないけど、実際精霊が見える人も多くいたし、エルフにとって、精霊は良き相談相手として優秀だったということもあって、そういうものかと受け入れていた。

 エルフは魔力も多くて、居心地もよかったし、私は雨の精霊ということもあって、雨を降らせることに特化していた。

 雨は森を育て、その恵みはエルフを助ける。そんな関係性があったことも、私が崇拝される理由だったのかもしれない。

 しかし、ある日、どこからともなくやってきた化け物によって、私の日常は崩壊した。

 その魔物は、戦闘力が高いエルフも難なく食い殺す程に凶悪で、エルフ達は必然的に私に相談を持ち掛けてきた。

 しかし、私にその化け物をどうこうする術はない。

 私は、魔法が使えなかった。精霊であれば、大抵は使えるであろう魔法を。

 一応、雨の精霊として、多少の水を出すことくらいはできたけど、ただそれだけ。正面切って、その化け物を倒すというのは不可能だった。

 幸い、その化け物は水に弱いらしく、私が雨を降らせている間は、近寄ってくることはなかった。

 エルフ達も、真の解決とは言えないけど、それを喜んでくれたし、ひとまずはどうにかなったと思っていたのだけど。

 私の雨は、ただの雨ではない。魔力を含んだ、特別な雨だ。

 それが悪影響を及ぼしたのか、次第にエルフ達の中に、体調を崩す者が現れた。

 魔力は吸収しすぎれば害となる。私達精霊にとっては、そんなことあるのかと思うところだけど、実際体調を崩しているのだから信じるしかない。

 その規模は次第に無視できないほどとなり、化け物に関しても現状維持しかできないことから、エルフ達はある決断を下した。

 それが、町を捨てて、去ること。

 当然だろう。信仰対象である私ですらどうにもできないのだから、逃げるしかない。

 ただ、その時に、エルフ達は、私にこう告げた。


『いずれ戻ってきた時のために、この町を守り続けてほしい』


 それはすなわち、私は一緒に行けないということだ。

 それが真実の言葉でないことはわかっていた。エルフ達が、何もできない私のことを不審に思い、口論をしていたのも知っていた。

 だから、私はそれを受け入れた。

 私が一緒について行っても、エルフ達のためにならない。私の実力不足で蒔いた種なのだから、せめて尻拭いくらいは自分でしなければならないと。

 エルフ達がいなくなった町は、酷く寂しかった。

 今まで、活気に溢れていた町は、一瞬のうちに静寂の支配する廃墟と化した。

 きっと彼らは帰ってこない。けれど、私は責務を全うしなければならない。

 私は、町に結界を張った。誰かが入ってこれないように、魔物に荒らされないように。

 あの化け物が近寄らないように、雨も定期的に降らせた。

 ありえない理想を描きながら、私は静かに耐え続けた。

 そんなある日、転機が訪れた。

 私の張った結界は、人避けと不可視の結界。この結界の側に近寄っても、ただ自然が広がっているように見えるだけだし、無意識のうちに別の方向に行くはずだった。

 しかし、そいつはあろうことか、結界を打ち破り、中に入ってきたのである。

 こんなことは、今まで一度もなかった。身を固くし、そいつがどう出るのかを見定める。

 だが、そいつが町を見て回る度に、何もない建物が目に入る度に、悲しくて仕方がなかった。

 私は知らずのうちに泣いていた。警戒しなくてはならないのに、涙が止まらなかった。

 やがて、そいつは私の前に姿を現した。

 敵かもしれない奴の前で、泣き顔を晒しているのはどうかと思ったが、仕方なかったのだ。

 だが、今にして思えば、それでよかったのかもしれない。

 あの時泣いていたからこそ、精神が不安定だったからこそ、自分の感情を吐露するのに、そう抵抗はなかったから。


『まさか、本当にここまでやってくるとは思わなかったけど……』


 やってきたのは、ハクとアリアという精霊だった。

 私と違って、魔法の才に溢れていそうなことはちょっと気に障ったけど、ハクは私の言葉を聞いて、約束をしてくれた。

 私をこの町に縫い留めている元凶であるあの化け物を倒し、この町に再び活気を取り戻すと。

 エルフですら手を焼いていたあの化け物を、いくら魔法が得意な精霊と言えど倒せるのか。そんな疑問が浮かんだけど、私はその言葉を信じることにした。

 できるかどうかはわからない。けど、すでに何十年と経って、初めての来訪者である。

 ハクからは自信を感じたし、もしかしたらと思ったのだ。

 そうしたら、本当にあの化け物を倒し、町にはエルフではないけど人間達を連れてきて、賑やかにしてくれた。

 想像以上の結果に、私は呆然とするしかなかった。


『この町って、こんなに明るかったのね』


 今まで、幾度となく見てきた町。

 エルフが住んでいた頃には感じていたはずの明るさを、すっかり忘れてしまっていた。

 常に雨が降っていたのもいけなかったのかもしれない。雨が降れば、自然と日の光は届かなくなるから。

 まだ少なくはあるけど、皆が生きようと努力している姿は、私の心を大いに喜ばせた。

 でも、心配なことが一つある。それは、私が再び信仰されるようになった時、同じような結果にならないかということ。

 あの化け物は倒されたとはいえ、あの時も唐突に現れたのだ。第二第三の刺客が現れてもおかしくはない。

 その時、何もできない私を、人々は責めるのではないだろうか。

 役に立てないというのは、とても怖い。信仰されるからには、それなりの責務を負う必要がある。

 たとえ、私自身に信仰される気がなくてもね。


「えっと、精霊様、少しよろしいですかい?」


 賑やかな街並みを見ながら不安を抱えていると、不意に一人の男性がやってきた。

 確か、テルミーと言ったか。この町の人達のまとめ役のような人だと聞いている。

 私は、声掛けに応じて姿を現す。

 本来なら、精霊が軽々しく姿を現すことはよくないことらしいのだけど、この数ヶ月の間に、私はすっかり姿を現すことに慣れてしまっていた。


「ああ、出てきてくださった。先生からの言葉なんですが、一応確認しとこうかと思いまして」


『ハクから? 何を言われたの?』


「それが、精霊様のことは、信仰対象としてではなく、町の一員として扱ってほしいと」


『ッ!?』


 まさしく、今抱えている不安についてだった。

 私は、信仰こそされていたけど、その資格はなかった。もし信仰するなら、他にもっと適任の精霊がいたはずだ。

 私が選ばれたのは、ただの運。偶然その場に居合わせたのと、雨を降らせる能力が目を引いたからだ。

 しかし、常々思っていた。信仰対象として敬われるよりも、町の一員として、共に喜びを分かち合いたいと。

 ハクは、それすらも見通していたというのだろうか。あまりに的を射ている発言に、私はしばらく言葉を発することができなかった。


「いや、先生の言葉なら間違いではないんでしょうが、精霊様としてはどうなのかなと、一応確認しときやしょうと思いまして。信仰ではなく、町の一員として共に歩む、ってことで大丈夫ですかい?」


『……ええ、問題ないわ。堅苦しいのは苦手なの』


「それを聞いて安心しやした。精霊様を俺達と同等に扱っていいものかどうか、悩んでいたもので」


『……その精霊様というのもやめて。名前で呼んでほしいわ』


「おっと、こいつは失礼。では、これからよろしくお願いしますよ、エウリラさん」


 テルミーという男は、そう言ってニカッと笑う。

 今日は、今までの人生において、最も嬉しい日かもしれない。

 私は、しばらく見せていなかった笑顔を見せる。

 今日は、一段と晴れそうだった。

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