第百三十六話:設計図の製作者
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「セレフィーネ・フォン・マグニス……」
「ああ、依頼者の妹だ。類稀なる才能の持ち主で、今までにもいくつもの魔道具を開発している天才だ。今回は魔導銃と呼ばれる魔道具の新型だそうだ」
思わず名前を呟くと、ご機嫌な様子のお父さんが答えてくれた。
マグニス家と言えば、ギガントゴーレム討伐の向かう冒険者を妨害していたと思われるエルバート・フォン・マグニス伯爵と同じ家名だ。
魔道具作りで名を上げた家であり、特に魔道銃の開発に力を入れていると聞いたことがある。間違いなく、件の伯爵の家で間違いないだろう。
確か、エルバートさんは皇都の鉱山に蔓延る魔物、つまりギガントゴーレムを狩るためにわざわざ領地からやってきたはず。となると、この魔道銃はそれを倒すために作っているということだろうか。
何度か討伐に赴いたらしいが、結局討伐できなかったと聞く。恐らく、魔力溜まりにいたから手が出せなかったんだろう。その対策として作ったということなら、これは魔力溜まりを無効化する装置といったところだろうか。
「電磁結界発生装置」と銘打っているようだし、電磁波で魔力を防ぐ? みたいな発想なのかもしれない。
魔力は魔力でしか打ち消せないはずだが、この場合電磁波は雷の魔石の魔力によって作り出されるからあながち間違いではないかも? ラッパ状の銃口は広範囲にばらまくための措置なのかもしれない。
まあ、どっちにしろその討伐対象は私達が狩ってしまったわけだけど。
うーん、これ、絶対怒ってるよね? いや、でも皇帝命令だったしこちらが優先されるはずだ。わざわざ私達に依頼してきたってことは、皇帝はエルバートさんに期待していなかったってことだろうし。
自分が手柄を得たいからと言って他人を蹴落とすような真似をするのはいただけないけど、別に殺人を犯したわけではない。せいぜい、物を盗んだりしたくらいだ。いくら皇帝の依頼を妨害したとは言ってもそこまで罰せられるような内容ではない。
これが冒険者を殺してまで止めるというならさすがにギルドが黙っていないだろうけど、皇帝とギルドから厳重注意くらいで済むのではないだろうか。
皇帝直々の命だったとはいえ、ちょっと可哀そうかなとは思う。だって、もし魔石が順当に手に入っていればギガントゴーレム討伐の英雄はエルバートさんになっていたかもしれないのだ。皇帝のためにわざわざ領地から飛び出してくるような人だし、それを隣国の人間に奪われたらさぞ悔しいだろう。
謝りに行った方がいいのだろうか。成り行きとはいえ、手柄を奪ってしまったわけだし。
「依頼主はエルバートさんですか?」
「おお、よくわかったな。その通りだ。魔道具職人なら一度は依頼を受けてみたいと思う相手だな。まあ、今回は流石に無茶が過ぎたが」
魔道具作りの界隈ではマグニス家はそこそこ有名らしい。伯爵であるエルバートさんは魔力こそあまりないものの、魔道具の扱いにかけては右に出る者はおらず、今までも幾多の魔物を退けてきたという経歴がある。しかし、魔道具職人にとって本当に凄いのは妹のセレフィーネさんらしい。
20歳という若さですでに数々の魔道具を開発しており、魔道銃に至っては初期案は5歳の頃に描いたという逸話もある。類稀なる頭脳の持ち主で、その頭の中では常に新たな魔道具の設計図が浮かんでいるのだとか。
【ストレージ】の機能を持ったバッグも彼女が考えたらしい。なんか、結構凄い人なんだな。
そんな彼女の設計した魔道具を作るのは魔道具職人の憧れであり、夢でもあるらしい。今回、無理にでも引き受けたのは脅されたというのもあるが、せっかくのマグニス家からの依頼を断りたくなかったという背景もあるようだ。
「セレフィーネさんは大人しいんだが、兄の方がな……。あの性格さえなけりゃいい人なんだが」
まあ、いくら焦っていたからと言っても期限以内にできなければ店を潰すというのはやりすぎな気がする。でも、今までの行いを見ていると潰すと言いつつ評判を下げるくらいで店自体は潰さないような気がしないでもない。
変なところで優しいのか、それとも非情になりきれないチキンなのか、どっちにしてもなんだか可愛く見えてくる。
「それ、出来上がったら直に持って行くんですか?」
「ああ、そのつもりだ。もう出来上がるし、今日中に連絡を取って後日渡す感じになるだろうな」
「そうですか」
どうしよう。もし謝りに行くのだったらこれに便乗した方がよさそうだ。いやでも、ついで感覚で行ったらそれこそ失礼かな?
いや、今エルバートさんは多分皇帝が差し向けた衛兵に尋問されているだろうから面倒事は一気に済ませた方がいいか。
『アリアはどう思う?』
『正直どうでもいいけど、まあ、ハクの好きにしたらいいんじゃない?』
『そっかぁ』
今更謝られたところで名声は戻ってこないし、今更感はあるけど、まあ、やらないよりはましかな。よし、行こう。
そうと決まれば菓子折りを用意しないとね。収入は十分にあったから、貴族用のちょっとお高めの奴を買ってしまおう。確か、西の方に高そうなお店があったはず。
「すいません、その受け渡しの時、私も同行していいですか?」
「なに? いや、これだけ協力してくれた嬢ちゃんなら別に構わないが、ただ渡すだけだぞ?」
「いえ、ちょっと言いたいことがありまして」
まあ、これは私の自己満足のようなものだけど。子供じみたいたずらを仕掛ける伯爵というのを見てみたい気もするし。
「わかった。なら予定が決まったら連絡しよう」
「お願いします」
「普段はどこにいるんだ?」
「王城にいる時もありますが、今なら多分一段落したので町をぶらついていると思います」
「王城って……だからお前何もんだよ」
ただの護衛の冒険者です。護衛と言っても、大きな問題も片付いたし、これなら人員や材料の提供の話もスムーズに進むことだろう。そうなれば、後は転移陣が使えるようになるまで暇になるだけだ。
せっかく来たのだから観光を、とも思ったけど、すでに色々回っちゃってるからなぁ。まだ半分くらい残ってるのに、どうやって暇を潰したものか。
「ならザックを向かわせよう。それでいいな?」
「はい、大丈夫です」
話はまとまった。そうこうしている間に物も完成したらしく、ザック君が伝令に走っていった。
そういえば、せっかく淹れてくれたお茶飲んでなかった。もう冷めてしまってるけど、まあ、いいや、もらっておこう。
お父さんにお礼を言い、私は工房を後にする。
辺りはすでに茜色に染まっていた。ちょっと長居しすぎただろうか。まあ、魔道具作りを見学させてもらったり、時には手伝ったりしていたからそんな時間にもなるだろう。
この時間になるとあちこちで聞こえていた槌を打ち付ける音も少なくなり、鍛冶屋の代わりに飲食店の煙突から煙が出てくる。
なんかお腹すいたな。早く帰ろう。
疎らになった雑踏を抜け、王城へと戻る。すでにお姉ちゃん達も戻ってきていて、私の帰りを待っていてくれたらしい。
王子や皇帝も交えて夕食を食べ、部屋に戻る。お風呂に入りたかったけど、そう言えば服を脱げないのを忘れていた。
明日は服でも見に行こうかなと思いつつ、ベッドにうつ伏せになった。
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