第五百八十六話:エレメンタルイーター対策
「ぐ、ぅ……」
「来たかな」
しばらくして、ようやく効果が現れたようだ。
魔物は、苦し気に呻きながら、喉のあたりを抑えている。
動きもだいぶ鈍り、今なら攻撃を当てることも容易だろう。
なぜ、いきなり苦しみ始めたのか、それは、私が当てていた攻撃に秘密がある。
「もし、精霊としての性質を持っているなら、毒は相当堪えるでしょう?」
私は、水の刃の中に、闇魔法の毒を仕込んでいた。
常人でも、毒を食らえば苦しむのは当たり前だけど、それが精霊となると、その効果はさらに大きくなる。
なにせ、精霊は毒にとても敏感だ。
たとえ豊富に魔力がある場所でも、毒がある場所には決して近づかない。
まあ、軽い毒程度なら我慢できる場合もあるし、毒の精霊と言った例外もいるにはいるけど、精霊が毒を浴びれば、その侵食は通常よりも何倍も早くなる。
今回は、元が魔物ということや、分厚い毛皮によってあまり毒を通せなかった影響で時間がかかったようだけど、一度侵食してしまえば、解毒するには相応の手順を踏む必要がある。
見たところ、この魔物は魔法を使っている様子はなかったし、解毒に必要な薬草を手に入れるには時間がかかるだろう。
つまり、もう終わりだ。
「今まで、どれほどの精霊を食らってきたかは知らないけど、私も精霊の端くれとして、許すわけにはいかないよ」
見ているだけで、吐き気がするような禍々しい存在。
これだけの大きさだ、このあたり一帯の精霊が全く見当たらないのも考えると、相当な数になるだろう。
もし、エウリラさんまで食べられていたら、取り返しがつかなくなるところだったかもしれない。
私自身はこの魔物に対して特に恨みはないが、精霊としての本能が、こいつは消さなければならないと言っている。
魔物として、強くなるために努力していただけかもしれないが、相手が悪かったね。
「ぐるる……」
「どうか安らかに」
私は、圧縮した水の刃を放つ。
今まで、俊敏な動きで攻撃を避けていたが、今回は特に抵抗もせずに、そのまま受け入れた。
魔物の首が飛ぶ。あれだけ硬かった毛皮が嘘のように、あっけなく命を散らした。
恐らく、様々な精霊の効果が積み重なった結果だったのだろう。
動かなくなったのを確認し、ようやく一息つく。
エレメンタルイーターに食べられた精霊は、再び生まれ変わることができないという。
本来なら、たとえ命を散らしても、再び万物の中から生まれてくるものだけど、エレメンタルイーターは、それを阻害してしまうんだとか。
とことん精霊にとって害悪な存在だけど、こうして倒したことで、今まで食べられてきた精霊も、再び生を受けることができるだろう。
私は、静かに手を合わせ、黙とうを捧げる。
今まで犠牲になった精霊達が、無事に転生できるように。
「何とかやったね」
「うん、二人とも、ありがとう」
「緊張したけど、何とかなってよかったよ」
「お役に立てたなら何よりです」
首を刎ねたからか、魔物が纏っていた精霊の気配はなくなっていた。
もしかしたら、死体になってもなお精霊を蝕む呪いのアイテムと化すかと思っていたけど、そんなことはなさそうである。
一応、持って帰ろうか。討伐した証は必要になるし。
私は、【ストレージ】に死体を入れて、周囲を確認する。
結構な時間戦っていたこともあって、辺りは少し明るくなり始めている。
テルミーさんには大丈夫と言ってきたけど、流石にこれだけ遅くなったら、怒られてしまうだろうか。
まあ、目的は達成できたので後悔はないが、ちょっと不安だね。
「それじゃ、帰ろうか」
一応、あちこちに仕掛けた罠を取り除いた後、町へと帰る。
帰った頃には、早朝と呼べる時間帯だったが、意外にも、町の人達は出迎えに出てきてくれた。
特に、テルミーさんは真っ先に飛び出してきて、私の無事を喜んでくれた。
もしかして、ずっと待っていてくれたんだろうか?
「下準備だって言うからすぐに戻るかと思ったら、全然戻らねぇから心配してたんだ。大丈夫だったか?」
「はい、この通り無事ですよ。例の魔物も、ちゃんと倒してきました」
「倒した、って……そのまま戦ってきたってのか? なんて無茶を……」
テルミーさんとしては、下準備というからには、本格的な戦いは朝になってからだと思っていたらしい。
しかし、いつまで経っても戻らないものだから、何かあったんじゃないかとかなり心配していたようだ。
ただでさえ、夕方になれば魔物は活発になるし、その上であの魔物に遭遇したとなったら、ひとたまりもない。
まあ、実際には横やりは入らなかったわけだけど、テルミーさんとしては、助けに行くべきか否か、最後まで悩んでいたようだった。
みんな起きていたのも、その話し合いをしていたかららしい。
まさか、そんなに心配してくれているとは思わなかった。
「この通り、魔物は倒されました。これで、最大の脅威は取り除かれたと言っていいでしょう」
「おお、これが例の魔物か。かなりでかいな……」
【ストレージ】から死体を取り出すと、みんなその大きさに驚いていた。
確かに、クマの魔物はデカいのが多いけど、ここまでの大きさはなかなかいない。
それに、クマとは思えないほどの素早さを持っていたし、それを加味したら、Sランクは余裕で行くだろう。
どんな戦いだったのかを聞きたいというから、話していたら、みんなよく倒したものだと感心していた。
「何はともあれ、倒してくれたことに感謝しなきゃな。先生、本当にありがとう」
「いえ、これも開拓の一環ですから」
「だとしてもだ。俺達じゃ、こんな化け物は倒せなかっただろう。もしかしたら、知らずに開拓して食われていたかもしれねぇ。そう言う意味でも、礼は言うべきだろうよ」
「では、ありがたく受け取っておきます」
「せっかくだし、宴でも開きたいところだが、今は食料も足らねぇ。国に報告して、報酬を出してもらうように交渉するから、それで勘弁してくれや」
「楽しみにしておきますね」
人々の温かい感謝を受けながら、その足で教会へと向かう。
エウリラさんにも、このことは報告しなければならないからね。
教会の一番奥。いつものように、硬い石に閉ざされた場所で、エウリラさんは待っていた。
『帰ってきたのね。その様子だと、本当に倒しちゃったの?』
「はい。何とか倒せましたよ」
『凄い……信じているとは言ったけど、正直勝てるとは思ってなかったわ』
エウリラさんも、例の魔物が倒されたことで、かなり安堵している様子だった。
エウリラさんは、かつてこの町に住んでいたエルフ達から、この町を守るように言われて取り残された。
それが、ふがいない自分への罰と思いながら、それでもその使命を果たそうと、結界を張り、雨を降らせ、ずっとこの町を守っていた。
エルフ達をこの町から追いやった元凶がいなくなったことにより、エウリラさんも、一つ枷が外れたのだろう。
これからは、あの魔物に怯えなくてもいい。そして、今度こそ、置いてけぼりにされない関係を築けるはずである。
エルフではなく人間だけど、交流には支障はない。
今後は、新しくなった町と共に、この地を守っていくことになるだろう。
どうにか約束を守れてよかったと安堵しつつ、ふっと息をついた。
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