第五百八十四話:エレメンタルイーター
その後、お母さんにも、必ず滅しなさいと言われ、覚悟を新たにする。
本来、エレメンタルイーターに精霊は手出しできない。
一度精霊を食らったエレメンタルイーターは、精霊としての力を身に着け、精霊でも手が付けられないくらい強力なものとなる。
下手をすれば食われてしまい、余計に力をつけさせる以上、下手に近寄るわけにはいかないのだ。
そういう時は、竜の力を頼り、倒してもらうのが普通のようだけど、今回は私が当事者だから、私が対処することになる。
私は精霊ではあるけど、竜でもある。少なくとも、他の精霊よりは対処がしやすい部類だし、何より、私自身があれを許せない気持ちがある。
お母さんに、必ずやと伝えて、町に戻ってきた。
さて、今すぐにでも探しに行きたいところだが、まずはしっかりと作戦を立てなければならない。
どうすれば確実に奴を倒すことができるのか。
「まず、ほぼ確実に遭遇戦になるのが辛いところだよね」
姿を消せる性質上、どこかに待ち伏せてというのは難しい。
仮に予想が当たって、待ち伏せが成功したとしても、相手はこちらの気配を察し、先手を仕掛けることができる。
待ち伏せしたのにそれでは何の意味もない。
ほぼ確実に不意打ちされる以上、人数を用意するのは悪手だ。
仮に、今の冒険者候補達を育て上げて、使い物になるようにしたとしても、見えない相手に立ち向かう時点で、早々に何人か間引かれてしまうだろう。
それに、仮に初撃を回避できたとしてもあの素早さだ。対処できない人が大半だと思う。
となると、実力的にやはり私一人、あるいはエルとアリアを合わせて三人で挑むのが妥当だと思う。
「うまく初撃を回避して、そうしたら次は隠密を解除させる必要がある」
不意打ちを回避できたら、次は戦闘になるけど、見えない相手に真正面から戦いを挑んでは不利過ぎる。
一応、目に身体強化魔法をかければ、もしかしたら見極められるかもしれないけど、隠密がない方がいいに越したことはない。
恐らくだけど、水に弱いというのは本当だろう。だからこそ、あの範囲魔法で隠密が剥がれたんだと思う。
となると、しょっぱなから範囲魔法で巻き込んで隠密を剝がさせれば、だいぶ戦いやすくなる。
その後は、純粋な実力勝負だ。耐性は高そうだけど、全く効かないというのはないと思うし、何とかなるはず。
「お母さんは、取り込んだ精霊の力が関係していると言っていたけど……」
あの魔物の力の源は、今まで取り込んできた精霊の力による部分が大きい。
だから、あの隠密も、恐らくは精霊の特性によるものだろう。
あの体自体も、精霊としての特性を得ているはず。となれば、まだ勝機はある。
「……うん、なんとなくプランは固まったかな」
みんなにも力を貸してもらう必要はありそうだけど、たぶん行けるはず。
私は、エルとアリアを集めて、さっそく作戦の説明に入った。
二人とも、同じようなことは思っていたのか、やっぱりそれがいいかと納得していた様子である。
特に、エルはエレメンタルイーターのことも少し知っているようで、精霊の友として、絶対に滅しなければならないと意気込んでいた。
実行は早い方がいい。さっそく準備に取り掛かるとしよう。
「あれ、先生、どこへ行くんですか?」
「ちょっと、奴を倒す下準備をしようと思いまして」
「い、今から行くんですかい? もう夜ですぜ?」
「だからこそですよ。私の予想が正しければ、今の時間がちょうどいいはず」
「は、はぁ……そこまで言うなら止めないが、無茶だけはするなよ? 先生がいなくなったら、俺の胸が張り裂けちまう」
「大丈夫です、ちゃんと戻ってきますよ」
すでに日は落ち、森は薄暗くなっている。
町を出ようとしたらテルミーさんに見つかってしまったが、大丈夫だと言って外に出た。
確かに、夜の森は危険だ。基本的に、魔物は夜に活発に活動する者が多く、それと単純に視界も悪いから、接近に気が付きにくい。
常人なら、こんな時間に森に入るなんて自殺行為でしかないが、今はこの時間こそがちょうどいいと考える。
多くの魔物がそうなように、恐らくはあの魔物も主な活動時間は夕方以降のはずだ。
私が昼間にいくら縄張りを調べても遭遇しなかったし、逆に夕方頃になるとアリアが何かを感じたり、実際に襲われたりといったことがあった。
縄張りの巡回でたまたま、という可能性もあるが、隠密が剥がれてからすぐに逃げ出したところを見ると、あの魔物は、隠密を常に纏っているのが普通だと思っているんだと思う。
つまり、隠密がない状態は不利だと考えている。
ステルス迷彩があるとは言っても、昼間と夜とじゃ、夜の方が見つかりにくいのは当然のことだろう。であるなら、積極的に動く時間も、夜の可能性が高いというわけだ。
だからこそ、あえて相手の得意な時間に出向いてやることで、遭遇率を上げるのである。
「……よし、この辺りでいいでしょう」
時間も時間だけあって、そこまで遠くには来れなかったが、縄張りと思われる岩場の近くまで来た。
ここまで来るかどうかは多少運も絡むけど、そう低い確率ではないと思う。
あの時の目、私に対して憎しみを抱いているような目だった。
恐らく、私が精霊だから、いつも食らっているのに反撃されたと腹を立てていたんだと思う。
であるなら、何としても食らってやろうと、近くを巡回するはず。遭遇する可能性は高いはずだ。
私は、待機場所を見定めると、さっそく準備を始める。
奴は隠密状態で奇襲することに特化している。だから、もし隠密を剥がしてしまったら、すぐに逃げてしまうだろう。
そうさせないためには、絶対に逃げられない場所を作る必要がある。
その一つが、落とし穴の罠だ。
あの図体なら、軽い落とし穴でも簡単に落ちるだろう。
もちろん、あの素早さだ。もしかしたら、跳躍力もあるかもしれないし、簡単には引っかからないかもしれない。
でも、そう言う罠があると認識させるだけでも警戒させて動きを鈍くすることができるし、もし引っかかってくれれば、一石二鳥だ。
土魔法で穴を掘り、罠を仕掛けて土をかぶせる。
これを複数作り、念のため、引っかかりやすいように細工もしておく。
圧倒的な素早さによって逃げるなら、逃げ出せないように壁を作ってやればいい。
少なくとも、奴の攻撃は私の結界を突破できないようだった。であるなら、結界で移動ルートを限定してやれば、逃げるのが難しくなるはずである。
「アリア、少し危険な役を任せることになるけど、大丈夫?」
「大丈夫。私だって、役に立てるんだから」
罠への誘導役は、アリアだ。
奴は精霊を食らうことで力を身に着けている。しかし、今やこの辺りには精霊の姿などない。
であるなら、精霊であるアリアは、格好の獲物のはず。
まあ、恨みから私を優先することもあるかもしれないが、いずれにしても狙いが絞れるなら、罠への誘導もできるはずだ。
これで下準備は完了。後は、奴が来るのを待つだけだ。
待機場所で、息を殺して待つ。
精霊の敵、必ずや、倒して見せよう。
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