第五百八十三話:精霊を食らう者
ひとまず、報告しなければと思い、いったん帰還することにした。
町に戻ると、すでに落ち着いたのか、人々は教会から出て思い思いに過ごしている。
私が帰ったのを認めると、テルミーさんがさっそくやってきた。
「先生、お帰り……って、どうしたんですかその格好!?」
「え?」
テルミーさんは、凄く慌てた様子で、私をすぐに医務室へと連れて行った。
全然気が付かなかったけど、私の服、ところどころが結構派手に破けてしまっていた。
恐らく、攻撃を避けた際に掠ったからだろう。
あの時は必死で気が付かなかったけど、きちんとダメージは入っていたのかもしれない。
と言っても、怪我は負ってないけどね。あってもせいぜい掠り傷程度だ。
「先生がそこまで追い込まれるなんて、一体何があったんですか?」
「えっと、それがですね……」
心配するテルミーさんを宥めながら、ひとまず先程あった出来事を伝える。
なぜか精霊の気配がする巨大なクマの化け物。攻撃力、俊敏さ共に群を抜いていて、もし私でなければ、軽く数人くらい食われていたかもしれない。
テルミーさんを始め、一緒に聞いていた医療班の人達も、そんな化け物がいるのかと戦々恐々としていた。
今までは、私という絶対の戦力があったから、最低でもCランク級の魔物がはびこる場所でも平然としていられたけど、そんな私でも苦戦するような相手が出てきたということで、恐怖を感じたのかもしれない。
私ではなく、他のAランク冒険者とかが対処していたらどうなっていたかはわからないけど、見えないし、結構苦戦していたのは間違いないだろうね。
下手したら、不意打ちで一人持って行かれるって可能性もあったわけだし、まだ私が対処できてよかった。
「その魔物は、あっちの方角に逃げて行ったってことですかい?」
「はい。ただ、縄張りは結構広そうなので戻ってくる可能性もあるかもしれません」
「となると、無視するわけにもいかないか……」
それだけ強い魔物なら、できれば関わりたくないというのが本音だろう。テルミーさんは、どうにか迂回する方法を考えたようだが、確実に安全な方法はない。
これから、この森を開拓しようとなれば、必ず障害となるだろう。
いっそのこと、ここを開拓するのを諦めた方がいいまである。
このことは国にも報告を上げるつもりではあるけど、どうなることかね。
「先生、勝算はありますか?」
「うーん、姿さえ見えればどうにかなりそうではありますが……」
あの時は、周辺一帯を水魔法で吹き飛ばし、強引に攻撃に巻き込んだ。
そのせいかはわからないが、隠密は解け、その姿を垣間見ることができた。
もし、水魔法を当てることで隠密を解除できるなら、まだ勝算はある。
ただ、一応は上級魔法である範囲魔法で巻き込んだにもかかわらず、大してダメージを受けていなさそうだったのは気になる。
耐性が高いのか、それとも当たり所が良かったのか、いずれにしても、ただ隠密を暴いて攻撃するだけでは勝てないかもしれない。
もう少し、相手の性質を理解したいところだね。
「情けない話だが、今は先生だけが頼りだ。無理なら無理と早めに言ってくれ、そうすれば、国に報告して開拓を諦めることもできる」
「でも、そうなったらテルミーさん達は困るんじゃないですか?」
「そりゃ、ここに住めなくなるのは大変だが、命あっての物種だ。先生のような子供をみすみす死にに行かせるくらいなら、新たに再起を図った方がましだ」
テルミーさんも、見た目が子供な私のことは気にかけてくれていたらしい。
まあ、強さ的には問題がなくても、見た目が子供なことに変わりはないからね。
強さは信用していても、倫理的に前線に出すべきではないと思っているのだろう。
今まで狩りに行かせまくっていてなにを、と思わなくもないが、あれは私なら絶対に大丈夫だという自信があったからだ。
今は、私ですら苦戦するようなのが相手である、だからこその、撤退案だ。
まあ、私としても、あいつと戦わずに済むならそれに越したことはないけど、流石に、私のためにみんなが困るのは見ていられない。
それに、個人的に、あいつは消しておきたいというのもある。
アリアも感じていたようだけど、あれはここに存在してはいけないものだ。なぜかはわからないけど、そんな気がする。
だから、ここで退く選択肢はない。
「心遣い感謝しますが、私は逃げませんよ。必ず、あいつを倒して見せます」
「本当に大丈夫なのか? 俺達のために、無理しちゃいないか?」
「大丈夫ですよ。私は勝てない勝負はしない方なので」
さて、とりあえず、あいつのことについてもう少し調べてみたい。
差し当たっては、お母さんに相談かな。
仮に、クマの精霊がいたとして、あんなふうになる可能性はあるのか、聞いておきたい。
私は、テルミーさんにちょっと調べ物があると言って部屋を出ると、さっそく転移する。
お母さんが住まう神秘の森。いつものように、多くの精霊に囲まれながら、お母さんは私を出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日は私に用なのね?」
「うん。さっそくで悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあって……」
私は、さっそく例の魔物について話す。
精霊の気配がする魔物。本来であればありえないことに、お母さんも少し考え込んでいたようだけど、その場所を聞いて、何かに気が付いたらしく、苦しげに表情を歪めていた。
「……恐らく、その魔物は、精霊を食らっていたんでしょう」
「精霊を?」
「ええ。精霊が見える魔物なんてそうそういないけれど、一部の魔物は見ることができる個体もいる。大抵の場合は、友好的な関係を築くんだけど、ごく稀に、精霊を食らって力をつけようとする魔物もいるの」
魔物は、魔石を食らうことによって力をつけるが、精霊は、全身が魔力でできている魔力生命体であり、言うなれば、巨大な魔石と言い換えることもできる。
もちろん、実際はそんな単純な話ではないんだけど、食らうことで強力な力を身に着けるという意味では、間違いではない。
精霊を食らった魔物は、独自の力を身に着け、進化していく。
そうして進化した魔物を、精霊達はこう呼んでいるそうだ。
「エレメンタルイーター、と」
「それが、あの魔物の正体……」
言われてみれば、あの土地には精霊が全くいなかった。
あれだけ住みやすい場所があるのに、エウリラさん以外全く見かけなかったのは、エレメンタルイーターに食われていたからだと推察できる。
アリアが感じた嫌悪感は、そんなエレメンタルイーターに対するものだろう。
精霊を食らう者を、精霊は忌避する。見た目にはわからなくても、精霊には感じるものがあったのかもしれない。
私が感じたのは、恐らく精霊を食らう者を決して許していけないという、精霊としての本能なのかもしれないね。
これは、ますます討伐しなくてはならなくなった。
私は、ぎゅっと拳を握り締めると、あの魔物のことを思い返した。