第五百八十一話:信仰と縄張り
エウリラさんはすぐに了承してくれた。
元々、エルフに信仰されていた頃から、何度か姿は見せたことがあるらしく、精霊の目を持っていなくても、その姿は親しまれていたらしい。
特に、エウリラさんを覆う石は、精霊の目を持っていなくても見ることができたらしく、姿を現していない時でも、その石に向かって祈りを捧げられたことが多々あったので、姿を見られることには慣れているのだとか。
なんか、精霊は人に姿を見られるのを嫌がると思っていたんだけど、そう言うわけでもないのかな。
私の周りにも、何人もの精霊がいるようだけど、みんな姿を現さないし。
……あれ、そう言えば精霊がいないな。探知魔法に反応がない。
この町に来た時も思ったけど、これだけ精霊が住みやすい環境が揃っているのに、エウリラさん以外は一人も見当たらないのはちょっとおかしいよね。
いくら結界があるとは言っても、町以外にはいてもおかしくないのに、ぜんぜん反応がない。
ただの偶然だろうか。精霊が来れない理由でもあるのかな?
「許可が取れましたよ。教会に集まってください」
「あいよ。おし、皆行くぞ」
とりあえず、許可も取れたのでみんなに集まってもらう。
ぞろぞろと教会に足を踏み入れた人々は、奥にある宙に浮かぶ石を目にして、感嘆の声を上げる。
まだ姿を見せていないのに、すっかりありがたがられているね。
大体集まった後、エウリラさんは姿を見せる。
石の中に現れた羽の生えた人物に、人々は歓声を上げた。
中には、祈りを捧げる人までいて、すっかり守り神的存在になっているようだ。
まあ、元々この町を守っていたのはエウリラさんだし、守り神というのも間違いではないんだけどね。
それにしても、エウリラさんって、ずっと石の中にいるけど、外には出られないんだろうか?
あれでは移動もできないと思うんだけど。
『これは、私を守る鎧のようなもの。この町の守りを任された時から、何もしなくても守れるように、ずっと閉じこもっていたの』
「なるほど。確かに、触れようとしたらものすごい勢いで弾かれましたね」
『最初に発見されたのがこの姿だったから、この姿の方が人は見慣れているしね。特に用事がなければ、このままいるつもりよ』
「わかりました。特に問題がないなら、言うことはないです」
結界を重ね掛けしている上に、自分を守る鎧まで張っているとは、なかなか用心深い性格である。
いやまあ、あの石に関してはエルフがいた頃からの名残もあるみたいだけどね。
あの姿の方が、なんだか神秘的な気もするし、人々の信仰対象としては、あの姿の方が都合がいいのかもしれない。
私は、精霊の降臨に沸く人々を眺めながら、次なる一手を考える。
このあたり一帯は、粗方探索し終えたはず。
もちろん、時間を置けば場所も移動するだろうから、もう一度探索する意味はあるかもしれないけど、痕跡は見つかっているのに、姿が全く見えないのが気にかかる。
あれから、アリアもあの場所にはあんまり行きたがらないし、なんか不気味な感じだよね。
「アリア、怖いなら待っていてもいいんだよ?」
「い、いや、私はハクの精霊だもの、できれば離れたくない。それに、いざって時は、ハクが守ってくれるって信じてるから」
「そりゃ守るつもりではあるけど、無理しないでね?」
恐らくだけど、アリアが何か感じているなら、そこに何かがある可能性は高い。
それが件の魔物なのか、それとも別の何かなのかは置いておいて、何か手掛かりがあるかもしれないなら、重点的に捜索すべきだろう。
怖がっているアリアを連れて行くのは少し気が引けるが、本人が離れたがらないし、私もアリアがいてくれた方が安心できる。
いざって時に、一人だけだと詰む状況もあるだろうしね。
まあ、その時はエルを連れて行けばいいだけかもしれないけど。
「まあ、いいや。テルミーさん、今日も探索行ってきますね」
「おう、気をつけてな」
後のことをテルミーさんに任せ、さっそく探索に出かける。
今回行くのは、以前に行った、雨のエリアから少し外れた場所にある岩場である。
あそこは、比較的新しい爪痕が残されていたし、つい最近何かが通ったのは間違いない。
あれほどの大きさだし、件の魔物である可能性は高いだろう。
まあ、そう思いながら探索して、結局見つけられていないからあれだが。
アリアが反応していたのもそこだし、できればその原因を見つけ出したいところ。
「やっぱりというか、気配はないね」
一応、探知魔法も見ているけど、全然反応がない。
本当は、あんまり敵のテリトリー内で長居するのは嫌なんだけど、こうも姿が見えないとなると、一か八かやって見るのも悪くないだろう。
私は、岩場から少し離れた場所に待機して、様子を見る。
今日一日見張って見て、現れるならそれでいいけど、果たして。
「……」
時間は過ぎ、夕方頃。
ほぼ半日以上待って見たが、やはり現れる様子はない。
隠密が得意なのかと思って、目視でもしっかり確認しているけど、それでも見つからない。
この場所はすでに放棄された縄張りなのか? 寝床ではなさそうだし、わざわざ来る場所ではないのかもしれない。
とりあえず、そろそろ帰らないと暗くなってきそうなので、一度撤収するとしよう。
そう思って、座っていた場所から立ち上がる。と、その時だった。
「ッ!?」
唐突に感じた殺気に、私は思わずその場から飛び退いた。
その瞬間、先ほどまで座っていた大木が粉々に崩れ去る。
明らかな敵襲に、私は即座にその場を確認したが、どういうわけか、その場には何もいない。
探知魔法で確認してみても、何も反応がない。
一体どういうことだ?
「ハク、何かいる!」
「反応ないけど、そうみたいだね……」
アリアが相当警戒しながら先を見ている。
とっさに見ただけでは何もいないと思ったが、何かいるのは間違いないようだ。
というのも、その周辺の景色が若干ブレている。恐らく、周りの景色と同化しているんだろう。
カメレオンか何かか? とにかく、相当ステルス能力に長けた奴のようだ。
「とにかく、撤退を……」
「危ない!」
「くっ!」
流石に、こんな何も見えない奴相手に遭遇戦は分が悪いと思って、撤退しようとするけど、気が付かないうちに攻撃されていたらしく、私の横を何かが通り過ぎ、先にあった木をなぎ倒していた。
アリアが警告してくれなかったら、腹をぶち抜かれていたことだろう。危なかった。
しかし、このままでは撤退もままならない。何とか隙を作らないと。
「こいつが、例の魔物なのか……?」
先程の攻撃。木の断面を見る限り、相当強い力でなぎ倒されたのがわかる。
恐らくは、鋭い爪のようなもので攻撃されたんだろう。
姿こそ見えないけど、その特徴は、エウリラさんが言っていたものと合致する。
しかし、エルフ達はちゃんと見えていたようだけど、なんでこんなことになっているんだろうか。
長い時を経て、進化した? もしそうだとしたら、なんて厄介な能力を身に着けてくれたんだと思うが……。
探知魔法も意味がない以上、頼れるのは今まで培っていた感覚しかない。
私は、ふぅと息を吐くと、神経を集中させる。
とにかく、相手の姿を暴き、隙を作らなくては。