第五百八十話:痕跡の爪痕
しばらく進んでいくと、ちょっとした岩場に辿り着いた。
また地震か何かで地層がずれたのかと思ったけど、どうやらそう言うわけでもないらしい。
明らかに、何かが掘って、この場所を作り上げたって感じだからね。
モグラのような魔物でもいるんだろうか。確かに、そう言う魔物もいないことはないけども。
「これ、あの時見たのと同じ……」
そう思いながら辺りを調べていると、岩場の一つに、大きな爪痕が残されていることに気が付いた。
確か、旧拠点の近くの岩場にも似たような爪痕があった気がする。
爪とぎでもしていたんだろうかと思うけど、木でやるならともかく、岩でやるのは相当硬い爪を持ってるってことだ。
件の魔物の仕業だろうか。これだけ大きいとなると、本体も相当でかそうだけど。
「なんか、嫌な感じがするなぁ……」
「嫌な感じ?」
「なにかはよくわからないんだけど、何かとっても嫌な感じ」
アリアは、まるで寒さに震えるように、両手で体を抱え込む。
嫌な感じ、ねぇ。抽象的な表現だけど、私にはよくわからない。
いやまあ、こんだけでかい魔物だと考えたら、ちょっと相手したくないなとは思うけど、生理的な嫌悪感のようなものは感じない。
アリアが精霊だからこそわかる何かがあるんだろうか。私も一応精霊とはいえ、人間に近いところはあるし、感じられなくてもおかしくはない。
「ここに爪痕が残されてるってことは、この辺りは縄張りなのかな」
「多分ね」
念のため、探知魔法は常に確認しているけど、それらしい気配は感じられない。
ここで待ち構えていれば、いずれやってきそうな雰囲気はあるけど、まだ姿も確認できていない段階で、相手のテリトリーで見張るべきではないだろう。
まずは姿を確認し、どういう手が有効かを見極める必要がある。
一番いいのは、お試しで撃った魔法ですぐに倒せることだけどね。水に弱いというのはわかっているんだし、水魔法なら効果的だろう。
念のため、少し離れた場所でちょっとだけ様子を窺ってみたけど、現れる様子もないので、探した方が早そうだ。
「でも、この辺りを縄張りにしているのは間違いなさそう?」
それから、あちこち調べてみたけど、同じような爪痕が残された岩場がいくつか発見できた。
爪痕のつき方を見るに、そこそこ新しいものであることもわかる。間違いなく、この近くにいるだろう。
それだけ縄張りに入っているなら、探知魔法に反応してもおかしくないんだけど、全然反応しないんだよな。
いや、まったく反応がないわけではないけど、魔力量的に、恐らくは普通の魔物だと思う。
また別のエリアに移動しているのか、それともどこか洞窟の中にでもいるのか。
いずれにしても、ここまで姿が見えないとなると、逆に不気味さを感じるね。
「……今日も遅くなっちゃったし、そろそろ帰ろうか」
結局、今日も発見することはできなかった。
すぐに見つかるとは思っていないけど、痕跡はあるのに見つからないというのはなんだかもやもやする。
「ッ!?」
「アリア、どうかした?」
「い、いや、なんか、寒気が……」
明日こそは見つけられたらいいなと思いつつ、帰路につく途中、アリアがびくりと体を震わせていた。
確かに、雨に慣れていたから、あまり感じなかったけど、この辺りは寒い。
雨に濡れた草木を通り抜けた風が、この辺りにも流れ込んできているのだろう。
普通の人間なら、多少の寒気を感じるはず。
でも、アリアが感じるのは珍しいな? いつも、全然気にしていない風なのに。
「は、早く帰ろう。ここは嫌な予感がするよ」
「? うん」
アリアに促されて、先を急ぐことにする。
一体何なのかはよくわからないけど、この辺りに何かあるんだろうか?
私は、わずかな疑問を抱えながら、町へと戻るのだった。
それからしばらく。定期的に探す方角を変えながら、あちこち調べてみたけど、それらしい反応は見つからなかった。
痕跡を見るに、間違いなく近くにはいるはずなのだが、本体が全く見つからない。
これは一体どうしたことだろうか?
考えられる可能性は、すでに遠くのエリアに行ってしまっているパターン。
痕跡が新しく見えたのは私の勘違いで、実際にはもうこの近くにはいない、とか。
あるいは、隠密がとても得意な可能性もあるだろうか。
私の捜索は、探知魔法に大部分を頼っているので、それをすり抜けるほどとなると、一気に発見率が下がる。
一応、この探知魔法は、改良を重ねて、闇魔法の隠密魔法ですら見通す程の精度を誇っているけど、それすらもすり抜けるとなると、相当厄介である。
できればこの線は考えたくないけど、その可能性も視野に入れておかなければならないだろう。
すでにこの近くにいないというのであれば、それでもいいのだけど、不安材料は残る。しかし、わざわざ遠くのエリアまで行って探すのも違うだろうし、可能性に怯えながら暮らすしかないのだろうか。
一応、まだ探す気はあるけど、ちょっと不安になってきた。
「先生、ここにいたか」
「テルミーさん、どうかしましたか?」
「いや、前にこの町には精霊が住んでるって話をしてただろ? それに、そのうち会わせてくれるとも。これだけの町を守ってきた精霊とはどんな奴なのかって、何人かが興味を持っちまって、夜も眠れないそうだ。そろそろ会わせちゃくれないか?」
「ああ、そう言えばそんな話もしましたね」
この町に精霊が住んでいるということは何度か伝える機会があった。
しかし、人間には精霊の姿は見えない。精霊が意図して姿を現さない限り、見ることはできないのだ。
だから、会うためにはエウリラさんに頼む必要がある。ちゃんと会ってくれるだろうか?
「わかりました、ちょっと頼んでみます」
「よろしく頼んます」
私にとって、精霊なんてありふれたものだけど、普通の人間にとってはそうじゃない。
おとぎ話の中に出てくるような存在であり、知っているのはごく一部の人達だけだ。
ここの人達は、私が話したからその存在を信じているけど、普通はそんなものいないだろと一蹴するのが常だと思う。
そう考えると、だいぶ私の発言力が強いんだなと思った。こんな小娘の姿なのに、よく信じてくれるものだ。
「そりゃ、先生には実績がありますからね。ここにいる奴で、先生のことを信じない奴はいないでしょうよ」
「そんな大したことしたつもりはないんですが」
「だとしたら、先生は鈍感なのかもしれませんね」
そう言って、からからと笑うテルミーさん。
実績と言っても、せいぜい旧拠点に近づく魔物を狩ったりしたくらいな気がするんだけどなぁ。
後は一応、冒険者の心得的なものを教えてはいたけど、あんなの冒険者なら誰だってできるようなことだし、そこまで尊敬されるようなことでもない気がする。
なんだかよくわからないけど、まあ、信用してくれる分には嬉しいからいいか。
なんだか、エルとアリアの視線が生易しいのが気になるけど、エウリラさんの下に向かうのだった。
誤字報告ありがとうございます。