第五百七十六話:町の再利用
『……あなた、本気? 殺されちゃうよ?』
「覚悟の上です。どのみち、この森を開拓するには、その魔物は障害になりますからね」
私は、改めて森を開拓している旨を伝える。
この町から今の拠点までは結構離れてはいるけど、どのみち隣国との道を繋げるためには、森を突っ切る必要がある。
そうなれば、どこかのタイミングでその魔物と鉢合わせになる可能性は十分あるし、安全を確保する意味でも、その魔物を倒す必要はあるだろう。
というか、この町を使うという手もあるのかな?
元々はエルフ達が使っていたという町らしいけど、エルフが使っていたにしては、建物の様式が新しい気もする。
ローゼリア森国は別だけど、森の中で暮らすエルフ達は、基本的に木だけで家を建てるらしい。
しかし、ここにある家々は、壁は恐らくレンガである。
まあ、この辺りには粘土質の土がたくさんありそうだし、粘土が取れるなら、レンガを使ってもおかしくはないけど、そのせいもあって、かなり時間が経っているにも拘らず、未だに朽ちていない建物も多い。
ちょっと修繕すれば、また住むこともできるだろう。
一から町を作るよりは、ここを再利用した方が簡単じゃないだろうか?
『……この町に住んでくれる分には構わないけど、本当に魔物を倒せるの? エルフの精鋭が数十人がかりでも倒せなかったのに』
エウリラさんとしては、この町を再利用する案は特に問題はないようだ。
むしろ、以前のように賑わってくれるなら、自分もその仲間に入りたいらしい。
ただ、やはりネックなのは、魔物の存在のようである。
果たして、どんな魔物なんだろうか?
『……本気みたいだね。そこまで言うなら、私もあなたを信じてみる』
そう言って、エウリラさんは魔物について話してくれた。
と言っても、エウリラさん自身、魔物を直接見たことはないらしい。
基本的に、この町から離れることはなく、外のことは、外出したエルフ達の話を聞くくらいでしかわからなかったようだ。
そんなエルフ達の話からすると、相手は二足歩行の化け物だったらしい。
見上げるほどに巨大で、手には鋭い爪を持ち、恐ろしい瞬発力で襲い掛かってくるようだ。
魔法に対して耐性があるのか、エルフ達の攻撃はほとんどが弾かれ、また毛皮が厚いのか、物理的な攻撃もあまり通っていなかったとのこと。
話を繋ぎ合わせる限り、クマみたいな化け物ってことなのかな?
『どこにいるかはわからないけど、この周辺にいるのは確かだと思う。雨が降っている間は、出てこないとは思うけど……』
「なら、探すには雨を止ませてもらわないといけないですね……」
雨によって退けられているのはいいけれど、倒すんだったらむしろそれは足枷になる。
まあ、雨だからと言って必ずしも引っ込んでいるわけではない気もするけど、止んでいるに越したことはない。
雨を降らせているのはエウリラさんとのことだけど、止ませてもらうことはできるだろうか?
『……少しの間なら、できると思う。けど、私も、ふと思い出すと、気が付いたら泣いているから、長くは持たないかもしれない』
「やっぱり、去っていった人達のことが気になるんですか?」
『それはそうだよ。私にとって、みんなは家族みたいなものだった。それが、私のせいで争って、私のせいで出て行った。こんな悲しいこと他にある?』
エウリラさんとしては、みんなが出て行ったのは、自分のせいだと感じているらしい。
でも、エウリラさんは何も悪くないような?
エルフ達に頼まれて、魔物を退けただけなのに、なんでそれで責められなければならないのか。
魔法が得意ではないとは言っても、精霊にも色々あるだろうし、明らかにできないことを期待して、それが叶えられなかったら逆上するって、どう考えても悪いのはあちらである。
でも、エウリラさんにとっては、そう言うことではないのかな。
ただ単に、自分がふがいなかったから、みんながいなくなった。この事実だけを受け止めて、自分のせいだと感じているのかもしれない。
だとしたら、私からそれは違うよと言ってもあまり意味はないか。
「……それなら、また人が戻ってきたら、どうですか?」
『え……?』
「以前のように、またこの町が活気に溢れたら、悲しみを乗り越えられますか?」
先程、エウリラさんは、この町を再利用する分には問題ないと肯定的だった。
恐らくだけど、エウリラさんが悲しんでいるのは、家族がいなくなったからではなく、独りぼっちになったからだと思う。
ならば、また街に活気が戻り、一人でなくなったなら、多少は改善される気がする。
もちろん、エルフと人間という違いはあるけれど、エルフ達はもう戻ってこないだろうし、悲しみを埋められるとしたら、代替品に頼るしかない。
エウリラさんは、それでも満足できるだろうか?
『……わからない。けど、人がいない町を見るのは、寂しい。人が来てくれるなら、私も嬉しい』
「では、それも目的に付け加えましょう。この町に、以前のような賑わいを取り戻す。これで、安心できませんか?」
『……絶対無理だと言いたいけど、あなたなら、本当にやれるかもしれないね』
エウリラさんは、両手で涙を拭うと、まっすぐこちらを見つめてくる。
どうやら、任せてくれるようだ。
そうと決まれば、この町の確認から始めよう。
修繕にかかる材料や、収容人数、それに、ここまで来るための道も繋げなくてはならない。
結構森を進んだ先にあるから、いきなり道を繋げるのは大変そうだけど、ここまで来てしまえば、結界もあるし、比較的安全だ。
これは忙しくなるぞと、少し気合を入れる。
さて、うまく行けばいいのだけど。
そうして、二日ほど、町を見て回った。
町の規模としてはそれなりに大きく、王都には及ばないけど、結構大規模な町という印象だ。
結界があったおかげか、魔物が近寄ることもあまりなかったようで、建物などの痛みは年月による風化くらい。
まあ、木の上に建っているものとかは、耐震性とかも考えて取り壊した方がいいかもしれないけど、その他の家はまだ全然使えそうだった。
後は設備だけど、一通り揃っているようである。
家具や衣服、薬に食料、多くは以前にも使っていた設備があるようで、道具類は持ち込む必要がありそうだけど、建物は再利用できそうだ。
唯一、鍛冶屋だけはなかったけど、それは後で作ればいいだろう。
町の街灯は、光の魔石を使っていたようで、すでに魔力切れで動かなくなってはいるものの、入れ替えれば普通に使えそうだ。
修繕にかかる材料は、拠点から持ち込めば何とかなるだろう。
後のネックは、やはりこの町までの道だろうか。
まずは、拠点の人達に話も通さないといけないし、そこら辺を考える必要がありそうだね。
そんなことを考えながら、ひとまず報告に戻ろうと、町を後にした。
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