第五百七十四話:森の中の結界
雨が降っている範囲はそれなりに限定されているけれど、範囲自体は結構広い。
流石に、森全体が範囲というわけではないけれど、十数キロくらいはあるんじゃないだろうか。
それらすべてを調べるには時間がかかりすぎるので、今回は最も怪しい場所に向かうことにする。
すなわち、その範囲の中心だ。
詳しく調べたわけではないけど、範囲はおよそ円形に広がっているような気がする。だから、原因があるとしたらその中心だろうという安直な考えだ。
もちろん、原因が魔物だとしたら、移動しているだろうし、すぐに見つかるとは思っていないけど、ひとまず目指す場所としては十分だろう。
というわけで、ガンガン奥に進むことにした。
「魔物だとしたら、どんな魔物なんだろう」
雨を降らせる魔物。もしそんなものがいるのだとしたら、伝説級の魔物じゃないだろうか。
ヒノモト帝国にいるような、伝説、あるいは神話として語り継がれているような魔物がいるのだとしたら、もしかしたら転生者という可能性もある。
転生者だとしたら、話し合いで解決できるかもしれないし、少し楽になるんだけど、暴れられたら大変だから、普通の魔物であってほしいと思ったりもする。
せめて、ここに町を作ってもいいのかどうかの判断くらいできたらいいんだけど。
そう思いながら進むことしばし、ふと妙な反応を見つけて立ち止まった。
「これって、結界?」
『人避けの結界みたいだね』
そこにあったのは、結界の反応。
アリアも言うように、どうやらこれは人避けの結界のようだ。
人避けの結界は、その結界を張った場所に、無意識に行かなくなるというものである。
不可視の結界と合わせれば、その場所を完全に隠すことも可能だ。
私の場合、結界の心得があるし、そもそも精霊というくくりだから効果が薄いけど、これが人避けの結界だとしたら、調査の際に見つからなかったのも頷ける。
「なんだってこんなところに結界が……」
結界があるということは、この場所には誰かがいたということになる。
今まで、誰も開拓してこなかった、こんな森の中にだ。
一体誰がいるのか。それが、雨を降らせている元凶なんだろうか?
とりあえず、この結界の中を進んでみる必要がありそうだ。
私は、結界に干渉して、一部を解除する。
こんなことしたら、結界の主に気づかれてしまう可能性もあるけど、どのみち会わなければならないのだから、関係ない。
できれば敵対したくはないけど、一体どんな相手なのだろうか。
解除した結界の穴を通り抜け、中へと入る。
すると、そこには思わぬ光景が広がっていた。
「これは……町?」
そこに広がっていたのは、幻想的な町だった。
木々の隙間や上に建てられた家々、川に渡された橋、整えられた道に建てられた街灯。
未開拓の森にあるには立派過ぎる光景が広がっていた。
ただ、よく観察してみると、どうにも様子がおかしい。
これだけ立派な町であるにもかかわらず、人の気配を感じないのだ。
「もしかして、もう誰も住んでないのかな」
見れば、建物は壁がひび割れているし、道も草が生い茂っている場所が多い。
街灯もついてないし、すでに捨てられた町なのかもしれない。
こんな立派な町なのに、なんで? そもそも、誰が住んでいたって言うの?
疑問は尽きないが、ここに何か原因がありそうだという雰囲気は感じる。
もう少し、この町を調べてみようか。
「……やっぱり、誰もいないみたい」
町を歩き、家に入って見たりもしてみたけど、やはり誰もいない。
家具などはほとんど撤去されていたから、恐らくは転居したんじゃないかとは推察できたけど、やはり、誰が住んでいたのかはわからなかった。
せめて、日記の一つでもあれば何かわかったかもしれないけど……。
『この辺り、かなり気持ちがいい場所だね』
「魔力が濃いってこと?」
『濃いって程じゃないけど、妖精とか精霊にとってはかなり居心地のいい場所なんじゃないかな』
確かに、この辺りは空気が澄んでいるというか、清冽な雰囲気を感じる。
広場のようなところに噴水があったのを見たけど、枯れているわけでもなく、今でも水が流れていた。
川もかなり澄んでいるし、魔力の親和性が高い水が澄んでいる場所は、妖精などにとっては居心地のいい場所と言える。
それは私も何となく感じていたけど、それとは別に、なんとなく、悲しい雰囲気を感じるのだ。
廃都だからだろうか? 人がいなくなって、捨てられた町が寂しい雰囲気を感じさせているんだろうか。
『でも、その割には他の精霊の気配を感じないんだよね』
「ああ、確かに。居心地のいい場所なら、集まっていてもおかしくないのにね」
妖精や精霊は、そう言った居心地のいい場所を探して、そこに集まることが多い。
森の中にある泉とかはそう言った頻度が高く、目には見えないけど、実は妖精がいました、なんていうこともよくある。
ここはその条件を満たしていると思うけど、確かに気配を感じない。
結界があったことと関係しているんだろうか?
妖精はともかく、精霊なら、あれくらいの結界は突破してきてもおかしくはないと思うけど。
「なにか、あるのかな」
これはますます何かありそうな雰囲気である。
町自体は広いし、全部回るとなると日が暮れてしまいそうだけど、一度野宿してでも調べてみる価値はあるかもしれない。
「とりあえず、調べられるだけ調べてみよう」
私は、町を徹底的に調べることに決めた。
幸い、この辺りは魔物も入ってこないのか、安全そうだ。
相変わらず雨が降りしきる中、私はどんどん町の奥へと進んでいく。
しばらく進んでいくと、ひときわ大きな木がある場所を見つけた。
他の木々に比べても、何十倍も大きな木。
こんなに大きいなら、飛んで辺りを調べた時に見つかりそうなものだけど、恐らく不可視の結界で見えなかったのだろう。
ここまでくるとわかるが、探知魔法に何か反応があるのがわかる。
この反応、少なくとも人ではなさそうだけど……。
「ここは、教会なのかな?」
ひときわ大きな木の下には、荘厳な建物があった。
見たところ、教会みたいだけど、ここでも信仰していたものがあったのかもしれない。
中に入って見ると、他の家と同じように、やはりほとんどの家具は片付けらえていたが、その最奥に、光り輝く何かがあった。
魔石? いや、それにしては大きすぎる。
まるでクリスタルのように透明なその石は、中に何かが入っているようだった。
「これは……」
そこに入っていたのは、人型に羽が生えた存在。
私にとってはよく見慣れた姿でもある、精霊の姿だった。
こんなところに、なぜ精霊が閉じ込められている?
ひとまず、よく観察してみようと、近づくと、頭の中に、声が響いてきた。
『ひっく……ひっく……』
その精霊の声なのだろうか。どうやら、泣いているようである。
何者かに閉じ込められて、それで泣いているんだろうか?
だとしたら、助けてあげないといけない。
私はその石に手を伸ばす。しかし、触れようとした途端、がきん、と鋭い音と共に、弾かれた。
手に鋭い痛みが走る。一瞬だったけど、まるで氷のような冷たさだった。
いったいこれは何なんだろうか。とにかく、話を聞いてみたい。
私は、手を出すのを諦めて、ひとまず話しかけてみることにした。
感想、誤字報告ありがとうございます。