第五百七十二話:トラブル発生
指導は順調に進んだ。
みんな、あらかじめ冒険者候補として期待されていただけあって、王都でのキャンプ中も、個人的に訓練をしていた人がそれなりにいたらしい。
訓練と言っても、素振りくらいなものだけど、中にはそれなりに武器の扱いに長けた人もいて、その人から指導される形で、ある程度剣技を身に着けていたようだ。
なんか、私がわざわざ介入しなくても、それなりに強くなってくれそうなイメージがあるんだけど、どちらかというと、対人戦に寄った戦い方らしかったので、対魔物を考えるなら、どのみち熟練の冒険者の意見は聞きたかったとのこと。
てっきり、剣も握ったことのないような本物の素人を相手に教えなければならないと考えていたから、これはいい意味で予想外だった。
一つ問題があるとすれば、力が弱い人が多いということだろうか。
元が冒険者や傭兵だったというなら、ある程度鍛えられているだろうし、力も強いかと思っていたんだけど、実際には、そうでもないらしい。
あくまでも、剣をちゃんと握れて、ある程度振り回されないというだけで、筋力自体はそこまででもない。
剣って言うのは、刀と違って力で叩き斬るものだから、ある程度力がないと致命傷を与えるのは難しい。
特に、魔物相手だと、硬い毛皮に守られていたりするので、余計に力が必要になる。
今までは、対人戦が多かったし、そもそも活動こそしていたものの、そこまで役に立っていたというわけではなかったという人も多く、それで追い出されてしまった人もいるようだ。
力があり、ちゃんと武器を扱える、熟練の人はほんの一握り。そう言う意味では、戦力的に少し難があるかもしれないね。
「まさか、剣の扱い方の前に、筋トレが重要になるとはね」
力に関しては、地道に訓練して、筋肉を身に着けていくしかない。
いくら身体強化魔法があるとは言っても、一般の人はそれで強化できるのは一瞬だからね。
地力を上げるためにも、筋トレは必須となる。
まあ、ここでは筋トレにはあまり困らないけども。
「おーい! こっちを手伝ってくれ!」
「おう!」
そう言って、何人かが呼ばれていく。
この数日、開拓が少しずつ進められてきた。
森の木々を切り倒し、道を作り、家を建てる。
それらはかなりの重労働であり、それを手伝えば、必然的にトレーニングとなったのである。
むしろ、剣について教える時間の方が少なく、ある程度作業が終わった後に、ちょちょいと教える程度。
これでは本当に指導できているのかと不安になるけど、何もかもがない状態だから、仕方ないとも言える。
「先生、この丸太をお願いします!」
「わかりました。そこに並べてください」
指導の仕事が少ないこともあって、私もちょいちょい手伝うことが多かった。
今やっているのは、丸太を乾燥させる作業。
伐ったばかりの状態だと、水分が多くて建築には使えないからね。
特に、このメンバーは魔法が使える人がかなり少なく、丸太を一瞬で乾燥させるとなると、私以外はできない作業である。
なんか、これは受けた仕事とは違う気もするんだけど、なぜか開拓地で一緒に育ててくれと言われているので、こうして手伝うほかない。
まさか、フィズさんはこれを見越していた? ……いや、多分考えてないだろうな。
まあ、開拓作業はなんか新鮮で面白いし、今のところは別にいいけどね。
「先生、また魔物が出やがった!」
「ああ、今対処します。皆さんは避難していてください」
開拓作業で、最も大きな障害は、やはり魔物である。
森の開拓を始めた影響で、大きな音を立てる日も多くなり、それに引き寄せられて、魔物が来ることも多くなった。
一応、魔物避けの香を焚いたりはしているんだけど、雨が降ると、その効果もなくなってしまうので、あまり役に立っていない。
ある程度強い魔物となると、香も効かないしね。
「順調ではあるのかもしれないけど、進行が遅いよね……」
ちゃちゃっと魔物を倒し終え、拠点へと戻る。
魔物の対処は、今のところ私とエルくらいしかできないから、それはいいんだけど、他の進行がかなり遅い。
冒険者の育成に関しては、筋肉がそんな数日でつくわけもないので時間がかかるし、開拓に関しても、人数はそれなりにいるとはいえ、雨のせいでなかなか進まないというのもある。
水はけはいいから、やめば地面はすぐに元に戻るけど、こうも降られると、通常の開拓の二倍くらい時間がかかっていそうだ。
私は、仕事のこともあるから、冒険者の育成がある程度済むまでは滞在する予定ではあるけど、この調子だと、下手したら一年以上滞在する羽目になるかもしれない。
流石にそれは勘弁なので、どうにかして効率を上げたいところだ。
「雨の原因がわかればいいんだけど……」
地域によっては、雨が降りやすいとかはあるかもしれないけど、ここまで雨が降るとなると、何か別の要因もある気がする。
同行していた学者さんの話でも、レポートを見る限りでは、特別雨が降りやすい地形というわけでもないみたいだしね。
単に運が悪いというわけでもないだろうし、何かあるとは思う。
「おーい、先生、ちょっといいか?」
「テルミーさん、どうしましたか?」
考え込んでいると、テルミーさんが話しかけてきた。
テルミーさんも、あまりに不便なここの生活に少しずつ疲れを感じているのか、ちょっとやつれてきた感じがあるけど、未だにまとめ役として頑張ってくれている。
ただ、この様子だと、あんまりいい知らせではなさそうだ。
「さっき早馬で連絡があったんだが、食料の到着が遅れるらしい」
「食料、となると、町からのですか?」
「ああ。どうやら、保存が甘かったらしくて、一部が腐っちまったみたいだ。補填自体は要請したが、すぐには届かなくなったらしい」
「それは致命的では……」
食料を始め、この開拓地で使う生活品は、最寄りの町から支給される手はずになっていたんだけど、さっそくやらかしがあったようだ。
なんでも、いつもは見ないほどの大量の食料だったせいもあって、扱いきれなかったらしい。
まあ、百人分の食料だもんね。しかも、それが何日分ともなれば、相当な量になる。
運ぶための荷馬車を用意するだけでも大変だろうし、保存場所だって限られてくるだろう。
町で消費する分には、いざとなれば早めに処理するとかできるかもしれないけど、ここは町からも離れているし、そう言う判断は難しい。
食料に関しては、最初に持ち込んだものが多少残っているとはいえ、後三日分もない。このまま届かないとなると、ここの人達は飢えることになる。
「無茶言っているのはわかっちゃいるが、どうにかなりませんかね?」
「どうにかと言われましても……」
しばらく食料が届かないとなると、自力で用意するしかないけど、どうにかなるだろうか。
幸い、魔物はたくさん来るから、それらを食料にすれば多少は何とかなるかもしれないけど、魔物の肉って、一部を除いてあんまり美味しくないから食べたくないんだよね。
さっそくの障害を前に、思わずため息をつきたくなる。
さて、どうしたものか。
感想、誤字報告ありがとうございます。