第五百七十一話:冒険者の心得
それからしばらくして、雨が止んだ。
結構な日数降り続けていたけど、レポートによると、元々この辺りは雨が降りやすいらしい。
なぜそうなっているのかはわからないけど、滞在している間、結構な頻度で雨が降り、調査に行けない日も多かったようだ。
この辺りが水分が多い土壌なのは、そう言う理由もあるのかな?
何か原因がありそうだけど、今のところはわからないし、これから調査するしかないね。
「さて、それでは、教えていきますよ」
「「「おー!」」」
とりあえず、拠点を作らなければならないわけだけど、私の仕事はそれではない。
なので、ひとまず当初の予定通り、冒険者の育成を開始することにした。
冒険者候補となるのは、三十人ほど。年齢も性別もばらばらで、正直不安しかないけど、今のところ、私を子供と思って侮ってくるような人はいない。
テルミーさんが言い聞かせてくれたというのもあるけど、元から、いい人ばかりだったからね。
そう言う意味では、不安の種は一つ少ない状態である。
「まず聞きたいのですが、皆さんは戦闘の経験はおありですか?」
私の質問に、大半の人はあると答えた。
元々、開拓団として集まった人達は、国の外からやってきた人々である。
移民と言えば聞こえはいいけど、その大半は、元居た場所で居場所を失った人達だ。
その人の性格に難があったのか、それとも単純に力がなかったのか、とにかく元の場所でやっていけなかった人達が、今回の開拓プロジェクトを聞きつけて、やってきたわけである。
そう言った人達は、まともな職に就けることも少なく、唯一できるのは、傭兵や冒険者となって肉体で稼ぐこと。
まあ、中にはそういうこと関係なく、新たな土地で暮らしたいと思って参加した人もいるとは思うけど、そう言う理由もあって、戦闘経験がある人は多いわけだ。
元々冒険者の人もいるなら、そんなに教えなくてもいいかもしれないけど、ほとんどは新米のFランク冒険者ばかり。
ここに新たに作られる町を守っていくためには、それ相応の力が必要になるし、やはり、最初から教えるべきだろう。
「ありがとうございます。それでは、まずは冒険者とは何か、心得を教えていきましょうね」
冒険者には、いくつかの掟というか、暗黙のルールがある。
例えば、冒険者同士で深く詮索しないとか、殺し合いをしてはならないとかね。
他にも、依頼を受けた際のルールや他の冒険者とバッティングしてしまった時の対処など、教えることは多い。
まあ、心得なんて、当たり前のことを言っているだけだから、常識のある人だったら、自然に守れているものだけどね。
こういうのがあるのは、たまに現れる常識外れの奴らへの牽制の意味もある。
以前に聞いた話だと、とある商人が、採取依頼を出し、冒険者がそれを受けた。しかし、冒険者が望みの品を持ってきたにもかかわらず、商人は提示していた報酬を払わず、何かと理由をつけて値切ろうとしてきた。
それ自体は、商人ならたまにあることだし、まだましなんだけど、その商人は、冒険者が頷かないとわかると、他の冒険者を雇って、殺し合わせようとした。最初に依頼を受けた冒険者を、交渉に応じない悪人と偽ってね。
幸い、その冒険者は、どちらも冒険者のルールを理解していて、冒険者同士で殺し合いをしてはならないことをわかっていたから、すぐに異変に気付き、商人をギルドへ告発した。
結果として、商人はギルドから出禁を食らい、さらに、その噂が広まって取引先からも悪評を流され、その後、取引が続けられなくなった商人は夜逃げしたという話である。
常識として、自分の意にそわないからと言って、殺し合わせる奴はいない。しかも、自分の手を汚さず、何も知らない冒険者同士を争わせようとした。
これは冒険者に対する冒涜であり、ギルドとしては、絶対に許しておけない事件だ。
だからこそ、すべてのギルドで出禁になったのは当然の措置である。
このように、時折普通の人ならわかりそうなことをあえて破る奴がいるから、トラブルを避ける意味も込めて、心得的なものがあるのだ。
まあ、これに関してはギルドの規定としてもあるものだけどね。
「さて、次は戦闘に関してです。皆さんは、戦闘の経験がある人が多いようですが、どんな武器を使ってきましたか?」
心得はさておき、次は戦い方についてだ。
冒険者は、何でも屋という側面もあるため、子供でもなることができ、必ずしも戦闘力がある必要はないけど、今回は、未開の地の町を守るという大役があるため、戦闘力は必須である。
幸い、戦闘経験はあるようだけど、どこまで戦えるのか。
「俺は剣だな」
「俺も」
「俺もだ」
「皆さん剣を良く使っているんですね」
様々な武器種を使われると、私も教えられないと思っていたんだけど、どうやら、大半の人は剣を使っていたようだ。
次点で多いのがこん棒と槍。魔法が使える人は一人もいなかった。
まあ、剣はオーソドックスな武器だし、武器屋に行ったら、店の隅に樽の中に大量に並べられていることもある。
安価で手に入れられて、それなりに扱いやすいとなれば、使い手が多いのも納得か。
こん棒や槍は、即席で入手しやすいという利点もある。
究極的なことを言えば、その辺の棒を拾って、先を鋭くしてやれば、槍の完成だからね。
こん棒なら、ある程度丈夫なら、削る必要すらないわけだし。
やっぱり、安いというのは重要なことなのかもしれない。特に、ここにいる人達は、お金も少なかっただろうしね。
「それなら、剣について、重点的に教えましょうか」
剣ならば、私も多少の心得がある。
お姉ちゃんとサクさん仕込みの剣技だけど、魔物にもある程度は通用するだろう。
とは言っても、これは剣の扱いというよりは、相手を観察する観察眼の方が重要な気がするけどね。
いや、それも含めて剣技なのかな? ある程度応用は利くというだけで。
「あ、その前に、皆さん武器は持っていますか?」
「それなら大丈夫だ。国が支給してくれたのがある」
どうやら、今回の開拓に際して、国側から剣の支給があったらしい。
恐らくは量産品だろうけど、それでもそこら辺の安物よりは丈夫なそれなりの剣のようだ。
これだけの剣を用意するとなると、それなりにかかりそうだけど、やっぱり支援は手厚いようである。
できれば予備も用意してほしかったけど、まあ、人数分あるだけましか。
あんまり多くても、一回じゃ運びきれなかっただろうしね。
とにかく、まずは戦闘の技術を教えていくとしよう。
私は、エルに頼んで実演して見せながら、教え込んでいく。
さて、使い物になるのはいつになるだろうか。
感想、誤字報告ありがとうございます。