第百三十四話:トラブルはつきもの
ザック君のお父さんがまず取り掛かったのは魔石の加工だった。
魔石は傷つけるとそこから魔力が漏れ出てしまい、内包する魔力量が減ってしまう。しかし、規格通りぴったりの魔石が取れるなんてことはほぼありえないため、なるべく魔力が流出しないように注意しつつ加工していく必要がある。
魔石は結晶質のため、一点に力を集中させれば割ることはそう難しくない。ただ、意外に脆いところもあり、下手に力を加えると割れすぎてしまうという問題もある。
その辺りはもう職人の長年の経験と勘で判断するしかなく、魔石の加工は魔道具職人の腕の見せ所とも言えるだろう。
貴族から依頼されるだけあってこの工房もかなり名が通っているのか、お父さんの腕は中々だ。絶妙な力加減から繰り出されるノミは正確に魔石を削り出し、求められている形に近づけていく。
ザック君も零れた欠片を回収したり、指示に従って明りの角度を変えたりと真剣に手伝っているようだ。
出来ることなら魔道具を自作してみたいとか思っていたけど、これを真似するのはちょっと難しいかなぁ。設計図を見る限り、一定以上の大きさがあり、魔道具内に収まるのなら多少大きさが変わっても大丈夫っぽいけど、あの繊細なノミ捌きは一朝一夕では習得できないだろう。
魔石をそのまま使うような、例えば即席のランタンを作る程度だったらできるかもしれないけど、ちゃんとした魔道具を作るのは見送った方がいいかもしれない。
「よし、ザック。そろそろノーチェさんに連絡してくれ」
「わかった。すぐに呼んでくる」
しばらく集中して作業をしていたお父さんが顔を上げると、ザック君に使いを頼んだ。
ここまでおよそ一時間。聞くところによるとすでに外装は完成しており、後は魔石を取り付けるだけの段階まで来ているようだった。
あれ、これなら別に二週間もいらないのでは?
「ノーチェさんはこの都でも数少ない雷属性を持つ人でな。魔石を手に入れたら変換できるように依頼していたんだ」
私の疑問を読み取ったのか、一息つきながら話しかけてくる。
そういえば、必要なのは雷の魔石で、渡したのは土の魔石だから変換する必要があるのか。ドワーフは魔法があまり得意ではなく、持っている属性も少ないため、特殊属性である雷属性は貴重なのだろう。
「魔石を変換するには抽出と注入という作業が必要になる。魔石から元の属性を取り出し、別の属性の魔力を入れることで魔石の性質を変化させるわけだ」
この変換という作業が魔道具作りで一番時間がかかるものらしい。というのも、下手に魔力を抽出しようとすると魔石に内包されている魔力まで奪ってしまい、魔石内の魔力が減りすぎてしまう。それを防ぐためには変換したい属性の魔力を少しずつ込めながら徐々に魔石に馴染ませ、自然と元の属性の魔力が抜けていくように促さなくてはならない。
これがかなり時間のかかる作業らしく、小さな魔石でも丸一日はかかるのだとか。これほど大きな魔石ともなれば、二週間くらいはかかるらしい。
なるほど、だからこれほど焦っていたのか。確か、期限は12日後。限りなく急いだとはいえ、それでもいつも以上の速さで変換を終えなければ間に合わない。最終仕上げなどの時間も考えると少なくとも10日ほどで終えなくてはならないだろう。
これ、間に合うのかな? ちょっと心配になってきた。
「まあ、ノーチェさんは優秀だ。手際よくやればきっと……」
「親父! 大変だ!」
仕上げを終え、後は件の人物が来るのを待つだけになった頃、荒々しく扉を開けてザック君が飛び込んできた。
「どうしたザック。ノーチェさんはどうした?」
「そ、それが、ノーチェさん、昨日から具合が悪くなってるらしくて、とてもじゃないけど動ける状態じゃないって……」
「なんだと!?」
衝撃の報告にお父さんががたりと席を立つ。振動で魔石が揺れるが、すぐさま手で支えて抑えた。
「い、医者は? ノーチェさんはいつ回復するんだ?」
「わ、わかんない。でも、多分後三日は無理だろうって……」
「くそったれ!」
思わず地団太を踏む。このタイミングでのまさかの体調不良に苛立ちを隠せないようだ。
もちろん、そのノーチェさんが悪いわけではないということはわかっているのだろう。しかし、二週間はかかる所を10日で仕上げなければならないという時間的にかなり厳しい状況の中、さらに三日も足止めを食らうとなれば焦らずにはいられない。
今から別の人を探すにしても、通常属性ならともかく、特殊属性ともなれば数は限られてくる。しかも、かなり時間が押している状況、寝る間も惜しんでやらなければならないような仕事を引き受ける人などいるだろうか。
せっかく魔石が手に入ったのにこれではどうしようもない。悔しそうに歯噛みするお父さん。その気持ちは痛いほどわかるのか、ザック君も似たような表情をしていた。
「他の知り合いに頼む……いや、特殊属性の奴らがそうホイホイ予定を開けているとは限らないな。一体どうすれば……」
「親父、こうなったら冒険者ギルドに依頼を出して雷属性使える奴を募るしかないんじゃないか?」
「馬鹿言え! プロでも二週間かかる仕事なんだぞ! 冒険者なら確かに雷属性を持ってる奴もいるかもしれないが、どう考えても時間が足りん!」
あと三日以内に手に入ればぎりぎりというのはノーチェさんがやるからこその時間だ。素人の冒険者に頼んだらもっと時間がかかる。それでは期日に間に合わない。
しかし、そもそも職人がいなければ始められないというのも事実。ここは運を天に任せ、優秀な人材が釣れることを祈って依頼を出すしかないというのはわかる。だが、今までにない出来事にすっかり混乱し、その可能性すら潰してしまっていた。
どうする、どうすればいい! そんな想いが透けて見えるようで、私は思わず声をかけた。
「あの……」
「何だ!? あ、いや、すまん、嬢ちゃんに当たっても仕方ないよな……」
「いえ、それはいいのですが、その変換というのは雷属性を持っていれば誰でもできるのですか?」
魔石の変換の原理というのはよくわからないけど、やったことならある。
以前、魔石を使った実験をした時に魔力を籠めたら魔石の属性を変えることが出来た。あの時は小さな魔石だったとはいえ、割と簡単にできたし、その要領でやれば変換もできるのではないだろうかと思う。
「そりゃあ、時間さえかければ誰にだってできるが……もしかして嬢ちゃん、雷属性持ちか?」
「はい、持っていますよ。よろしければお手伝いしましょうか?」
「それは……いや、だが、しかし……」
お父さんからすれば窮地に差し伸べられた救いの手だろう。しかしその手は幼く、人間だというのにドワーフと見まがうほどに小さい。
縋るにはあまりにも弱弱しい手。しかし、えり好みしている場合ではないというのも事実。しばしの逡巡の後、お父さんは私の手を取ってくれた。
「……わかった。嬢ちゃんに頼んでみよう。やり方を教える。その通りにやってみてくれ」
三日後にはノーチェさんも動けるようになるという。ならば、この手を取って少しでも進めていけば工程を多少は縮めることが出来るかもしれない。
一歩でもいい、零でなければまだチャンスはある。お父さんは焦りを必死に隠しながら説明を始めた。
と言っても、やること自体はそう難しいことではない。魔石に向かって特定の魔力を流す、これだけだ。ただ、その加減はかなり難しく、多すぎれば魔石が割れてしまうし、少なすぎれば変換するのにかなり時間がかかってしまう。時間さえかければ誰でもできるというのはそういうことだ。
しかし、今回は時間が足りない。割れないぎりぎりの魔力を流し、高速で変換していかなければ間に合わない。その辺りの感覚は完全に魔力を流す人物の裁量によるので感覚を掴めとしか言えない。
「初めはゆっくりでいい。しばらく魔力を込めていればなんとなく魔石の魔力を把握することが出来るはずだ。それを壊さないように慎重に、徐々に魔力の量を増やしていってくれ。割れてしまっては元も子もない。あくまで慎重に、割らないことを第一に考えてくれればいい」
「わかりました。やってみます」
私は魔石に手を置き、ゆっくりと魔力を籠め始める。この工房の命運は私が握っていると言っても過言ではない。何としてでも成功させなくては。
少し緊張しながらほんのりと輝き始めた魔石を見下ろした。
感想、誤字報告ありがとうございます。