第五百六十六話:大きすぎる期待
それから五日後。満月の日になったので、転移魔法陣を用いて、さっそく向かうことにした。
王様の話だと、すでにあちらはやる気満々らしい。
というのも、担当者が私の大ファンらしくて、私ならきっと受けてくれると確信し、提案を持ちかけた時点で国の方にも話を通していたらしい。
それ、私がもし断ったら大惨事になる奴だと思うんだけど……。
とにかく、そう言う事情もあるので、私も断るわけにはいかなかった。
まあ、別に断る理由もなかったけどね。
オルフェス王国のことではないけど、一応は友好国みたいだし、彼らが成長したいというなら、助けない理由はない。
最近は神様関連も落ち着いているし、王様のためにもやっておいた方がいいだろう。
「……と、着いたかな?」
わずかな浮遊感を感じた後、転移が終了する。
トーラス王国の王都、ブロン。国土のほとんどを森林地帯に侵食されているせいもあって、オルフェス王国の王都と比べると規模は小さいが、それでも、活気はオルフェス王国以上に感じる。
しばらく辺りをきょろきょろと見まわしていると、背後から足音が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには二人の男性の姿がある。
「ようこそお越しくださいました! 待っておりましたぞ!」
そのうちの一人は、両手を広げてとても嬉しそうに近づいてくる。
格好からして、多分文官だよね? お出迎えってところだろうか。
「なあ、本当にこんな子供が有名な冒険者なのか? 間違って転移してきただけなんじゃ……」
「こら、ハク様に失礼だぞ! 申し訳ありません、無知な奴でして」
「ええと、あなたがこの国の担当者さんですか?」
「はい! フィズと申します!」
テンション高めのフィズさん。対して、もう一人の方は、まだ懐疑的なのか、胡乱な目をこちらに向けてきている。
私のことは隣国とかでも割と有名だと思うんだけど、この人はそこまで知っているってわけではなさそうだ。
相方にいきなり無知とか言われたせいか、とても不満そうな顔である。
「ほら、お前も挨拶しなさい!」
「はぁ……俺はタグル。一応、フィズ共々、あんたの担当者ってことになる。よろしくな」
「こら! もっと丁寧な言葉を使いなさい! 失礼だろう!」
「失礼って……どう見ても子供じゃねぇか。仮に有名冒険者だとしても、年はこっちの方が上だろ」
「ふっ、甘いな。ハク様の年齢は私達より上だよ」
「んな馬鹿な」
タグルさんは、とても面倒くさそうな顔でフィズさんを相手にしている。
王様が言っていた、私のファンって言うのは、多分このフィズさんっぽいな。私の正確な年齢を知っている人なんてそうそういないし。
まあ、それはいいとして……。
「バスティオン陛下の命により、参上しました、ハクと申します。今回のプロジェクト、誠心誠意努めさせていただきたいと思います」
「こちらこそ、あのハク様に来ていただいて光栄だ! どうか、彼らを一流の冒険者に成長させてくださいませ!」
その後、とりあえずここではなんだということで、城の応接室へと通されることになった。
今回のプロジェクトは、国が主導する大々的なもの。トーラス王国の王様も、かなり気合を入れているようで、友好国にいくつもの援助を頼んだようだ。
あんまり頼みすぎると、見返りを用意できない気もするけど、元々、トーラス王国の木材は、以前行った、魔導船を作るプロジェクトの時にも候補に挙がった優秀な木材である。
建築から武器の素材まで、幅広く利用されているものだから、その恩恵は多く、オルフェス王国でも多くを輸入している。
今回の開拓プロジェクトで、その生産ラインが増えれば、他の国にとってもいいことではあるので、見返りとしては十分だよね。
「あれ、私だけですか?」
応接室に着くと、フィズさんはさっそく話を始めた。
てっきり、他の冒険者も揃ってから始めるものだと思っていたんだけど、違うんだろうか。
それとも、他の冒険者達はすでに説明を聞いて、もう現地に向かっているとかだろうか?
移動が転移魔法陣頼りだった以上、多少のずれは仕方ないかもしれないけど。
「オルフェス王国からお誘いしたのは、ハク様だけですよ?」
「え?」
「はい、ですから、オルフェス王国からお誘いしたのはハク様だけです」
てっきり、他にも多くの冒険者がいて、それぞれ協力して冒険者を育てて行こうという話かと思ったんだけど、まさかの私一人だけらしい。
いや、正確には、オルフェス王国から呼んだのは私だけという話で、他の国からは何人か呼んでいるようなのだけど、まだ話が通っていないこともあって、現状動けるのは私しかいないということらしかった。
確かに、本来なら私がこのプロジェクトに参加するにしろそうでないにしろ、返答には少し時間がかかっただろうし、こんなスピード感で来れるのはおかしいけど、だからと言って私一人しかいないのはどうなのか。
いや、後から来るなら別にいいけど、それだと結局他の人が合流するまで何もできないんじゃないの?
「まあまあ、ハク様ほどの高名なお方なら、一人だって百人力です! きっと、ただのチンピラでも更生させて一流の冒険者にしてくれるに違いありません!」
「いや、流石にそれは無理ですけど……」
まあ、マンツーマンで教えられるって言うならもしかしたらがあるかもしれないけど、町に置くための冒険者を育てるという話なのだから、一人や二人というわけではないだろう。
というか、町一つならともかく、複数開拓する予定なら、数は数十人、数百人規模になるだろうし、とてもじゃないけど、私一人で教え込むなんて不可能だ。
いくら有名人という色眼鏡があるのだとしても、流石に期待しすぎじゃないだろうか?
「無茶言うな、冒険者の育成なんて、下手したら騎士になるより難しいぞ? 一人で、しかもこんな子供ができるわけないだろ」
「甘いなタグル。ハク様はその程度の障害ものともせんわ!」
「その自信はどっから来るんだよ」
タグルさんの方は、結構常識人なのか、フィズさんの暴走を止めようとしてくれているけど、テンションが高すぎて聞く耳持ってない感じ。
うーん、どうしたものか。
一応、学園で教師をした時は、何十人という生徒を相手に一人で授業を行った。
あれと同じことができるなら、確かに一人でも教えることは可能かもしれない。
一人とは言うけど、エルもいるしね。
しかし、冒険者は、ただ一つのことを学ぶわけにはいかない。
例えば、冒険者の心得みたいなものならば、共通して教えられるけど、その人物によって、使う武器が異なってくる。
剣を使う人相手に、魔法の使い方を教えても意味がないように、冒険者ごとに、得意な武器に合わせた指導を行う必要があるわけだ。
それはつまり、教える人はそれらすべてのことを知っていないといけないわけで、いくら私が有名冒険者とはいえ、教えられる幅は少ないだろうから、ほぼ不可能になる。
まあ、マニュアルに載っていることを教えるくらいはできるかもしれないけど、そんなんでいいんだろうか?
あまりに大きな期待に、ちょっと不安になってきた。
感想ありがとうございます。