幕間:温泉を巡る後始末
地方の領主、アナンの視点です。
ここ最近、私は非常に多忙だった。
先日発覚した、源泉の無断使用問題。元々は、温泉が有名である村に対抗して、自分達も源泉を見つけ、そこから引いているという話だったわけだが、その源泉が、実は村の源泉と同一のものだったという件。
あの村の温泉は、父によく連れて行ってもらったこともあり、また、村人達も優しく受け入れてくれたこともあって、特別な存在だった。
しかも、村は謎の魔物騒動によって街道が荒らされ、観光客が激減していた状況。
何とか策を講じて立て直そうとはしていたが、観光客は激減し、収入面で苦しくなっていたタイミング。
まさか、その一部に、町が関わっていようなどと、誰が想像しようか。
さらに、それを問い詰めたら、私を殺そうとしてくる始末。証拠となる書類から関わっていた人々の名前も発覚したし、いつの間にか腐敗が進んでいたのを見て、頭が痛くなったものだ。
それらの対処をするために、色々調整すべきこともたくさんあり、また人手不足にもなったので仕事も増え、今も方々を駆けずり回っているというわけだ。
「とはいえ、だいぶ落ち着いてきた方ではあるか」
村の源泉を無断で町に引き入れていた町長、そして、その町長に領主の印を無断で使用し、権利書を作製していた文官は、裁判の結果、すでに沙汰が下された。
町長は、温泉の無断使用だけなら、権利書がある以上、正式な手続きを経たということでまだ情状酌量の余地があったかもしれないが、態度からして、あらかじめそれが不正に作られた書類であるということは知っているようだったし、何より、私を誘い出して魔物に殺させようとしたこともあって、極刑は免れなかった。
また、文官の方も、領主の印を勝手に持ち出したということで、同じく極刑である。
その他にも、関わっていた人物には粗方沙汰を下したし、後はそうして減った人員をどうやって補充するかというフェイズに入っていた。
一応、町長の後釜には信頼できる人物を置いたつもりだし、文官の方も、今募集をかけているところである。
どちらもまだ混乱している状況ではあるが、しばらくすれば、落ち着いてくるだろう。
「まったく、余計な仕事を増やしおって……」
それが、本当に必要なことだったなら、私とて喜んで手を貸す。
例えば、村から要請された街道の修復などは、別に苦とは思わなかった。
もちろん、実際に働く人々は多少なりとも不満はあるだろうが、それでも、臨時の仕事ということで、給金は弾んだし、そう悪い待遇はしていないつもりである。
だが、今回のように、不正を正さなければならないというのは、かなり面倒くさい部類に入る。
それはそうだ。そんな不正などやらなければ、仕事が増えることもなかったのに、それをわざわざやってくる輩がいたのだから。
もしこれが、私の指示が間違っていただとか、判断ミスによって引き起こされたものであるなら、まだ許容できるが、今回は完全にあちらが私腹を肥やそうと企んだ結果である。
別に、金儲けをするなとは言わない。町を運営する以上、金は必要になるし、何でもかんでも安請け合いしていたら町の破綻を招く。だから、それが悪いこととは言わない。
問題なのは、十分な給金を払っているにも拘らず、なぜさらに私腹を肥やそうとするのかだ。
町長の給金は、かなり高めであり、下手な下級貴族よりもよっぽど多い。
元々、町長は貴族だったし、家の関係で、そちらの収入もあっただろうから、相当溜め込んでいたはずである。
それだけあれば、貴族としての普通の生活をしていれば、金に困る機会などほとんどないはずだし、不正をしてまで金儲けをしようとする必要がないはずである。
それなのに、これだ。
まあ、温泉を無断で引き入れたのは、町を発展させるためと言い訳することもできるかもしれないが、どうやら町長は、その収入の一部を懐に入れていたようだし、町の方針を変えたのは、それが原因だと思われる。
確かに、金はあればあるだけいいかもしれない。しかし、十分に裕福な生活ができているのに、さらに汚い金を得ようとするのは理解できない。
それとも、私がおかしいのだろうか?
裁判をしていると、そう言った理由で不正を犯している奴がごろごろといた。もしかしたら、本来はそれが普通で、私が変なのかもしれない。
まあ、変だったとして、それを正そうとは思えないが。
「……温泉に入りたい」
ここ最近、忙しすぎて、寝る暇もないほどだった。
合間合間に仮眠を取って誤魔化してはいるが、それもそろそろ限界が近い。
このままでは、倒れてしまうのも時間の問題だろう。
今回の件を受けて、身内の一斉調査を行った結果、結構な人数の不正が発覚し、この町を去ってもらう結果となった。
今は人手不足であり、そんな状況で私が倒れてしまったら、町の運営も滞るし、頑張ってくれている人達にも申し訳ない。
しかし、休めないのも事実。一体どうしたものか……。
「アナン様、少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
そんなことを思いながら書類と睨めっこしていると、執事の一人が話しかけてきた。
父の代からこの家に仕えてくれている古参であり、子供の頃からの付き合いなので信頼も厚い数少ない人物だ。
普段なら、仕事の邪魔をするようなことはしないのだが、一体何の用だろうか?
「どうやらかなりお疲れの様子。ここは一度、お休みになられた方が良いかと存じます」
「そうしたいのは山々だが、やるべきこともまだまだあるからな……」
「承知しております。なので、一つ提案をさせていただきたいのです」
そう言って、執事が提案してきたのは、あの村に行くことだった。
現在、村に続く街道は、急ピッチで修復が進められている。
あそこに出現する蜘蛛型の魔物は、こちらが攻撃しなければ、襲い掛かってくることはないらしい。
念のため、何度か調査隊を送って、確認してみたが、以前は旅人を襲っていたというのが嘘かのように、全く襲われなかった。
情報元であるハク殿は、きちんと説得したと言っていたが、魔物相手に説得とは、一体どんな手を使ったのだろうか。
それはさておき、危険もなくなったということで、街道の修復を進めているが、流石に結構な距離があるので、まだ完成には至っていない。
なので、その視察をするという口実で、村へと赴き、ついでに一日くらい休みを取って、温泉を堪能してはどうかという話のようだった。
確かに、村の街道の件は、こちらとしても重要な案件だし、どれくらいの進捗なのかは確認しておきたい。
それでも、休むのはどうかと思ったけど、どうせ一日二日では帰ってこれないのだから、一日くらいずれたところで気にする者はいないとのこと。
なんとも魅力的な提案に、私は気が付けば頷いていた。
「まあ、久しぶりに行くのも悪くはないか」
温泉に入りたいと思っていたのは事実である。であるなら、この機会に入って見るのもいいだろう。
私は、執事の気遣いに感謝しつつ、さっそく日程を決めるのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。