第五百六十四話:今後の町と村
「け、ケベクさん!?、一体何やってんですか!?」
「なにやってるって、それはこっちのセリフだ。領主様に斬りかかるとは何事だ?」
騒ぎ立てる護衛達に、ケベクさんは冷静に返す。
確かに、領主に斬りかかるなんて、本来なら打ち首ものである。それを、町長の命令とはいえ、平然とやってしまう護衛はどうかしているだろう。
斬りかかった護衛も、それは自覚しているのか、しどろもどろになっている。
「わ、私は貴様の雇い主だぞ!? 守る相手が違うだろう!」
「あんたとの契約はすでに切られているはずだ。今回は、どうしても護衛に来て欲しいというから、あんたが本当に俺達を騙していたのかどうかを把握するために、あえて乗っただけだ」
「こ、これまで破格の待遇で雇ってやった恩はないのか!?」
「破格って、確かに金払いはよかったが、汚れた金は好きじゃねぇ。それに、あれくらいの待遇なら、他の町でもよくあったしな」
そう言って、周りの護衛達を見回す。
どうやらケベクさんは町長を完全に見限ったようだ。
しかし、今はそれどころではない。魔物がすぐそばまで迫っているのだから。
「領主様を魔物に襲わせて、亡き者にしようってか? それで、後釜に収まる奴が実権を握って、利権だのなんだので大儲けってわけか。やはり、あの嬢ちゃんの言葉は間違ってなかったようだ」
「くっ……!」
「領主様、そう言うわけみたいだが、どうすればいい?」
「ひとまず、この場を切り抜ける必要があるだろう。話はそれからだ」
そうこうしているうちに、例の魔物達がやってきた。
ケベクさん達の姿を見て、両手を上げて威嚇している。
あの時は、私が魔物の姿をしていたから言葉がわかったけど、今はちょっとわからないな。
相手も、私のことを把握してるかどうかわからないし、どうしたものか。
「皆さん、手は出さないでください。この子達は無害ですので」
「魔物が無害だと? 何言ってんだ!」
「いいから、黙って退きますよ。攻撃しなければ、攻撃してきませんから」
とりあえず、刺激しないようにさっさと退くことにした。
いくら魔物達が温厚とは言っても、流石に敵認定している相手に冷静でいられるかどうかはわからない。
私のことは、多分襲わないと思うけど、他は普通に襲われる可能性が高いからね。
私の言葉に、ケベクさんはその通りだとすぐに撤退する選択を取った。
他の護衛達も、魔物の強さはわかっているのか、特に戦うことはしないようである。
「この件に関しては、後でたっぷりと聞かせてもらうぞ」
「くそ、なんでこんなことに……!」
町長は、ケベクさんが引っ張り起こし、そのまま運ぶことになった。
目の前で領主を殺そうとした以上、もはや言い逃れはできない。
ケベクさんという証人もいるし、町長には裁きが下されることになるだろう。
私は、去り際に一度振り返る。
魔物達は、威嚇こそしていたものの、特に攻撃してくることはなかった。
私がいたからなのか、それとも初めから殺す気はなかったのか。いずれにしても、戦いにならなくて何よりである。
「さて、これで町長の罪は決定的になったかな」
その後、町に戻り、町長は拘留されることになった。
町長は、何かの間違いだと最後まで否定していたけど、流石にあれだけのことをしておいて、その言葉を信じる者は誰もいない。
それでも、領主は屋敷に住む使用人などから事情聴取を行い、不正の証拠である書類なども見つけて、徹底的に調べてから問い詰めたけどね。
幸いだったのは、ケベクさんのように、町長の行動を良く思わない人はたくさんいたようで、中には書類を破棄するように頼まれていたけど、いつか役に立つと思って保管していたという人さえいた。
それによって、領主の住む町で協力していた文官なども判明し、誰が裏で手を引いているのかもはっきりした。
後は、これらの証拠を基に裁判をし、正式に罰を負わせれば、解決しそうである。
いや、その後、町長の後釜などを決めないといけないから、領主の仕事は相当増えそうだけど、領主はやる気満々のようだった。
「ハク殿、今回は本当に助かった。礼を言う」
「いえ、解決しそうで何よりです」
数日後、粗方処理が終わったところで、領主から礼を言われた。
今回の件は、私達からの報告がなければ、成しえなかったもの。手を出したくても出せなかったところに、きっかけを作ってくれたわけだから、領主としては願ってもなかったことだろう。
私はただ、村の人達を助けたかっただけだけど、領主がその気でなかったら、こううまくはいなかっただろうから、礼を言いたいのはこちらの方である。
と言っても、まだ完全に解決したとは言い難い。
町長を罰せられるのはいいとして、結局源泉から川が引かれているのは間違いないし、それを潰さなければならない。
しかし、それをすると、町の人達からも多少の不満は出るだろう。
温泉によって、観光客が増えたのは確かだろうし、そこまで経っていないとしても、温泉によって生計を立てる人もいるかもしれないしね。
もちろん、だからと言って許すことにはならないけど、どうにか折り合いをつけて行かなくてはならない。
次にこの町を管理するであろう町長は、ちゃんとできるだろうか。
「これで村も救われるだろう。あの村は、私にとってはかけがえのない場所だからな」
「町の温泉権がなくなり、村への街道もきちんと整備されれば、お客さんも戻ると思います」
「ああ、そうだな。山の魔物に関しては、改めて調査する必要はあるかもしれないが、また街道を修復できるように指示を出しておこう」
これからやること満載だと思うけど、領主はどこか嬉しそうだった。
私は、一度宿屋に戻る。
この町に数日滞在することになったから、お姉ちゃん達に頼んで宿を取ってもらっていたんだよね。
宿には食堂がついているんだけど、そこでは宿のお客さんや町の人達が今回の件について話していた。
今のところ、まだ町長が不正を犯していたという事実は発表されていないけど、すでに町長の屋敷の人達から多少漏れているのか、噂が広がっているようだった。
まあ、近いうちに裁判が起こるだろうし、別にいいとは思うけど、おかげで町はその話で持ち切りである。
私は、そんな話をしている人達をしり目に、部屋へと戻った。
すべてがうまく行ったとは言わないけど、とりあえず何とかなりそうで何よりである。
あの村の温泉は最高だったし、いつかまた、もう一度来てみたいね。
そんなことを思いながら、今後の日程を考えるのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。
今回で、第二部第二十章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第二十一章に続きます。