第五百六十二話:領主の願い
「私はお前にこの町の管理を任せたが、その任を全うできていると、心から言うことができるか?」
「え、ええと、それは……」
領主の圧に、町長はたじたじの様子である。
領主の話を聞いている限り、この町も、村と同じく観光地として発展してきた歴史があるらしい。
それこそ、村ができる前からある町であり、過去には、多くの観光客で賑わっていたようだ。
しかし、温泉が見つかり、その近くに村が作られたことによって、だんだんと観光客を取られていった。
まあ、温泉という明確な観光材料がある村と、食事くらいしか取り柄がなかった町では、差がありすぎる。
もちろん、町の方も、このままではいけないと、色々手を尽くしたようだ。
娯楽施設を作り、サービスを充実させ、村にも負けないくらいの観光地として、発展させてきた。
領主も、その姿勢は評価していたし、村ともども発展してくれていったらいいと思っていた。
しかし、ある時から、町の方針が変わった。
以前は、町に来る者は誰であろうと歓迎していた町だったけど、やがてより金の取れる商人や貴族を優先するようになった。
娯楽施設はそう言った人達限定のものとなり、宿屋ですら、服装で人を判断するようになったようだ。
さらに、町の強みであった食事処を潰し、その場所に貴族向けの娯楽施設を建設するなど、とにかく金を儲けようという方針に変わっていったらしい。
お金を稼ぐという意味では、それも間違っていないのかもしれないけど、領主はあくまでも、皆に楽しんでもらえる町としての成長を望んでいた。
それは、先代からの意思であり、町長を任命した時にも、そうあるようにと願われるほどのことである。
それなのに、この町長はその意見を無視し、金儲けに走った。
これは、領主に対する裏切り行為にも等しいことである。
「まあ、町を運営する以上、財源は必要だし、金儲けをするなとは言わない。だが、そのために人を選別するような真似は私の望むところではない」
「そ、そうは言いますが、町の運営には、莫大な金が必要になります。貧乏人まで相手にしていたら、この町は破綻してしまいまずぞ!」
「ならば、まずは無駄を見直せ。もし、今の状況で財源が足りないというのなら、それは規模が大きすぎるからだ。成長を急ぎすぎて、破滅するなど、馬鹿のすることだ。お前も、それがわからないほど頭は悪くないだろう?」
「し、しかし……」
領主の言うことは間違っていないと思う。
確かに、領主は町が発展することを願っていたし、町が発展すること自体にはそこまで文句はないと思うけど、それで結果的に破滅に向かうようでは何の意味もない。
景気のいい時に建てた建物の維持費などが、今の財政を圧迫しているなら、それは身の丈に合っていないということ。
まずは、今の財源でどうにかできる規模に縮小し、町の財政の健全化を図るべきだろう。
間違っても、足りないなら搾り取ればいいなんて考え方をしてはいけない。お客さんも、町の住人も、町長のATMではないんだから。
「あ、あの村がなければ、もっと客を呼べるはずなのです! この町の発展を願うのなら、あんな村ではなく、我が町に投資してくださいませんか!?」
町長は、何とか理由を絞り出そうとして、またしても村のことに触れた。
町長の言い分では、村ができたことによって、客が流れて行ってしまい、そのせいで財政が苦しくなったから、金持ち相手の商売にシフトするしかなかった、と言いたいらしい。
確かに、村ができたことによって、村目的の観光客が増えた結果、町に滞在する人は減ったかもしれない。
だけど、それがイコール財政が苦しくなったとは結び付かないんじゃないだろうか?
だって、あの村に行くためには、街道の関係上、この町を通る必要がある。
村までの距離を考えても、この町に来たなら、ここで一泊して、次の日に村を目指そうという風になる人が多いだろうし、村の客は町の客と言っても過言ではない。
もちろん、多少は町に寄らずに村を目指す人もいるかもしれないが、村の位置からして、帰りにもこの町に寄る可能性はあるのだし、そんな大きくお客さんが減ったとは考えにくい。
仮に、町長の言ってることがすべて本当のことだったとしても、あの村は、領主にとって特別な村である。
それは、先ほどの領主の反応を見てもわかることだろうし、そんな人相手に、あんな村はどうでもいいから自分達のことを見てくれ、なんて言ったら、怒りに触れるのは間違いない。
案の定、領主は冷めた目で町長を見ている。
根底にある、自分達の方が偉いというような考え方が抜けてないんだろうね。情けない限りだ。
「……どうやら、私の目は曇っていたようだ。お前のような者を町長に任命してしまうとはな」
「な、何を言って……」
「私は、町の発展を願っている。だが、それは他者を蹴落とすようなやり方ではなく、自ら成長してほしいと願うものだ。お前は、その理念を理解していない。町長という重い責務を負うには、力不足だろう」
そこまで言われて、町長も領主が何を言いたいのか把握したようだ。
領主としても、反省してちゃんとやってくれるなら、もしかしたら許したのかもしれない。
でも、この様子を見るに、このままでは村の障害となるのは間違いない。
ならば、そんな危険因子を町長にしておくわけにはいかないだろう。
「ま、待ってください! 私は町長として、誠心誠意この町の発展に努めてきました! そんな私を、クビにするというのですか!?」
「お前がその態度を改めないのであれば、仕方あるまい。ただでさえ、町の発展に問題があるというのに、その上で温泉の無断使用の件もある。責任を取るには、十分すぎると思うが?」
「お、温泉の件は、領主様の許可をいただいて行ったものです! それを理由にされては困ります!」
「ならば、どちらが間違っているか、白黒つけよう。もし、この町の温泉が正式なものであるなら、その源泉に案内することもできるな?」
「う、ぐ……わ、わかりました。お連れいたしましょう」
これ以上は言い逃れられないと思ったのか、町長もようやく頷いた。
さて、後はこれで源泉の場所があの村の源泉であることがわかれば、もはや言い逃れはできない。
ただ、ここまでくると、何をしでかすかわからないのも事実。
クビになるのを恐れて、領主を攻撃してくる可能性もあるからね。
護衛として、しっかりと守らなければ。
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