第百三十三話:魔石を持ち込んだ
時刻はお昼を少し過ぎた頃。皇帝への報告が意外にも長引いたこともあり、太陽はすっかり高くに上っていた。
報酬自体はギルドの方から出ることもあり、アグニスさんとお姉ちゃんはギルドへと向かっていったので道中は私とアリアだけだ。アリアはいつも通り姿を消しているので見た目には私一人のように見える。
すでに何回も通った道を歩きながら工房へと向かっているのだが、さっきからやたらと見られているのが気になっていた。
王子に聞いたところによると、竜人というのは獣人とは少し異なるらしい。先天的に獣の特徴を持って生まれる獣人だが、これは親に獣人を持つ者の間に出来るもので、別に獣と交わって出来るわけではない。獣人の祖先は獣とされているが、現代では倫理的にも獣と交わることはタブーとされているし、仮に交わったとしても親が獣人の子を産む可能性は零に等しい。
対して、竜人の親は竜人の他に、竜と交わって出来た子も竜人となる可能性があるのだとか。現代では竜は極めて希少な存在だし、また大きさも違いすぎることからこの説を否定する者もいるらしいが、肯定派の意見では竜は人に化ける能力を持っており、その力を使って人との間に子孫を残していたのではないかと言われている。
実際、竜人のルーツはよくわかっておらず、本当に竜との間に生まれた子孫なのか、はたまた獣人の突然変異なのか結論は出ていない。しかし、王子は竜との間に生まれた説を信じているようだった。
竜人の身体能力は極めて高く、大昔には魔王と恐れられた竜に従って人間と敵対していたこともあり、分類的には魔物に近いのだという。今残っている子孫達は多くの迫害を受けながら徐々に数を減らしており、今や絶滅危惧種のような状態だ。
だから、竜人というだけで珍しがられるし、人目も引く。国によってはそこにいるだけで石を投げられるようなこともあるらしいが、ゴーフェンはその辺りは寛容なので見られる程度で済んでいるのだ。
これが翼を出しているだけで問題だというなら隠蔽魔法でもかけたところだけど、ただ珍しがられるだけだというならわざわざそんなことをする必要もない。そう思っていたんだけど、思ったより視線がキツイ。
別に非難しているわけじゃない。通り過ぎた後にひそひそ話をしているが、たわいもないものばかりだ。
「なんだあれ、鳥の獣人か? やけにごつい翼だが」
「まさか竜人? 今どき珍しい人もいるもんだね」
「見た目は可憐な少女だというのに破壊を体現したかのような翼と尻尾の迫力、ギャップがあっていいな」
「可愛いなぁ。嫁に欲しい」
こんなのばっかり。最後のはよくわからないが……。まあ、敵対されないなら何でもいいんだけど、あまり居心地はよくない。工房に着いたら隠蔽魔法をかけてしまおうか。
人目にさらされながら歩くこと数十分、ようやく目的の場所に辿り着くと、控えめにノックをしてから扉を開いた。
「いらっしゃい……って、何だお前か。どうしたんだその翼?」
出迎えてくれたのはザック君だった。奥のカウンターにはお父さんの姿も見える。
ザック君は私の翼に驚いたようだったけど、やっぱり目立つよねこれ。
私はすぐさま隠蔽魔法をかけ、翼と尻尾を隠した。服は翼に押し上げられて不自然に立ってしまっているからちょっと怪しい感じになってるけど、遠目には気が付かないだろう。
知り合いの少女が翼を生やしてやってきたこととそれをすぐさま消してみせたことでたいそう驚いていたようだったが、何とか平静を取り戻したのか口をへの字に曲げて話しかけてきた。
「魔石ならまだ見つかってない。お前の厚意はありがたいが、設計図も見せるわけには……」
「いえ、魔石なら入手できたので、持ってきましたよ」
「……は? なんだって?」
ぽかんと口を開けるザック君の後ろからお父さんがやってくる。
「お嬢ちゃん、それは本当か?」
「はい。これくらいで大丈夫でしょうか?」
私はポーチからギガントゴーレムの魔石を取り出す。
魔力溜まりから生まれたというだけあって品質は一級品であり、大きさも余裕で要求以上の大きさとなっている。属性は土だけど、最近まで全く魔石が見つからなかったことを考えれば破格のものだろう。
お父さんは「おお……」と感嘆に息を漏らしながら恭しく魔石を受け取る。状態を確認し、それがいいものだとわかると興奮気味に私を見つめてきた。
「嬢ちゃん、これを一体どこで!?」
「鉱山に出現していたギガントゴーレムを狩りました。これなら足りますよね?」
「ギガントゴーレムだって!? た、確かに土属性ではあるが、じ、嬢ちゃんが一人で?」
「いえ、仲間の冒険者と一緒に。魔石の方は好きにしていいと言われたので持ってきました」
予想外に多額の報酬だったこともあり、魔石を換金してさらに稼ごうとかそういった気力は失せていたようだった。多分、この魔石も売れば相当な値段が付くだろうけど、これ以上稼いでもしょうがない。報酬の分配もお姉ちゃんからしたらまだ納得いっていなかったようで、「ハクはもっと貰うべき」と魔石を押し付けられたという経緯もある。
一個あれば十分だとは思うけど、これなら仮に失敗したとしても予備がある。ギガントゴーレムの魔石が使えなかったとしても魔力溜まりで採取した魔石がゴロゴロ残っているし、材料には事欠かないだろう。
後は残りの期間で魔道具を完成できるかどうかが問題だ。
「これだけの大きさがあれば十分だ。ありがたく買い取らせてもらうよ」
「いえ、報酬はもう十分すぎるほど受け取っているので差し上げますよ」
「えっ!? い、いや、しかし……」
お金はいくらあってもいいとは思うが、すでに方々へ駆けこんで魔石を集めていただろうし、これほど大きな魔石ともなればかなりの値段がするだろう。
この依頼を達成できなければ店を潰されるというプレッシャーがあるとはいえ、流石にそこまで散財してしまったら生き残れても店が傾てしまうかもしれない。それでは本末転倒だ。
だからお代はいらないと思ったのだが、お父さんは頷いてはくれなかった。
まあ、金額が金額だし、それに正式に狩ってきたものだとは言えお父さんからしたら出所不明のものだ。慎重にもなるか。
「でしたら、お代の代わりに作るところを見せていただけませんか? 魔道具作りは少し興味があるので」
「そ、そんなのでいいのかい?」
「はい。お願いします」
元々魔石の特性については興味があった。そして、それを使って作られる魔道具もまた興味の対象であった。
店に置かれている魔道具は様々で、人々の生活に根差したものが多かった。魔石をそのまま使っているものもあるが、それぞれの属性の魔石の特性を理解し、どんな人でも扱える魔道具に仕立てるというのは中々に面白そうだった。
だから、せっかく魔道具作りの工房に来たのだからその作業過程を見せてもらえるならこれほど面白そうなことはない。場合によっては自作することもできるかもしれないし、見ていて損はないだろう。
お父さんは少し渋っていたようだったが、最終的には折れてくれたようだった。
魔石を大事そうに抱えながら慎重に奥の工房へと入っていく。私とザック君もその後に続いた。
「そういえば設計図を見たがっていたな。こんな立派な魔石を提供してくれたんだ、嬢ちゃんになら見せても大丈夫だろう」
作業台に魔石を置きながら引き出しから一枚の羊皮紙を取り出すと机の上で広げてみせる。
羊皮紙には細かな採寸や形状が描かれた設計図が描き込まれていた。見たところ、形としては銃に似ている気がする。
銃口はラッパのような形状で、かなり大きく、両手で支えることを前提とした造りのようだ。メモ書きには「電磁結界発生装置」と書かれているらしい。詳しいことはよくわからないが、雷の魔石によって電磁波を発生させ、それを使って人体を覆うことを目的としているようだった。結界と言っているし、何かを防ぐ目的で設計されているのではないだろうか。
電磁波で何かを防ぐ。依頼主は何を持ってこんなものを作らせようとしているのだろうか。魔道具にも色々あるとは思うが、これは結構珍しい部類なのではないだろうか?
これは見たところで名案なんて浮かばなかったかもしれない。素直に魔石を持ってくる形にしてよかったか。
「よし、それじゃあ早速取り掛かる。ザック、お前も手伝え」
「任せろ」
気合を入れて工具を取り出すお父さんとそれに応えるザック君。
さて、魔道具職人のお手並み拝見と行こう。一体どんな作業なのか楽しみだ。
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