第五百六十話:足止め
雪で立ち往生するアクシデントはあったものの、順調に旅を進めていた。
この調子なら、明日にでも辿り着けると思っていたのだが、そんな折、前方になにやら怪しい集団がいることに気が付いた。
探知魔法で見てみる限り、そこにいたのは八人。街道の真ん中で、馬車が立ち往生してしまったのか、停車しているようだった。
街道では、こういったトラブルはよくある。何らかの理由で、馬車が動かなくなってしまい、街道が封鎖されてしまうってこと。
ただ、妙なのは、その他の気配だ。
八人と言ったが、そのうち二人は馬車の側にいるものの、残りの六人は街道から離れた場所にいるのである。
最初は、近くに魔物がいて、その反応が出ているのかなと思ったけど、経験からして、これは人の気配だ。
目視でも確認してみたが、どうやらいるのは、岩の陰や木の陰と言った死角のようである。
明らかに、隠れて待ち伏せているって雰囲気だ。
まさか、もうばれたのか?
確かに、領主はかなり慌ただしく町を出たし、いくら王都から招集があったというカバーストーリーを流したとは言っても、ちょっと調べれば嘘だってことはわかるだろう。
私達が、村からの手紙を持ち込んだということは、門番さんなどから漏れていてもおかしくはないし、村の源泉を勝手に使っているということを咎められると思った人が、刺客を送り込んできたと考えれば、この状況も頷ける。
ただ、あまりに早すぎる気もする。
だって、私達は、普通の馬車よりよっぽど速いスピードで進んできた。
すぐに異変に気付いて、あの町から来たとしたら、いつの間に追い越したのかってことになる。
それとも、こいつらは先にある町の方から来たんだろうか?
通信魔道具を使えば、瞬時に連絡を取ることも可能だし、それを利用して先回りした可能性はあるかもしれない。
いずれにしても、ちょっと面倒なことになりそうである。
「ああ、すみません。この雪で、立ち往生してしまって」
止まっている馬車に近づくと、近くにいた二人がそう言って話しかけてくる。
どうやら、領主がいた町まで行きたかったようなのだけど、あまりに雪が激しくてそうそうに立ち往生してしまい、困っているのだとか。
特に雪対策もしていなかったので、どうすることもできず、こうして雪が止むのを待っている状態らしい。
「すいませんが、雪が止むまで待っていてくださいますか?」
「いえ、急いでいるので。雪なら、ほら、この通り」
私は、周りにある雪を火魔法で瞬時に溶かす。
ちょっと水蒸気であたりが白くなったけど、埋もれていた車輪も復活し、ひとまずは動ける状態にはなった。
もちろん、この先に進むには、雪道を通る必要があるし、またどこかで立ち往生してしまうかもしれないが、そんなのは私達には関係ない。
そもそも、ここは例の町から一日程度しか離れていない場所。
こんな雪が降っている日に馬車を出す方がおかしいし、先に進みたいのだとしても、雪がやんでから行くのが普通だろう。
強引に通ろうとしているからには、私達のように何か理由があるのかもしれないが、だとしても、それに私達が協力してあげる筋合いはない。
だから、動くようになったのなら、そうそうに場所を明け渡して、通れるようにしてもらいたいところだ。
「なっ、一瞬で雪を……」
「これで動かせますよね? さあ、端に避けてくださいますか?」
「うっ……い、いえ、実は車輪の軸が少々傷んでおりまして、今動かそうとすれば、ボキッといってしまうかもしれません。そ、それに、馬達もすっかり冷えてしまって動きが悪いですし、もうしばらく待っていただけると……」
なんだかもっともらしい理由を並べてきているけど、要はこの先に行かせたくないってことが見え見えである。
やっぱり、領主の足止め役なんだろうか?
足止めして何する気かは知らないけど、証拠を隠す準備でもしているのかもしれない。
まあ、川なんて隠しようがないと思うから、他の書類とかかもしれないけど。
どっちにしろ、ここで足止めされてやるいわれはない。さっさと済ませよう。
「そちらで移動させるのが難しいなら、こちらで移動させてあげましょう。もちろん、馬車を傷つけることはしませんよ」
「ま、待ってください! 下手に動かして壊れたら、弁償してもらいますからね!?」
「構いませんよ。では」
私は、浮遊魔法で馬車を浮かし、街道の端へと移動させる。
軸がどうとか言っていたけど、見た感じ、特に傷んでいる様子はない。
まあ、雪のせいで若干濡れているのはあるけど、これくらいで壊れるほど、馬車はやわじゃない。
まあ、嘘だってわかってたけどね。周りに展開させている人達がいるし、何かしようとしているのはわかる。
「さて、これで通れますね。では、私達はこれで」
「ま、待って!」
「ええい、面倒だ! お前達、やっちまえ!」
しびれを切らしたのか、一人が態度を豹変させて、高らかに叫んだ。
その瞬間、周りに待機していた人達がぞろぞろとやって来て、私達の馬車を取り囲む。
皆、手には武器を持っており、風貌も盗賊っぽい。
いや、服装からして、盗賊に似せているだけだろうか? あまりに綺麗すぎるし。
あわよくば足止めして、そうでなければ実力行使ってプランだったのかもしれない。
足止めとしては優しい方だけど、結局襲い掛かってくるなら、容赦する必要はないよね。
「ハク、やっちゃっていいわよね?」
「うん。でも、殺しちゃだめだよ」
お姉ちゃんを始め、こちらもこうなることはわかっていたのか、やる気満々である。
勇敢にも挑みかかってくる盗賊風の男達は、まさか自分が負けるなんて思っていないようで、にやついた笑みを浮かべていた。
やれやれ、せめて寝込みを狙うとかすればいいのに。正面からこのメンバーに勝てる人なんて、そうそういないよ?
「ぐぁー!?」
案の定、私が呆れた様子で見守っている間に、決着はついた。
さて、こいつらから何か情報が取れれば、証拠になるだろうか?
適当に縛り上げて、少し尋問することにする。
「し、知らねぇ! 俺達は、ただここを通る馬車を足止めしろって言われただけで……」
「……と言ってますけど、どうでしょう?」
「ふむ。確か、そこの男は、あの町の町長の側近の使用人だったはずだな。以前訪れた時に、見た覚えがある」
「なっ!?」
安全も確認できたので、領主にも立ち会ってもらったのだけど、そうしたら、一人に見覚えがあるようだった。
町長の側近が、わざわざ盗賊まがいのことをするとはねぇ。
証拠としてはそんなに強くないけど、でも、領主に危害を加えようとしたというだけでも、十分すぎる罪にはなる。
あの町の町長も、焦って墓穴を掘ったみたいだね。
「まあ、詳しい話は後でゆっくり聞かせてもらおう。今は、早く先に進みたい」
「わかりました。こいつらはどうしましょう?」
「できれば連れて行ってやって欲しい。流石に、この寒空の下で放置していたら、死んでしまうかもしれないから」
「了解です。縄につないで連れて行きましょう」
本当なら、一緒に連れて行くと色々面倒くさいし、速度も落ちてしまうから嫌なんだけど、確かに、このまま放置して死んでしまっても困るからね。
幸い、町まではそう遠くないし、さっさと警備隊に引き渡してしまえば、すぐに軽くなると思う。
まあ、その町が例の温泉の町だから、警備隊も信用できるかはわからないけどね。
最悪、何人か残して、監視する必要があるかもしれない。
果たして、町はどちらの味方をするんだろうね?