第五百五十九話:急いで村へ
その後、準備を整え、さっそく村へと向かうことになった。
しかし、領主も多忙であり、いきなり数日間も日程を開けることは難しい。
本来なら、仕事が落ち着いてから、ゆっくりと準備をして行く方がよかったのかもしれないが、領主としては、そんなのは待っていられないようだった。
今まで、助けようとしても助けられなかった村。それを、助けられるかもしれない希望が見えてきたのである。
今でこそ、私達が魔物被害は食い止めたとはいえ、お客さんが来ない今の状況が長く続けば、結局村は衰退していくばかりである。
だから、一刻も早く向かいたいと、いくつかの予定を強引にキャンセルして、向かうことにしたようだ。
傍から見れば、いったい何事かと思うだろうけど、その辺に関しては、王都からの招集があった、という体で誤魔化すことにしたらしい。
王様から直々に呼び出されたとあっては、応えないわけにはいかない。この理由なら、他の予定もある程度は融通が利かせられるとの判断である。
もちろん、絶対に王様から招集があったとは言ってはいけない。そんなことをしたら、王様の名を勝手に使用したということで罪に問われてしまうからね。
あくまで、王都からの呼び出し、ということにしておく必要があるわけだ。
もし、深く突っ込まれるようなら、私が呼び出したということにすれば、問題はないしね。。
ただの剣爵が辺境の領主を呼びつけるって一体どんな理由だとは思うけど、そんなものは後ででっち上げればいい。
そう言うわけで、多少強引に準備を整え、村に向けて出発した。
「改めて、礼を言わせてほしい。手紙を届けてくれたこと、そして、護衛をしてくれること、感謝する」
「私達は、ただやりたいからこうしているだけですよ。お気になさらずに」
道中は、しまっていたゴーレム馬を再度使うことにした。
普通の馬車だと、一週間以上はかかる道のりだからね。
今はどうにか時間を作ってこうして出発したわけだけど、その嘘がばれるのも時間の問題だろうし、なるべく早く終わらせていかなくてはならない。
まさか、ここまでゴーレム馬を使うことになるとは思わなかったけど、作っていてよかったかもしれない。
「到着まで時間がありますし、ひとまず、私達が村に着いた後の経緯を話しますね」
手紙を渡した時にも少し話したが、今村が抱える問題を明確にすべく、初めから話すことにした。
特に重要なのは、魔物が友好的だという点。
基本的に、魔物は人類の敵という立ち位置だから、見つけたらすぐに倒すというのが普通のことだけど、あの村の近くの山に住む蜘蛛型の魔物は、どういうわけか、温泉を気に入り、それを共に共有する村人達を敵と思っていない。
私達が源泉に辿り着いた時も、特に警戒する様子もなくくつろいでいたし、本当に戦う気はないんだと思う。
そして、そんな魔物がなぜ街道の敷石を荒らしていたのかの理由についても話した。
結局、これは他の町が無断で引いた川を止めるためのダムとして利用する石を集めていたということであり、元を辿れば、悪いのは町ということになる。
川を潰せば、止める理由もなくなるわけで、わざわざ街道の敷石を狙うこともなくなるだろう。
魔物の問題と町の問題は、関係ないように見えて、同じ原因だったというわけだ。
「……なるほど。魔物が友好的だというのには驚いたな。しかも、村を守るために行動してくれてさえいたという。本当に魔物かどうか疑いたくなるな」
「その気持ちはわかります。ですが、近くに寄っても、触っても、大声を上げても、特に襲われることはなかったので、下手に敵対しなければ、あちらも攻撃してくることはないと思います」
「ハク殿が言うなら間違いないだろう。私も会ってみたいものだ」
そう言って、からからと笑う領主。
いくら友好的でも、魔物に会いたいと思うのはどうかと思うけど、まあ、気持ちはわかる。
ふと、空を見上げると、雪が降り始めていた。
ここまで割と晴れの日が多かったから、これは想定外かもしれない。
あんまり降りすぎると、街道も埋まってしまうし、到着が遅れてしまう。
早いところ進まなくては。
「雪も降ってきたので、少し急ぎます。揺れるかもしれませんが、ご容赦を」
私は、ゴーレム馬に急ぐように伝える。
さて、無事に辿り着くことはできるだろうか。
そうして、進むこと数日。
あれだけ晴れていたのが嘘のように、雪に降られまくり、進むのはだいぶ困難を極めた。
一応、この馬車は雪道にも耐えられるように装甲を施したものではあるけど、本格的に積もった雪道を通ることは想定されていない。
車輪も空回りしまくるし、無理に進めば、どこかで立ち往生してしまうことだろう。
それでも少しでも距離を稼ぐために強引に進んでいたんだけど、村まであともう少しと言ったところで、とうとう進めなくなってしまった。
「割といいペースだったけど、流石にこれ以上は難しいか……」
「車輪が完全に雪で埋もれちゃってるわね。これじゃあ、雪かきしても、ちょっと進んだらまた同じことになりそう」
現在いるのは、周りを草原に囲まれた、街道の中ほど。
町に近い場所であれば、街道は定期的に整備が成されていて、雪かきとかもされているけど、離れている場所はその手が届かないことも多く、雪が積もりまくっている場所も多い。
ここまで、ほとんど雪が積もっていなかったのを見て、この程度かと思っていたけど、あまりに長居しすぎたようだ。大雪のシーズンに突入してしまったのかもしれない。
「どうする? 魔法でこのあたり一帯の雪を溶かすという手もあるけど」
「とりあえずはその方向で行こうかなって思ってる。町の近くまでいければ、多少は進みやすくなるはずだし」
かなりの積雪量ではあるけど、火魔法で溶かすことは十分可能だ。
まあ、ゴーレム馬を操りながら、魔法で街道の雪を溶かすって言うのはなかなかに難しいことではあるけど、やってやれないことはない。
いや、できれば別の人にやって欲しいけどね。
この中で、火魔法が使える人というと……。
「それなら、私がやりますわ」
「ハクに教えてもらった火魔法、今こそ披露する時が来ましたわね」
そう言って、手を上げたのはシルヴィアとアーシェである。
確かに、二人とも火魔法が使えるから、この中では適任かもしれない。
「なんとしても、村まで辿り着きますわよ」
「村を救うんですの」
かなり気合が入っているようで、さっそく雪を溶かし始めた。
一気に溶けた雪が水となり、街道に流れ出す。
早いところ進まないと、凍って滑ってしまいそうだから、早めに抜けるとしよう。
さて、これでだいぶ楽になった。
恐らく、ペースを落とさずに進めれば、後一日二日もあれば着けるはず。
張り切って進むとしよう。
感想、誤字報告ありがとうございます。