第五百五十七話:手紙を届ける
それから、快適に走行すること二日ほど。ようやく配達人へ追いついた。
突如現れた私達に、驚いた様子だったけど、事情を話せばすぐに納得してくれたのか、領主への手紙を渡してくれた。
後は、領主がいる町へと赴き、渡すだけである。
とりあえずは、追いつけて良かった。
最初から、竜の翼で領主の町まで行ってもよかったけど、入れ違いになる可能性もあったからね。
結末を自分達の目で見届けたい以上は、ちゃんと自分で渡す必要があった。
「後は届けるだけだね」
「ちゃんと動いてくれるかしら」
配達人と別れ、そのまま領主のいる町へと向かう。
距離的には、あと三日ほどの距離らしいのだけど、今の馬車なら、後一日もあれば着けそうな気がするね。
「今日はここまでかしら?」
「そうだね」
それから、しばらく進んだ後、野営をすることになった。
ちょっと場所が中途半端だけど、夜になってしまったし、これ以上進むのは危険だろう。
テントを張り、【ストレージ】から取り出した薪で焚火を作って、食事の用意をする。
この辺りは、手入れの行き通った街道だから、魔物はそんなに寄ってこないだろう。
来るとしたら、盗賊くらいだけど、まあ、来たとしても何とか出来るから問題ない。
念のため、見張りとしてお兄ちゃんが夜番してくれるらしいから、私達はぐっすり眠るとしよう。
お兄ちゃんに感謝しつつ、その日は眠りについた。
翌日。特に何事もなく夜を過ごし、準備を整えて出発する。
実を言うと、先の方に町はすでに見えていたんだよね。
距離的にはまだまだかかりそうだけど、私の目なら、それくらいは見える。
ここまでくると、ゴーレム馬はもうしまった方がいいだろう。
速度が出せるのはいいけど、見た目が普通の馬と比べてちょっとおかしいからね。
ここまで頑張ってくれたことを労いつつ、【ストレージ】にしまい、馬を馬車につなぐ。
さて、後ひと踏ん張りだ。
「ここが領主のいる町?」
「結構大きいですね」
そうして進むことしばし、ようやく町へと辿り着いた。
城壁に囲まれた、割と大きな町。
この辺りは、オルフェス王国で見ると結構端の方なんだけど、それ故に、守りはしっかりしているらしい。
中へと入り、とりあえず宿屋に向かう。
このまま領主の家に向かってもいいけど、流石に馬車二台で乗り付けるのはちょっと失礼な気がしたしね。
いや、貴族ならむしろそれが普通なのかな? 歩いて向かう方が稀な気がする。
まあいいや。一応、私達は村長の代理という立場だし、歩いて行った方がいいだろう。
宿屋にチェックインし、馬を預かってもらう。
さて、後は領主の家に行くだけだけど。
「さて、誰が行く?」
「全員じゃダメなの?」
「いや、こんなに大勢じゃ対処に困るかなって」
流石に、10人以上もぞろぞろ来たら困惑するだろう。
普通に失礼だと思うし、ここは一人、あっても数人で行くのがいいと思う。
私は、手紙を預かった身として行くつもりだけど、他にも誰か行く人はいるだろうか?
「私は当然ついて行きます」
真っ先に手を上げたのは、エルである。
まあ、エルはいつも私と一緒だし、なるべく離れたくはないだろうからね。ある意味当然と言えるだろう。
「でしたら、私が行きましょう」
「一応、ここの領主夫人とは面識がありますわ」
そう言って、手を上げたのはシルヴィアである。
アーシェの捕捉によると、ここの領主の奥さんとは、社交界で何度か会ったことがあるらしい。
話したことは数回程度だが、それでも全く知らない仲でもないということなので、適役と言えるだろう。
アーシェも行きたがっていたようだけど、流石に、多くなりすぎるということで、今回は姉に譲ったようだ。
まあ、これで十分かな? 他の人は、申し訳ないけど、ちょっと待機していてもらおう。
「それじゃあ、この三人で向かおうか」
「はい」
「きちんと改善してもらいましょう」
手紙を携え、いざ領主の家へと向かう。
そう言えば、先ぶれを出していなかったな。直接乗り込んで会ってくれるだろうか?
いや、そこらへんはシルヴィアもいるし、多分何とかなるか。
若干不安を覚えつつも、歩みを進める。
教えてもらった通りの場所に行くと、そこには立派な屋敷があった。
「ここは領主、アナン様の屋敷です。御用のない方はお引き取りください」
「すいません、私達、村から手紙を預かってきた者です。領主様宛なのですが、中に入れてくださいませんか?」
「村から手紙? 少々お待ちください」
門番に話を通すと、確認のために直ぐに引っ込んでいった。
王様に会いに行く時はもう全然緊張しないけど、初対面の人に会いに行くのはまだちょっと緊張するな。
ちょっとそわそわしながら待っていると、門番が戻ってきた。
「確認が取れました。お会いになるそうです」
「ありがとうございます」
そう言って、すんなりと通してもらえた。
応接間へと通され、お茶がふるまわれる。
さて、領主はどんな人物なのか。
しばらく待っていると、扉が開く。現れたのは、少し背の高い男性だった。
「君達が、村からの遣いか? よく来てくれた」
後ろから、数人の護衛を引き連れ、ソファへと腰を掛ける男性。
割と気さくに喋りかけてきてくれて、印象は悪くない。
私達は、さっそく自己紹介をして、手紙を渡す。
領主は、その場で手紙を開き、読み始めた。
「……なるほど、あの町が無断で温泉を引いていると」
「はい。源泉を確認してきましたが、確かに村人に覚えのない川が引かれていました」
「まさか、そんな大それたことをするとは……もっと気を配っていれば……」
手紙を読んだ領主は、かなり悔しそうに表情を歪ませていた。
話を聞くと、領主は、まだ子供の頃から、あの村の温泉に通い、かなり気に入っていたらしい。
だから、魔物騒ぎが起きた時も、真っ先に援助を申し出た。
しかし、いくら街道を敷き直しても、魔物に食われるばかりでお金の無駄と言われ、徐々に手を貸せなくなっていった。
さらには、村の温泉と見まがうほどの泉質の温泉が町で入れるようになったとあって、わざわざ村に援助する理由もなくなっていった。
だが、それは周りの意見であって、自分の意見ではない。
領主も、なかなか苦労してきたみたいだね。
「あの村の温泉は、私にいつも活力を与えてくれた。どうにかできないかと思っていたが、ようやく希望の光が見えてきたぞ」
今までは、あの村の価値は、温泉だけであった。
しかし、その温泉も、町で入れるようになったとあって、その存在価値も低くなってきた。
町からは、あんな村放っておいて、ぜひ自分の町に来てくださいと言われたこともあったらしい。
だが、それが無断で引かれたものだとわかった今、村を手助けする理由ができた。
町の温泉を潰し、村の資源を守る。領主は覚悟を決めたようだった。
「ありがとう。これで皆を説得できる」
そう言って、頭を下げる領主。
どうやら、ちゃんと動いてくれそうで安心した。
後は、行く末を見守りたいところだね。
私は、やる気に満ち溢れている領主を見て、安心感を覚えた。