第五百五十五話:秘密兵器
翌日。私達は、村長さんに許可を貰って、領主に届ける手紙の配達を引き受けた。
すでに配達人は出発しているようだったが、出発したのは昨日の朝らしいので、今ならまだ追いつけるだろう。
領主が住む町のことも教えてもらったので、ひとまず追いかけることにした。
「それにしても、魔物と和解なんてできるのね」
道中、御者をしながら、お姉ちゃんがそんなことを呟く。
魔物とは、魔力から生まれる凶悪な生き物という認識が強い。
動物と違って、手懐けることも難しく、もし遭遇しようものなら、下手をすれば命を落とす。
だから、魔物に嫌悪感を抱く人はたくさんいるし、中には恨んでいる人だっているだろう。
そんな中で、あの山の魔物達は、村人のことを仲間と認識し、襲うことはしなかった。
まあ、村人が食料となる鉱石を持っていなかったから、という理由もあるのかもしれないけど、それでも、明確に共存の道を選んでいたのは、とても珍しいことだと思う。
本来なら、たとえ言葉が喋れる魔物であっても、隙あらば命を狙ってくるというのに。
長く冒険者を続けているお姉ちゃんからしたら、とんでもないことなのかもしれないね。
「言葉が通じなくても、気持ちは伝わるってことだね」
「でも、ああいう事例を知ってしまうと、次に魔物と相対した時に、躊躇しそうで怖いわ」
「まあ、確かにね」
今までは、魔物は人類の敵、即座に排除すべし、って感じだったのに、もしかしたら話せばわかってくれるかもしれないなんてことになったら、倒すことに迷いが生まれてしまう可能性がある。
そして、その迷いは、時に致命的な隙となるかもしれない。
ひと思いにやってやれば助かったかもしれないのに、それで命を落としたなんてなったら、笑い話にもならない。
だから私は、基本的には魔物を見たら、倒すようにすると思う。
もちろん、今回のように、明らかに敵対しないって言うなら話は別だけど、襲い掛かって来たり、襲っているのを見たとなれば、多分容赦はしないだろう。
この決意が、鈍らないとも限らないけど、そう考えておかないと、なにも倒せなくなってしまうから。
そんな話をしながら昨日降った雪で余計にぬかるんだ道を通り、ようやく舗装された街道まで戻ってきた。
どうやら、領主が住むという町は、例の温泉を無断で引いていた町ではなく、また別のところにあるらしい。
方角的には、王都とは逆方向なのかな? 多分、旅の途中では通らなかったところだと思う。
方角も方角なので、街道の分かれ道を逆に行き、そのまま町を目指す。
「今日はこの村で休憩しましょうか」
しばらくして、日も落ちてきた頃、私達はとある村に辿り着いた。
先程までいた村と違って、結構小さな村で、温泉なども何もない。
宿屋も少なく、私達全員が泊れるような部屋はなかった。
一応、好意で村長の家に数人泊めてもらえることになったけど、やっぱり観光資源でもないと、あまり発展しないんだろうか。
まあ、そこまで飢えているようには見えないから、問題はないのかもしれないけど。
「この調子だと、明日か明後日には追いつけるかしら」
「あっちも馬に乗ってるるらしいですから、ちょっと急がないと追いつけないかもしれないですね」
どうやら、伝令用の馬を使っているらしいんだけど、訓練された早馬ほどは速くはないらしい。
まあ、それでも普通の馬車よりはよっぽど速いと思うけどね。特に、今回私達が乗る馬車は、雪道にも耐えられるようにと装甲を施した若干重いものである。
馬に無理をさせない範囲で走ろうとすると、どうしても遅くなり、同じペースで進んでいたらどうあっても追いつけない。
あっちが何かアクシデントに巻き込まれて、立ち往生しているとかなら話は別だけどね。
なので、ここは一つ、秘密兵器を使おうと思う。
「明日からは、別の方法で馬車を牽いてもらおう」
「別の方法って、ハクが竜の姿になって牽くとか?」
「それでもいいけど、もっといいものがあるんだよ」
「?」
みんなわかっていない様子だけど、これに関しては、私もごく一部の人にしか見せていないから、当然と言える。
楽しみにしておいてと、少しもったいぶりつつ、眠りにつく。
その日は、なかなか眠れなかった人もいたようだ。
そんなこんなで翌日。私は、村を後にして、少し距離を置いた後、さっそく秘密兵器を取り出すことにした。
【ストレージ】から取り出すのは、一頭の巨大な馬である。
本来、【ストレージ】に生き物は収納できないが、この馬は本物の馬というわけではない。
アダマンタイトで作り上げた、馬型のゴーレムである。
以前、ルシエルさんと学会に行く際に使ったものだけど、流石に出番があれだけではもったいないし、どこかで使いたいと思っていた。
本当は、行きもこの子を使おうかなとか思っていたけど、ちょっと言い出せなくて、結局眠らせたままだったんだよね。
今なら、使いどころだろうし、ちゃんと出番があってよかった。
「随分面白い馬ね。これ、元は何なのよ」
「ゴーレムだよ。膂力に関しては折り紙付きだから安心して」
「なるほど、ゴーレム。考えたわね」
みんな、ゴーレム馬の登場に、興味津々のようである。
さて、問題は一頭しかいない関係上、馬車を連結させる必要があるんだけど、大丈夫かな。
牽けはすると思うけど、後ろの席の乗り心地が悪くなってしまうだろうか。
そのあたりは、ちょっと魔法で調整した方がいいかもしれない。
間違って横転させてしまいましたじゃ困るし。
「これなら、足も速いし、休憩もいらない。十分追いつくことはできると思うよ」
「なら、さっそく使ってみましょう」
私は、馬車をゴーレム馬に付け替える。
ただ、そうなると元々馬車を牽いていた馬がフリーになってしまうので、そこらへんはお姉ちゃん達が乗っていくことになった。
【ストレージ】は、生き物はしまえないからね。
ゴーレムも一応魔物だし、生き物ではあるけど、生き物部分は内部のコアの部分だから、それが停止している状態なら生き物判定にはならないっぽい。
しまえなかったら、ここでも活躍の機会がなかったと思うと、ちょっと安心するね。
「それじゃ、しゅっぱーつ」
ゴーレム馬に牽かれた馬車と、その周りと追従する馬。
なんだかちょっと面白い編成だけど、これはこれで悪くない。
私は、御者台に座って、前方を見据える。
さて、すぐに追いつけるといいのだけど。
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