第五百五十一話:決闘
「……俺達も、不正に加担しているとみなされて、罰せられたくはない。情報を精査する必要はあるだろうが、それでその言葉が事実だとわかったなら、俺達はこの件から手を引くことにする」
「それじゃあ……」
「だが、それはそれとして、そいつらの素材は欲しい。ミスリルほどではないにしろ、メンバーの装備としては悪くない性能だ。依頼で貰えるはずだった報酬と合わせて、その補填もしなきゃならねぇし、ここにいる奴らを狩りつくすくらいは、してもいいと思っている」
そう言って、改めて武器を構える冒険者達。
冒険者達の意見はそれほど間違ってはいない。違法なことに加担するのはまずいとしても、個人的に魔物の素材を集めようとするのは自由だし、テイマーのような特殊な保護下にある魔物を狩るとかでもない限り、魔物を狩ったところで特に文句は言われないだろう。
厳密に言うなら、あまりに狩りすぎて、その場所の生態系が崩れ、結果的に大きな被害をもたらす場合は問題があるけど、多分、そこまでする気はないんじゃないかと思う。
どうやら彼らはみんな同じパーティに所属するメンバーみたいだし、大所帯となれば、それだけ資金もかかる。
それを町の依頼で一部を賄っていたのだとしたら、それがなくなるのは痛手だし、少しでも回収したいという気持ちはわかる。
ただ、私は魔物達のいいところを知ってしまった。
他の魔物がどうかは知らないけど、少なくとも、ここにいる蜘蛛の魔物達は、村人と和解した、ただの温泉好きの魔物達である。
そんな彼らがみすみすやられるのを、黙って見ているわけにもいかない。
アリシアは、小さきため息をつき、そっと剣を抜く。
もはや、ここまで来たら和解するのは難しい。力で分からせ、退いてもらうしかない。
「冒険者同士の殺し合いは禁止されていますが、模擬戦という形で、殺さないことを条件にするなら許されています。そちらがその気なら、ここで戦い、私が勝ったら素直に退く、そちらが勝ったら、魔物達を好きにしていい、これでどうですか?」
「いいだろう。こちらは代表として俺が相手をする。そっちはその従魔が相手か?」
「いえ、ここは私が相手をします。この子じゃ、間違って殺してしまいそうですし」
そう言って、許可を得るように見てくるアリシア。
まあ、確かにここで私が戦ってしまうと、結局殺さずに倒すというのは難しい。
せめて、竜神モードを解ければまだやりようがあるけど、今の状態だと、極限まで手加減しても、その辺の木をすぱすぱと切れるくらいの火力があるからね。
アリシアなら、実力的にも問題はないし、任せてしまっていいと思う。
私は、わかったという意思表示のために、一歩退く。
アリシアは、ふっと微笑むと、逆に一歩前に出た。
「貴様、テイマーなんだろう? 従魔もなしに、戦えるのか?」
「私を甘く見たいでください。これでも、剣の扱いには自信があります」
他の人達が見守る中、冒険者とアリシアが相対する。
審判として、メンバーの一人が手を上げてくれたので、とりあえず任せるが、妙なことをしたらどうなるか、ちゃんと威嚇をしておいた。
今のところ、私はそこまで脅威に思われていないようだけど、冒険者達でもてこずるくらいには強いと思われているようだから、少しは効果はあるだろう。
「貴様、名前は?」
「人に名を聞く時は、自分から名乗るものでは?」
「それもそうか。俺の名はケベク。Aランク冒険者だ」
「……なるほど。私はアリシアと申します。覚えなくても結構ですよ」
お互いに自己紹介を済ませる。
というか、アリシアはそのまま名乗ってしまってもよかったんだろうか? せっかく顔を隠しているというのに。
いやでも、アリシアなんて名前たくさんいるだろうし、そもそも王都に住んでいるからそうそう会う機会はないか。
ちょっと気になりつつも、行く末を見守る。
「そ、それでは、始め!」
審判の合図とともに、冒険者、ケベクさんが走り出す。
先程の戦闘を見ても思ったけど、Aランク冒険者とあって、その動きはかなり素早い。
しかし、アリシアはそんな動きに惑わされることもなく、最小の動きで攻撃をかわし、そして、腹に向かって剣の柄を叩き込んだ。
「くっ、やるな。だが……!」
ケベクさんも、とっさに後ろに跳躍して衝撃を減らしたのか、ほとんどダメージは受けていない様子。
攻撃直後は無防備になることが多いのに、きちんと回避行動を取れる余裕を持っているのは流石と言えるだろう。
今度はアリシアが仕掛ける。
まるで重力が横に働いているかのようにすべらかに動き、鋭い剣捌きで防具の隙間を狙う。
ケベクさんは、そのすべてを弾いていくが、その表情からして、あまり余裕はなさそうだ。
本来であれば、Aランク冒険者なんて化け物を相手に、ただの女性が太刀打ちできるはずもない。
しかも、本職はテイマーで、従魔との連携を主にする戦い方をしているならなおさらだ。
しかし、アリシアは生憎と、普通の女性ではない。神様から賜った能力がある。
それが、剣の才能。
アリシアは、扱う武器が剣であれば、どんなものでも十全に力を発揮し、最高の力を使うことができる。
この剣であれば、というのは、かなり幅が広く、アリシアがこれは剣だと認識したものなら、大抵は扱える。
極論を言うなら、そこら辺の木の棒でも剣として扱うことができるくらいだ。
もちろん、武器の性能によって、開花できる力は差があるから、質がいいものの方が強くはなるけど、今アリシアが持っているのは、そこら辺の量産品ではなく、アダマンタイト製の一級品である。
以前、ホムラとダンジョンに潜った時にアダマンタイトを見つけたわけだけど、アダマンタイトは、本来は神金属という地上には存在しない金属であり、現存するものは、大昔に残された欠片の欠片とも呼べるほどの小さなものしかない。
それが、なぜかダンジョンに生成されており、そして、ダンジョンのものは時間をかければ復活するということから、ほぼ無限に入手が可能となってしまった。
せっかく手に入れたのだから、使ってみたいよねということで、竜の谷の竜人達に手伝ってもらって、いくつか武器を作り、それを知り合いにばらまいていたのだけど、アリシアは、その中でも数少ない、アダマンタイト製の武器をメイン武器として採用した猛者である。
まあ、アダマンタイトは、魔法吸収と不壊という性質があるから、強いは強いんだけど、なにせ重いからね。刻印魔法も刻めないから、扱うには結構力がいる。
しかし、アリシアなら、剣であればそんなものは関係ない。
アダマンタイトという最上級の金属で作った剣と、剣の才能に溢れているアリシア。この二つが合わさった時、対抗できる者は限りなく少なくなるだろう。
「なかなかやる……! 貴様、本当にテイマーか?」
「本職は剣士ですよ」
ケベクさんは、アリシアの攻撃をいなしてはいるが、攻撃のチャンスが掴めないのか、だんだんと防戦一方になっていく。
途中、わずかにバランスを崩し、ケベクさんの体が傾いた。
アリシアは、その隙を見逃さず、剣を振り上げ、ケベクさんの剣を弾き飛ばした。
勝負ありである。
「ば、馬鹿な……」
Aランク冒険者を圧倒するアリシア。久しぶりに戦っているところを見たけど、腕は衰えていないようである。
ひとまず、これで魔物達を襲われることはなくなっただろう。
私は、アリシアの勝利を喜ぶとともに、ほっと安堵の息をついた。
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