第百三十二話:王城に帰還
「……は、いや、いやいや、え、もう討伐しちゃったの?」
「ああ。昨日の夕方にな」
しばらく呆けていたが、しばらくして平静を取り戻したのか、慌てた様に問いかけてきた。
まあ、確かにかなり急ぎ目で討伐したから驚くのも無理はない。普通だったら昨日ここに到着して一泊して準備を整えた後討伐に向かうという流れが自然だろう。
今回は王子がかなり乗り気だったし、私自身ザック君の工房に持ち込む魔石を早々に用意しなくてはならなかったので速攻での討伐には前向きだった。
ドワーフの男性は目を白黒させながら何度か同じ質問を繰り返していたが、王子がゴーレムのコアを見せるといよいよ二の句が継げなくなったようでこそこそと背後にいる人間達とひそひそ話をしていた。
「お、おい、どうする? こりゃマジだぜ?」
「ああ、まさか一日足らずであれを倒してしまうとは……」
「はったり、というわけでもないだろうな。現に証拠もあるし……」
かなり小さな声だったが、私の耳にははっきりと聞こえてきた。私は聴力に関してはそこまで特筆するべきことはなかったと思うんだけど……これも翼のせいか? 身体能力の向上でも果たしたのだろうか。確かに明らかに重そうな翼が生えてるのに体は軽いけど。
「これがエルバート様に知れたら……」
「ああ。だが報告しないわけにもいかん。さっさと戻るぞ」
うん? エルバート? それって確か、依頼の妨害をしてるかもしれないって言う貴族だったよね。どうしてそんな貴族の名が冒険者から出てくるのだろうか。
訝しみながらも見ていると、ひそひそ話を終えたのか、ドワーフの男性が再び話しかけてきた。
「い、いやぁ、まさかこんなに早く討伐しちまうなんてな。強いんだなあんたら。いやぁ、参った参った」
「ああ、依頼を横取りしてしまったようですまない」
「いや、ギルドの依頼は早いもん勝ちだ。気にしねぇさ。さて、依頼もなくなったことだし俺らは戻るとしよう。酒でも飲みながら別の依頼でも探すかね」
そう言って踵を返すと、先程乗ってきたトロッコに乗って戻っていった。
「……悪いことをしたな」
「気にしなくていいと思いますよ。それが冒険者のルールですし」
罪悪感にさいなまれている王子をお姉ちゃんが励ます。
それにしても、なぜあの冒険者はエルバートさんの事を知っていたんだろうか。確かに冒険者の依頼の中には貴族が依頼主のものもあるけど、あの依頼は国からのものだし、そもそもエルバートさんはオルナスの人じゃない。わざわざ皇都まで来て依頼を出すとは考えにくいだろう。
でも、報告ってことはあの冒険者はエルバートさんに雇われていたってことになる。それってつまり、私達を妨害しようとしていたってことかな?
今回私達は秘密裏にここにやってきた。恐らく、冒険者ギルドを見張っていたエルバートさんは私達を見逃してしまった。そこで慌てて冒険者を差し向け、妨害しようとした。
最初に間に合った、と言っていたし、自然な流れなら一泊してこれから討伐と思っていたんだろう。それが実際には討伐はすでに行われてしまっていた。だからそれを報告するためにさっさと帰っていったと考えれば辻褄が合う。
「王子、さっきの冒険者ですが……」
考えすぎかもしれない。でも、もし当たっていたら大事だ。一応報告しようと思い、王子に耳打ちする。
それを聞いた王子ははっとした表情になると、顎に手を当てて何か考えごとを始めた。
「……なるほど、奴らがエルバートの手の者か。確か、『宵の翼』と言っていたな」
「聞いたことないな。他国だからかもしれねぇが」
「もし奴らが本当にエルバートの手の者だとしたら尻尾を掴むチャンスだ。急ぎ戻り、皇帝にこれを報告しよう」
今まで尻尾を掴ませなかったエルバートさんがようやく隙を見せた。これを好機として一気に陰謀を暴くことが出来るかもしれない。しかしなんにせよ、一度皇帝に報告する必要がある。
私達は別のトロッコに乗り込むと急ぎ王城へと足を運んだ。
私達が皇帝の下に報告に行くと、皇帝は厳かな表情を少し崩してたじろいでいた。
私達が皇帝から依頼を受けたのが昨日のお昼過ぎ。そして帰ってきたのは次の日の朝。まさかここまで早く解決するとは夢にも思っていなかったらしく、私達のことを優秀だと褒め倒した。
さらに、【ストレージ】からギガントゴーレムの死体を見せると、言葉を失ったようで、厳粛な雰囲気をかなぐり捨てて子供のように飛びついていた。
なんでも、このサイズの魔石は歴史を紐解いてみても存在せず、間違いなく国宝級のものだとか。
「金に糸目はつけん! ぜひ買い取る、いや買い取らせてきただきたい!」
魔石がなくなっていたりコアが破損していたりと重要な素材こそないが、これほど巨大な魔力を帯びた石というだけで相当な価値があるらしい。もはやこちらが恐縮してしまうほど頭を下げてきたのでどうしようかと考えあぐねていたが、アグニスさんが「なら一体につき白金貨10枚でどうだ」と言ったら即答で許可された。
ちなみに白金貨1枚で金貨100枚分の価値がある。つまり一体につき金貨1000枚だ。どう考えても吹っ掛けすぎな気がするが、「こういうのは言ったもん勝ちなんだよ」とアグニスさんが言うのでなんとなく釈然としないけど納得することにした。
ギガントゴーレム五体で白金貨50枚。これだけあれば一生遊んで暮らせるんじゃないだろうか。まさかこれほどの収入になるとは思ってなかったのであまりの金額に少し震える。
配分は私が20枚。お姉ちゃん、アグニスさん、王子が10枚ずつという形になった。五体のうち三体はほぼ私一人で倒したし、最初の一体も致命傷を与えるきっかけになったのは私の魔法ということで私だけ取り分が少し多くなった結果である。
別に私はそこまで報酬に固執していないのでお姉ちゃん達に全部譲ってもよかったのだが、王子が自分は何もしていないと受け取りを拒否しようとしたので、私も受け取ったのだから王子も受け取って? という形で宥めた結果こうなった。
まあ、あって困るものではないしありがたく受け取っておくことにしよう。いつかなにかの役に立つだろうし。
私の翼に関しても皇帝にお伺いを立ててみたが、やはり魔力溜まりで変異するなど聞いたことがないという。しかし、竜に纏わることなら知っていた。
あの鉱山は元々地竜の塒だったという伝説があるらしい。魔力溜まりだったあの空洞もその時の名残なのでは? という話だ。
地竜がいたとされる魔力溜まり。魔力溜まりの魔力は生物には有害のはずだけど、竜はそれに当てはまらないのだろうか。まあでも、何かしら縁があるというのはヒントになるかもしれない。わかったところでどうにもならない気はするけど。
それから先程出会った冒険者について報告する。皇帝は「ついに尻尾を出したか」と意気揚々と部下に指示を出し、オルナスにあるエルバートさんの屋敷に急行させた。
恐らく、そう遠くないうちにエルバートさんの悪事は明らかになるだろう。まあ、悪事と言っても先を越されたくないから他人の足を引っ張ったという子供みたいな悪事だが。でも、高ランク冒険者はギルドの宝だ。ギルドから何かしらの裁きは下るかもしれないな。
魔石も回収でき、鉱山も無事に解放された。子供じみた貴族も無事に摘発されそうだし、これにて一件落着かな?
皇帝への報告を終え、ようやく肩の荷が下りた気分だ。だが、まだ終わったわけではない。早く魔石を渡してあげないとね。
私は王子に町に出る旨を伝えると、すぐさまザック君の工房へと向かった。
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