第五百五十話:仮面の従魔
「剣を収めなさい。この場は私が預かります」
「いきなり出てきて、何者だ! その魔物の仲間なのか!?」
アリシアは、凛とした声で制しようとするが、冒険者達も退く様子はない。
まあ、いくら人間だったとしても、こんな山奥で、しかも魔物の側に立つような人間の言葉は信じられないよね。
今の私よりはましだとは思うけど、何か策はあるんだろうか?
「あなた達は、なぜこの者達が抵抗しているのか、わからないのですか?」
「抵抗も何も、縄張りを犯したら襲われるのは当たり前だ。俺達は、それを駆除して来いと依頼を受けているだけだ」
「嘆かわしい。あなた達は依頼があったら何でもやるんですか?」
「なんだと?」
アリシアは、私の顔にそっと手を近づけると、軽く撫でてくる。
そうして、自然と顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
「ここは俺に任せろ。話を合わせてくれ」
一応、何か策はあるらしい。
私が小さく頷くと、アリシアは離れた。
「この子は私の従魔です」
「従魔だと? 貴様、テイマーなのか?」
「そのようなものです」
ね? とちらりと視線を送ってきたので、とりあえず甘えるように体を摺り寄せてみる。
でも、テイマー設定は結構厳しくないだろうか?
確かに、地域によっては魔物を従魔として従える人もいるにはいるけど、それでも結構珍しい部類だ。
詳しいことは知らないけど、中には制御しきれなくて怪我をしたり、町を混乱させたって言う事件もあるみたいだし、テイマーには相当な実力が求められる。
まあ、実力があるという意味ではその言い訳もありかもしれないけど、基本的に、従魔として連れ歩く魔物は小さいものが多く、今の私のような、主人より大きな魔物を従えるということはほとんどない。
下手をしたら、疑われてすぐに嘘がばれそうだけど。
「私は、ある方から依頼を受けて、この山の調査に来ました。魔物の被害に困っているから、何とかしてくれとね」
「貴様のような奴は見たことがないが……まさか、あの村から依頼されたのか?」
「そのあたりはご想像にお任せしますが、そうして調査をしていると、ある事実がわかったんですよ」
そう言って、ちらりと隣に流れる川を見る。
源泉から引かれていると思われるこの川は、幅こそそこまで広くはないが、結構深く掘られていて、水量もそれなりに多い。
見た目には、自然にできた川とも取れるけど、こいつらもそんなわけはないとは承知しているだろう。
なにせ、町から直々に依頼されているのだから。
「この川に流れているお湯。どうやらこれは、この先にある源泉から引かれているようでした。しかし、源泉の管理はとある村が行っているにも拘らず、その村の村長は許可を出した覚えがないと言います。これは一体どういうことでしょうね?」
「許可を得ていない? そんなはずはない。この川は、数年以上前から綿密な計画の下掘られたはずだ。そんな大規模な工事を、許可も得ずにやっているはずがないだろう!」
なかなか警戒は解いてくれないが、アリシアの狙いは何となくわかった。
恐らくだけど、この冒険者達がどこまで知っているのかを試しているんだろう。
もし、この川を引いたのが町だけの独断で、冒険者達が関与していないなら、本当にただ依頼を受けて魔物を駆除しているだけで、そこまで悪党というわけではないと思う。
しかし、もし、許可を得ていないことを知っていながら、協力しているのであれば、それは完全な悪だ。
今の様子を見る限り、関わってはいないのかな?
まだ嘘の可能性もあるけどね。
「でも、わざわざ村長が嘘を吐く必要がありますか?」
「それは……だが、こんな大規模な工事をしておいて、村人はおろか、領主にも気づかれないなんてことがあるのか?」
「ここは結構辺境ですし、川があるのは街道も通されていないただの平原。それも、魔物も跋扈するような場所となれば、気づかなくても無理はないでしょう。あなた達は、当時のことは知らないのですか?」
「工事の際にだいぶ苦労させられたとは聞いたが、そんな話は聞いていない。もし、本当に許可を得ずにこんなことをやっているとしたら、大問題だぞ」
冒険者達は、本当に何も知らないのか、ざわついている。
まさか、依頼を受けた町がそんなあくどいことをしているとは思っていなかったんだろうね。
念のため、【鑑定】でそれとなく覗いてみたけど、嘘や詐欺に関する称号なども見つからなかったし、ただ実力があって、町から雇われているだけの冒険者って可能性が高そう。
「調査の際、源泉に行ってみると、この魔物達に出会いました。すると、村に引かれている川にだけは手を出さず、こちらの川だけをせき止めようとするのを目撃しました」
「それは確かだ。俺達の依頼には、そうして作られたダムを破壊しろというものも含まれているからな」
「ええ、そうでしょう。しかし、村に続く川はせき止められず、こちらの川だけがせき止められる、そこに疑問を抱きました。なので、私はこの子に頼んで、魔物達に聞いてみたのです。どうしてこんなことをするのかと」
「なっ、貴様、魔物と会話ができるのか?」
「会話はできませんよ。ただ、この子は【念話】が使えるので、通訳してもらっただけです。その結果、こんな答えが返ってきました」
アリシアは、私が魔物達から聞きだしたことを話していく。
これに関しては、実際に魔物が言っていたことだから、純然たる事実だ。
まあ、流石に村人と和解してって言うのは信じられない可能性もあるけど、こちらの川をせき止める理由は、十分現実味があると思う。
「魔物達は、源泉を守るために、この川の存在を許せないのです。許可を得たならまだしも、違法に作られたこの川を排除しようとするのは、人間でも同じことをするでしょう。あなた達は、そんな彼らを、ただ依頼を受けたから、という理由だけで殲滅しようとしている。どちらが悪か、聞くまでもありませんよね?」
「……確かに、無断で源泉から川を引いていたのだとしたら、それは悪だろう。だが、魔物は世界でも共通の人々の敵だ。どんな理由があろうとも、それを倒すことは、悪にはならない。貴様とて、それくらいわかるだろう?」
「確かに魔物は倒すべき存在ではありますが、絶対的な悪でもありません。この子のように、いい魔物だってたくさんいます。私としては、魔物達の意見を尊重して、手を出すのをやめてもらいたいのですが」
アリシアは、仮面越しに睨みつけるように冒険者達を見る。
アリシアの話はほとんどが事実だけど、世間的に見て、魔物の味方をするのは常軌を逸していると言ってもいい。
この冒険者達は、割と理性はあるようだけど、魔物を倒すこと自体は何とも思っていないようだし、アリシアの言葉を素直に聞いてくれるかどうか。
私は、魔物達が暴れ出さないかどうか気にしながら、行く末を見守る。
さて、返答やいかに。
感想、誤字報告ありがとうございます。