第五百四十九話:冒険者の襲撃
魔物の問題の解決策は見えた。
後は、なるべく早く領主に動いてもらって、町に流れる温泉を止めること。
これができれば、村の人達も安心できるし、魔物達もわざわざ山を下りてくる理由もなくなるだろう。
後は時間の問題である。
『さて、それじゃあ……』
『キンキュウ! アツマレ!』
『ナニゴト?』
『シュウゲキ、タタカイ!』
『スグイク』
ほっと息をついていると、唐突に現れた魔物の一匹が、そう言ってまくしたててきた。
それを聞いた魔物達は、ぞろぞろと温泉を出て、ある一方向へと向かっていく。
あの方角は確か、例の川がある方角だよね。
襲撃とか言ってたし、もしかしたら例の冒険者らしき人が来たのかも。
「ハク、何事?」
『どうやら襲撃されてるみたい。簡単に説明すると……』
急な現象に、駆け寄ってきたアリシアに、事情を説明する。
凄腕冒険者を雇っているという話だけど、ここの魔物達も結構強い部類なんだよね。
それを圧倒できるとなると、少なくともBランク以上だろうか。
いずれにしても、全くの無犠牲で追い返すことは難しいだろう。
さて、どうするべきか。
別に、魔物がやられたところで、私達には関係ない。魔物は倒すべき存在だし、むしろ倒してくれるならその方がいいまである。
ただ、ここの魔物達は、温泉を通じて、村人と心を通わせた数少ない理解者でもある。
そんな彼らがみすみすやられるのを見ているって言うのはあまりしたくない。
ここは、様子を見るくらいはしておいた方がいいだろうか。
「……助けたいなら助けたいって言えばいいでしょう? ほら、行きますよ」
『あ、うん』
色々理由を並べたけど、結局は、私はこの魔物達を放っておけないんだろうね。
まあ、何も知らなかったとはいえ、同胞を何匹も倒してしまったという負い目もあるし、ここは協力してもいいだろう。
私は、アリシアと共に魔物達の後を追う。
それなりに山を下ってきてしまったけど、しばらくして、戦闘音が聞こえてきた。
探知魔法でも確認したけど、どうやら相手は10人ほどいるらしい。
魔物達もそれ以上の数で応戦しているようだけど、結構劣勢に立たされているようだ。
やがて、目視でも状況を確認できるようになる。
現状は、酷いものだった。
辺りには、魔物達の死体がいくつも転がっている。対して、相手はほとんど無傷のようだ。
全く歯が立っていないというわけではなさそうだけど、魔物達の素早さより、冒険者の実力の方が上なのは間違いないようだ。
こうして見ている間にも、一匹、また一匹と切り伏せられていく。
私は、すぐさま行動を起こした。
『止まりなさい!』
「な、何だ!?」
冒険者と魔物達の間に割り込むように、跳躍して飛んでいく。
今更だけど、元の姿に戻るのを忘れたな。この姿だと、私まで魔物と見られてしまいそう。
いや、今はその方が都合がいいか。本来の姿を見せるわけにもいかないし。
「なんだこいつ、新種の魔物か?」
『立ち去りなさい。この子達は無害ですから』
「うっ、これは、【念話】か? 随分と賢い魔物のようだな」
突然現れた私の姿に、魔物達も驚いているのか、手を止めてしまっている。
ちらりと後ろを見ると、アリシアとエルがちょっと呆れたような顔をしているのが目に入った。
いや、エルはともかく、アリシアは私の行動に賛同してくれたじゃん。そんな目で見ないでほしい。
「ボス、どうします?」
「なんだかよくわからねぇが、こいつらの仲間ってのは間違いなさそうだ。やっちまっていいだろう」
そう言って、剣を構える冒険者達。
流石に、得体のしれない魔物からの言葉なんて耳を傾けるはずがないか。
いつもの竜神モードならともかく、この姿で戦うのは初めてだからちょっと感覚が掴めないけど……まあ、やるしかない。
「かかれ!」
ボスと呼ばれた冒険者の合図に、他の冒険者が一斉に切りかかってくる。
私は、軽く後ろに跳躍しつつ、牽制で水の刃を放つ。
一応、今回私は魔物達の味方をするつもりだけど、だからと言って、冒険者達を殺す気はない。
せいぜい、ちょっと威嚇して追い返す程度で済ませるつもりだ。
そもそも、冒険者は別に間違ったことをやっているわけではないからね。依頼を受けて、魔物の討伐をしているだけなんだから、それで殺されちゃったら可哀そうすぎる。
だが、この姿は曲がりなりにも竜神モード。出力は普段とは比較にならないし、下手をすれば、命を奪ってしまう可能性もある。
ここは、かなり慎重に立ち回った方がいいだろう。
「気をつけろ、魔法を使ってくるぞ!」
「これくらいならへっちゃらっすよ!」
冒険者達は、勇猛果敢に攻め立てる。
四足歩行ということもあって、何度かかすってしまったけど、鱗は竜のものなので、ダメージはほとんど食らっていない。
間違ってこっちが殺されるという事態にはならないと思う。
私も、水の刃で牽制するが、全く引く様子がない。
流石に、実力ある冒険者だけあって、まだ倒せると思っているのかもしれない。
実際、私は手にかけるつもりはないから、もしかしたら倒せるかもしれないけど、ここは退いてくれないと一生終わらないんだけどなぁ。
『カセイ、スル』
『あなた達は退いてください。ここは私に任せて』
『デモ……』
『これ以上、同胞を失いたくはないでしょう?』
『……』
私の乱入を好機と見たのか、魔物達が前に出ようとするが、私はそれを止める。
ただでさえ、慎重に慎重を重ねて攻撃しているのに、そこに魔物達が加わったら、本当に相手を殺しかねない。
魔物達にこの言葉を理解できるかどうかはわからないけど、さっきの会話を見る限り、多少は頭の回る個体もいるはずだから、何とかなるはず。
私の想いが通じたのかはわからないけど、魔物達は動きを止めた。
とりあえずは、大丈夫そうだね。
『しかし、どうしたものか……』
魔物達は、攻撃はしないけど、退く様子もない。
もし、私がやられたり、撤退するようなことがあれば、彼らは再び戦い始めるだろう。
私の勝利条件は、冒険者達が撤退してくれることだけど、今のままだとそれは見込めない。
撤退させるためには、私がとても危険で強い魔物だと思わせる必要があるけど、それだと本当に殺しかねないのが怖い。
どうしたものか……。
「ああもう、何も考えないで飛び出すんじゃないですよ!」
考えあぐねていると、背後から、私の隣に降り立つ影があった。
アリシアのようだけど、なぜかその顔には仮面をつけている。
正体がばれないようにってことだろうか? 確かに、この状況で飛び出すなら、正体がばれるわけにはいかないか。
「なっ、人間だと?」
「貴様、何者だ!」
新種の魔物との交戦中に、突如として現れた人間。
普通、人間が魔物の側に立つことなんてないだろうから、この光景は異様に見えるだろう。
私が考えあぐねているのを見て助けに来てくれたんだろうけど、でも、この状況からどうするつもりなんだろうか?
アリシアなら、言葉は通じるだろうけど、こんな怪しさ満点の登場をした人間の言葉なんて聞くとは思えないけど……。
私は、とりあえず様子を見るために攻撃の手を止める。
一体どうする気なんだろうか。
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