第五百四十五話:川の繋がる先
川をせき止めてしまう魔物もいるにはいる。あちらの世界でも、ビーバーとかは有名だろう。
ただ、こいつらがそれをやる種族かと言われたら、そんなことはないと思う。
確かに、この蜘蛛はある種の進化をしているようだけど、主食が鉱物になったというだけで、川をせき止める理由にはならないだろう。
もし、そう言う習性があるのだとしても、だったらもっと近くに別の川があるんだから、そっちをせき止めていそうなものである。
わざわざ、この川をせき止めようとしているのは、何か理由があるんだろうか?
「この川、人工的な川ね」
「ほんと?」
「ええ。こっちを見てみて、どう考えても、人工的に掘った穴でしょ」
そう言って、アリシアが指さす先には、川の源流がある。
正確には、そこは洞窟のように広い穴が開いており、川自体は先に続いているようだった。
確かに、自然の洞窟にしては道が整いすぎている。中にはご丁寧にランタンまで吊るされていたし、人工的な穴なのは間違いないだろう。
「確かにこの洞窟は人工っぽい。つまり、穴を掘って川を繋げたってこと?」
「多分ね。流れているのはお湯だし、あの源泉まで繋がってるんじゃない?」
確かに、流れているのがお湯な以上、あの源泉が関係しているのは間違いない気もする。
でも、そうなると、この川を掘ったのはあの村の人達ということにならないだろうか?
だって、あの源泉を管理しているのはあの村の人達である。それ以外の人間が掘るのは、権利的にまずいと思うし、だったら村の人達が掘ったと考えるのが自然だ。
しかし、村長さんはこんな川があるとは言っていなかったし、ちょっと引っかかるね。
もしかして、誰かが温泉をちょろまかしてるのかな?
「川を辿って見ればいいんじゃない? そうすれば、どこに繋がってるかわかるでしょう」
「それもそうだね。確認してくるから、みんなはここで待っていてくれる?」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫。それに、アリアもいるから一人じゃないしね」
心配なら誰か一緒に来てもいいけど、多分そこまで時間はかからないだろう。
山を抜けるようなら、そこから飛んでいく予定だしね。
と思っていたけど、エルが一緒に行きたいと言うので、とりあえず一緒に行くことにした。
みんな心配症なんだから。
「じゃ、さくっと確認しようか」
「了解です」
なにやら川をせき止めようとしている魔物達を横目に見ながら、川の下流へと向かっていく。
よく見てみると、どうやらせき止めているのはあの場所だけではないようだ。
他にも、いたるところにせき止めようとした跡が見受けられる。
ただ、そのどれもが破壊されていた。
何か強い力を受けたのか、粉々になってその辺に散らばっているものが多い。
川の流れが強くて壊れた、というわけではないだろう。明らかに、何者かが壊したって感じだ。
気にはなるけど、まずは下流の確認だということで、ずんずん進んでいく。
しばらくすると、山を抜けた。
川は下流になるほど広くなっていき、今や結構な広さである。
先はまだ続いているようなので、ここからは飛んで探索しよう。
背中から翼を出し、飛び立つ。
「だいぶ長い川だね」
「はい。相当な手間がかかっていそうですが」
恐らくは村に繋がっているんだろうと高をくくっていたが、そう言うわけではないらしい。
川はどんどん村から離れていき、やがてとある場所に辿り着いた。
「ここは……村に来る前に寄った町だね」
そこは、村に来る直前で休んだ町だった。
それなりに賑わっていたし、中には温泉が自慢と掲げていた宿もあったから、どこかから引いてきているんだろうとは思っていたけど、まさかあの源泉だったとは。
これ、権利関係どうなっているんだろう?
確かに、タックスさんも、村に観光客が訪れなくなった後、別の町で温泉に入れるようになって余計に客が来なくなったとは言っていたけど、てっきり、その町はどこか別の場所から温泉を引いてきているのだと思っていた。
詳しくは知らないけど、源泉の管理をしているのはあの村だし、観光客で困っているあの村が、別の町にわざわざ温泉を引き入れさせるような真似をするとは思えない。
となると、勝手にやったってことになるんだけど、それはどう考えても違法だと思う。
いや、わかんないけどね? 契約書がどうなっているのか見てないから、正確なことは言えない。
ただ、もし勝手にやっているのだとしたら、これはあの村に対する侮辱だと思う。
「どうしますか?」
「とりあえず、後で村長に確認かなぁ」
これが違法なのだとしたら、温泉を差し止めることも可能だとは思う。
もちろん、最終的な判断は領主がするだろうから、そこがどうなるかわからないけど、領主も、あの村のことは気に入ってそうだし、しっかりとした違反なら、正してくれると思う。
こちらの問題は、後で確認するとして、もう一つの問題を何とかしなくてはならない。
「結局、あの魔物は何なのかってことだよね」
村に続く敷石を食い尽くし、なぜか川をせき止めようとしている蜘蛛の魔物。
村にとっては、観光業的にかなりの痛手になっているわけだけど、あいつらの目的が見えてこない。
もちろん、魔物だから、本能的に動いているのかもしれないけど、それにしては行動が一貫している気もするし、何か目的があるのは間違いないと思う。
せき止めようとしていたのはこちらの町に繋がる川だけだから、見ようによってはお湯の流出を止めてくれようとしているとも取れるけど、流石にそれはないかな?
とりあえず、みんなを待たせているし、戻ろうか。
眼下に見える町に背を向けて、再び山へと戻っていく。
例の川の場所まで戻ると、すでに魔物達はいなくなっていた。
どうやら、また源泉の方に行ってしまったらしい。
川をせき止めるには、まだまだ石が足りない様子だけど、また補充にでも行ったんだろうか。
とりあえず、みんなに町のことを報告することにする。
「なるほど、そんなことが……」
「うん。とりあえず、これは村長さんに報告するつもり」
「その方がいいだろうね。どう考えても、村の不利益になるようなことをしているわけだし」
「貴族は権利関係にうるさいから、そのあたりはしっかりしてるはずだしな」
お兄ちゃんが言うには、温泉の源泉を利用するには温泉権というものが必要らしく、貴族の間で結構しっかりと契約されていることが多いらしい。
何かしらの権利があるとは思っていたけど、温泉権なんて言うのがあるんだね。
これなら、何かしら糾弾できるかもしれない。
ひとまず、日も落ちてきたし、今日のところは村に帰ることにした。
村長さんに確認もしたいしね。
最後に、もう一度源泉を確認してみると、やはりというか、魔物達がたむろしていた。
みんな、ぷかぷかと浮いているだけなんだけど、そんなに気持ちいいんだろうか?
確かに、温泉は気持ちいいものだけどさ。
なぜか襲われないことを含めて、なかなか見ない光景に引っかかりを覚えながらも、山を下る。
これで少しはどうにかなるといいんだけど。
感想ありがとうございます。