第五百四十四話:源泉の調査
道に沿って、山を目指す。
相変わらず、敷石はないけれど、道の部分だけはやけに雪が少ないのはなぜなんだろうか。
近くに温泉が通ってるから? やたらぬかるんでいるし、可能性はありそう。
「ハク、反応はどう?」
「今のところはまばらだね。山の方は……確かに少し偏っているかも」
探知魔法で探ってみたけど、村長さんの言う通り、山の一部に魔物が集中しているような感じがする。
源泉があると言われた場所もその方角だし、やっぱり源泉に集まっているとみて間違いないだろう。
「一体なんで源泉に集まっているのやら」
「温泉が好きとか?」
「んー、まあ、なくはないけど……」
温泉が好きな魔物というのも、一応存在はする。
あの村でも、時折温泉に魔物が侵入してくると言っていたし、寒さを和らげるために、温泉を利用する魔物もいないことはないだろう。
でも、蜘蛛型の魔物が温泉が好きっていうのはちょっと納得できないが。
君ら温泉があっても浮いちゃって入れないでしょう?
「とにかく、見て見れば何かわかるかも。先を急ぐよ」
「おう」
山までは、歩きでもそう遠くはない。
麓まで着くと、村長さんの言う通り、道が続いているのが見えた。
幸い、山の木々のおかげか、あまり雪も積もっておらず、歩く分には問題なさそうである。
一応、探知魔法で警戒しながら、先に進む。
そして、しばらく進むと、源泉が見えてきた。
「ここが源泉か」
「うわ、魔物がいっぱい……」
源泉では、地面からお湯が噴き出していた。
辺りには湯気が充満し、温泉特有の匂いもする。
ただ、そこには多くの魔物がいて、源泉を埋め尽くしていた。
元々虫があんまり得意じゃないのもあって、この光景は割とトラウマ物である。
ここが源泉ということは、ここから流れてきた湯があの村の温泉ってことだよね? ……なんか一気に寒気がしてきた。
「どうやら襲ってくる様子はなさそうだけど、なんでこんなに集まってるのかしら」
「さあ……」
源泉の周りは、かなり丁寧に整備されていたのか、囲いがあったり、頑丈そうな鉄格子がはめられていたり、結構厳重である。
まあ、ある程度高低差があるから普通に侵入できるし、そもそも食われてしまって穴が開いてしまっているところもあるようだけど。
ここから見る限りは、特に何か問題があるようには見えないけどなぁ……。
「とりあえず、小屋の方を調べてみる?」
「そうだね」
源泉の方は、魔物がたくさんいて調査が大変そうだし、まずは比較的手薄な小屋の方を調べることにした。
源泉から少しだけ離れた場所にポツンと存在する小屋。
鍵がかかっていたが、村長さんから預かった鍵で普通に開けることができる。
中には、簡素なテーブルとイス、ベッド、それと、簡単なキッチンが設置されている。
ある程度であれば、ここで生活することもできそうだけど、今やいずれも埃まみれで、長らく人が出入りしていないんだろうということがわかる。
何かないかと調べてみると、テーブルの上に、日記のようなものが置いていあることに気が付いた。
どうやら、ここを管理していた人が、その時の源泉の状態を記録するためのもののようである。
「見た限り、普通の記録っぽいけど」
以前は、週に一度くらいのペースで訪れていたようだった。
当時から魔物はいたようだけど、今ほど多くはなかったようだし、襲っても来なかったことから、特に気にすることはなかったらしい。
中には、まるで温泉を楽しんでいるかのようにぷかぷかと浮いている姿を見たという記録もあり、なんだかんだ、あの魔物の目的は温泉だったのかもしれないと思わせる。
読み進めていくと、しばらくして様子が少しおかしくなっていった。
というのも、源泉から川を引いて村に通しているようなのだけど、次第に流れるお湯の量が減っていったのだという。
原因を調べてみても、特にわからず、このままでは温泉が枯れるかもしれないと恐怖したものの、実際には、一定の量からは下がらず、安定したこともあり、調査は打ち止めとなった。
それから、次第に魔物が増えていくようになり、いくら襲われないとは言っても、流石にこの量に万が一襲われたらひとたまりもないということで、管理小屋に行く頻度は減っていき、今やほとんど使われない廃墟と化したようである。
「源泉のお湯が減った?」
「これを読む限りはそうみたい。でも、村の温泉は、十分な量があったよね?」
「まあ、昔はもっとあったのかもしれんが、観光地として困るほどではないってところか」
「減った理由が気になるね」
温泉の源泉をよく知らないからわからないけど、そのうち枯れたりすることもあるんだろうか?
でも、一定量から下がらないってことは、どこかで帳尻が合ってるってことだよね。
どこかに穴でも開いていて、そこから流れ出してしまっているとかなんだろうか。多くの流出場所があれば、確かにそれぞれに行き渡るお湯の量は減るとは思うけど。
「おーい!」
「サリア? どうしたの?」
「ちょっとこれを見てくれ」
いつの間にか、小屋からいなくなっていたサリアだったけど、どうやら外にいたようだ。
日記を閉じ、小屋を出ると、源泉の近くで、サリアが手招きしているのが見える。
いくら襲ってこないとはいえ、魔物の近くで大声上げるとか正気の沙汰ではないんだけど……まあ、それでも襲われてないってことは、本当に鉱石さえ持っていなければ無害なのかもしれない。
調査するだけなら、わざわざ殲滅する必要はなさそうだ。
「こっちだ」
「何か見つけたの?」
「うん。この蜘蛛達、どこかに向かってるみたいなんだ」
源泉には、多くの蜘蛛の魔物がいるけれど、その一部が、どこかに向かって進んでいるのだという。
普通に考えるなら、住処とかだろうか? でも、こんな大量に同じ場所に向かうだろうか。
確かに、少し気になるかもしれない。
「とりあえず、ついて行ってみようか」
もし、住処に向かっているのだとしたら、巣を見つけられてラッキーだし、それ以外の理由があるのなら、純粋に気になる。
私達は、魔物を刺激しないように、後ろをそっとついて行く。
そうして、しばらく進むと、小さな川に辿り着いた。
「こんなところに川? いや、別に珍しくはないけど……」
山に川の源流があるのは普通だし、そこは気にするところではないんだけど、問題なのは、この川、どうやらお湯が流れているようである。
一瞬、あの村に続く川の一つかなと思ったけど、それにしては方向が違いすぎる。
というか、川に関しては源泉から直接伸びていたし、ここにあるとしたら、天然のものということだろうか。
「おい、あれを見て見ろ」
「これは……」
お兄ちゃんが指さす先には、魔物達がたむろっていた。
何をするのかと思っていたら、口から何かを吐き出して、川に落としているようである。
あれは……石?
蜘蛛なら普通は糸を吐くと思うんだけど、こいつらが吐いているのは石だ。
一つ一つは結構小さいが、何匹もやっているものだから、それが積み重なって、小さな壁のようなものを作り出している。
まるで、川をせき止めようとしているかのようだ。
一体どういうことだ?
魔物達の意味不明な行動に、私は首を傾げた。
感想、誤字報告ありがとうございます。