第百三十一話:消えない翼
しばらく試行錯誤しながら魔力を消費していたが、銀の翼と尻尾は一向に消える気配がなかった。確かに、まだ魔力には余裕があるが、これでも消えないとなるとそれこそ魔力を全部使うとかしない限り消えないのではないかと不安になってくる。
魔力を枯渇させると急激に意識が遠のき、気絶してしまう。だから、自分が使える量はきちんと把握し、気絶しないラインをキープしなければならない。一応、魔力増加の修行の一環として意図的に魔力を枯渇させる修業があるみたいだけど、気絶するリスクと得られる魔力の上昇量が割に合わないためあまりやる人はいない。
私も何度か魔力切れまで魔力を使ったことがあるが、確かに気持ち程度魔力は増えていたような気がする。それ自体は不思議なことではないし、結果的に魔力の増強に繋がったならいいと思っていたんだけど、今回はどうも様子がおかしい。
というのも、試作とはいえ上級魔法をこれだけ使っているのに未だに魔力切れにならないのだ。いや、使用量だけを考えれば試作な分効率が悪いし、より多くの魔力を消費しているはずである。なのに、私は未だにピンピンしている。
恐らく、魔力溜まりで吸収した魔力が影響しているのだと思うけど、以前だったらとっくに魔力切れになってもおかしくないくらいは使っているはずなんだけどな。
確かに、魔力溜まりにいれば魔力の限界値が上昇するというのは身をもって体感してはいるけれど、今回はたった数時間程度しか滞在していない。そんな短期間でこんなに増えるだろうか? 感覚では下手をすれば以前の倍くらいはあると思うんだけど。
おかげで試作の飛翔魔法はだいぶ形にはなってきてくれたけど、この量を使い果たすとなるとちょっと骨が折れそうだ。
人目を避けるだけなら隠蔽魔法でもかけておけば多少はごまかせるだろうけど、それだと生活の不便さの解消にはならない。うーん、お手軽に引っ込めたりできたらいいんだけど。
というか、この翼や尻尾は一体何なのだろうか。魔力溜まりの魔力で変異したとしたら魔力の塊かなにかか? 探知魔法で見る限りは魔力の塊というよりはちゃんとした体の一部のような気配だけど、いくら魔力溜まりの魔力が特殊だからと言って受肉までしてしまうものなのだろうか。
片翼を前に持ってきて触ってみる。外殻部の感触はまさに鱗のそれだ。硬い割には多少の弾力があり、表面は鏡のように滑らかだ。翼膜はゴムのような弾力があり、爪を立てれば沈み込むものの決して破れることはない。
尻尾の方は強靭な鱗に覆われてはいるが意外にもしなやかに曲がる。先端についている黒い棘はかなり硬く、叩いてみると鈍い音が響いた。
この翼や尻尾で連想されるのは竜だ。以前、護衛依頼でワイバーンを狩ったことがあったが、それの特徴によく似ている気がする。
なぜ竜なのだろうか? ランダムに変異した結果たまたま竜だったのか、それともあの魔力溜まりには竜にまつわる何かがあったのだろうか。
それにそもそも、これは本当に魔力溜まりの魔力によるものなのだろうかという疑問もある。
あの時はそれ以外に要因が考えられなかったからそうだと思ったが、ならば私はもっと前に変異が現れていたはずである。なぜなら私は一年もの間魔力溜まりで生活していたのだから。
こんな短期間で発症するならば一年も魔力溜まりにいて目立った症状が出ていないのはおかしい。あの一年で変わったことと言えば、魔力がかなり増えたことと魔法が使えるようになったことくらいだ。
魔力が増えたという点では今回も同じだが、その量がおかしい。一年で手に入れた量をたった数時間で手に入れたのだから異常と言える。
前回と今回で違う点は何だろうか? 大怪我をしていたのは同じだし、魔法を使っていたのも同じだ。考えられるとしたら環境か? あの時は森の中で、今回は洞窟の中だ。同じ魔力溜まりでも何か差があったのかもしれない。
色々あーだこーだ考えてみたが、結局結論は出なかった。
まあ、多少生活の不便というデメリットがついているものの自由自在に飛び回れるという特典を手に入れたと思っておこう。魔力切れを起こすにも今からでは出発が遅れてしまうだろうし、これを消す方法についてはとりあえず保留だ。
「ハク、おはよう。早いね」
「お姉ちゃん、おはよう」
いつの間にか結構な時間が経っていたのか、薄暗かった鉱山は朝の日差しで照らされ始めている。
起きてきたらしいお姉ちゃんと後に続くアグニスさんと王子を見てアリアがすぐさま姿を隠した。
「想定外はあったが、君達のおかげで無事にギガントゴーレムを討伐することが出来た。後は皇帝にこれを報告するだけだ」
「ハクが落石に巻き込まれた時はヒヤッとしたけど、結果的には素材もおいしかったし、なかなか悪くない依頼だったね」
「だな。あれくらい硬い方が歯ごたえがある」
皇帝からの直接の依頼とあってギルドで提示されている報酬とは別に報酬が支払われるし、手に入れたギガントゴーレムの素材を売れば魔道具作りが盛んなゴーフェンなら相当な値が付くことは間違いない。
確かにピンチには陥ったが、結果だけ見れば大量の大振りの魔石を入手でき、依頼も解決でき、ついでに翼も生えたといいことずくめだ。
王子はあまり力になれなかったことを悔やんでいるようだったが、お姉ちゃんもアグニスさんも久しぶりに強敵と戦えたと満足しているようだった。
持ち込んでいた食材で軽い朝食を作り、腹を満たす。ガラルさんも交えて朝食を取ったが、たいそう気に入ってくれたようで、「こんなおいしい料理は久しぶりですじゃ」と深く頭を下げてくれた。
鉱山にギガントゴーレムが出てから監視役のガラルさんを除いて他の鉱夫達は皆町に帰っていってしまい、食事は定期的に届く携帯食料のみでだいぶ質素な食事をとっていたらしい。まともな食事は久しぶりだと歓喜していた。
なんか、この人も苦労人だよね。確かに監視は必要だろうけど、一人に任せて放っておくって可哀そうだと思うんだけど。まあ、それが責任者としての立場なのかもしれないけど、せめて護衛くらいつけてあげればいいのに。
他国の管理事情に首を突っ込むのもあれだしガラルさんも納得しているようなので追及はしないけど、早く他の鉱夫達が戻ることを祈ろう。
食事をとり、しばらく休憩した後そろそろ戻ろうとなった。荷物をまとめ、帰りのトロッコに乗ろうとトロッコ乗り場へと向かうと、ちょうど誰かがトロッコに乗ってやってきたようだった。
トロッコに乗っていたのは四人。一人はドワーフと思わしき男性、残りの三人はどうやら人間のようだ。皆革の鎧を着ており、剣で武装している。冒険者のパーティだろうか?
「よかった、間に合ったか!」
トロッコを降りるなり、ドワーフの男性がこちらに向かって話しかけてくる。他の人間たちもぞろぞろと後に続き、私達は向かい合う形となった。
「あなた方は?」
「俺達は冒険者パーティの『宵の翼』って言うもんだ。ギルドでギガントゴーレム討伐の依頼を受けてやってきた」
「ああ、あの依頼の」
受ければもれなく不幸な出来事が起きるとして誰も触れなかった依頼を受けて無事にここまでやってきたと考えると結構運がいいのかもしれない。
そういえば、邪魔していると噂のエルバート伯爵の妨害がなかったな。てっきり皇帝直々の命令だから見逃したのかと思っていたけど、こうして他の冒険者も来ていると考えるともう手を引いたのだろうか。
「あんたらも同じ依頼を受けたんだろ? Aランクの魔物を相手にするんだ、人数は多い方がいい。よければ俺達も同行させてくれないか?」
気さくに話しかけるドワーフの男性はそう言って王子の顔色を窺う。
秘密裏に来ていたとはいえ、この場に責任者のガラルさん以外の冒険者風の人間がいれば同じ依頼を受けたと思っても不思議はないだろう。
しかし、せっかくの申し出のところありがたいが、すでに依頼は終えてしまっている。
「ああ、悪いが……」
「なに、心配するな。俺達はこれでも全員Bランクの冒険者だ。ギガントゴーレムの一匹くらい何とでも……」
「いや、その依頼なら既に完了している」
「……は?」
王子が淡々と告げると、ドワーフの男性は呆けた顔で押し黙った。
感想ありがとうございます。