第五百四十話:領主の意向
雪祭りを堪能し、宿に戻ってくる。
そんなに長居したつもりはなかったけど、すでに日は落ち始めていて、それなりの時間が経っていたことを思い知らされた。
お兄ちゃん達はどうしただろう。そろそろ戻ってきているだろうか?
「おう、帰ってきたか」
「あ、お兄ちゃん。帰ってたんだね」
「まあな。大した距離じゃなかったが、雪のせいで少してこずったから、早めに帰ってきたんだ」
そう言って、どこから持ってきたのか、酒を煽っている。
来た時も思ったけど、道にも結構雪が積もっていたし、あんまり整備されていないんだろうね。
若干道の場所の温度が高いのか、溶けていたからまだわかったけど、おかげでぬかるみができて大変だったし。
まあ、それはさておき、偵察の結果はどうだっただろうか?
「ざっくり見ただけだが、近くに巣のようなものは見当たらなかった」
「多分、山の方から下りてきてるんじゃないかしら?」
「そっか。となると、元凶を潰すなら、山に潜らないといけないね」
確かに、元々は山にいた魔物らしいし、巣が山にあるのは自然なことではあるか。
しかし、そうなるとかなり手が出しづらい。
山はここからも見えるけど、すっかり雪化粧がされていて、とてもじゃないけど今の時期に人が入ることは想定されていないだろう。
どうにか入れたとしても、広い山から巣をすべて見つけて駆除するのは現実的じゃない。
というか、そんなことしたら、生態系も崩れてしまうかもしれないし、そもそも殲滅するという選択肢はあまり取れないよね。
「魔物については何かわかった?」
「思ったのは、あまり襲われなかったってことだな。行きの時のような、明確な敵意は感じなかった」
「多分だけど、主食が鉱物だから、人はあまり襲わないんじゃない?」
「なるほど」
今回乗って来た馬車は、悪路の走行にも耐えられるように、色々オプションがついているものである。
雪が降る時期に移動するから、安全対策を考えると、そうせざるを得なかったようだ。
そして、その中には耐久性を上げるために鉄板やらも使われているから、行きの時に襲われたのは、恐らくそれが原因だろう。
お兄ちゃん達も、一応ミスリルの剣とかを持ってはいるが、量的にはそこまででもなかったから襲われなかったのかな?
あるいは、ミスリルのような金属は好まないとか。
いずれにしても、あの魔物が鉱物を狙っているのは違いないようである。
しかし、思うのは、いくら主食が鉱物だったとしても、街道の敷石を食らうのかという話。
確かに、街道に使われている石は、場所によってはそれなりに高級なものもあるけど、基本的には普通の石である。
ただ、石を食べるだけだったら、別に村まで降りてこなくても、山にいくらでもあるだろう。
源泉に手を入れる際に、人の手が入ったから逃げてきた、とも取れるけど、だったら今村の近くに蔓延っている理由に繋がらないし、ちょっと謎である。
そもそも、街道の敷石を食らうのなら、もっと先まで手を伸ばしても不思議はないわけで、途中でやめているのは何か理由があるんだろうか。
「まあ、おかげで村人がやられるって言う被害はあまりなさそうだが、魔物がはびこっている道を移動しなきゃならないって時点でマイナスだわな」
「村自体は襲われないのかな?」
「さっきタックスさんに聞いたけど、たまに温泉に入ってくることがあるみたい。それも客離れの原因だって言ってたわね」
「それは確かに怖い」
温泉に入ってたら、いきなり巨大な蜘蛛が出てきましたとか怖すぎる。
村には結界魔道具もないようだし、防ぐ手段は見回りをするくらいしかないか。
でも、蜘蛛自体がそれなりに強いから、普通の冒険者では対処できない。なかなか難しい問題だね。
「そっちはどうだったの?」
「祭り自体はかなり楽しめたよ」
元々、観光地だけあって、お客さんの扱いには慣れているのだろう。どうやったらお客さんが喜んでくれるのかって言うのを理解しているような気がする。
ただ、いくらおもてなしが完璧でも、魔物がすべてを台無しにしている。
一時的にでも、村の周辺の魔物を一掃するのも手だろうか?
あるいは、もう村を捨てて、別の町に行くとか。
「領主はどう思ってるんでしょうね」
「魔物のせいで、街道の整備がままならなくて諦めたとは言っていましたが」
地味に領主の意見は大事である。
仮に、私達が奮闘して、魔物の問題をどうにかできたとしても、領主が諦めていたらその後に続かない。
未だに村を再生する気があるのか、それとももう諦めて見捨てる気でいるのか、割と重要な選択である。
「タックスさんに聞いてみようか」
領主が諦めているのなら、私達にはどうすることもできない。
それこそ、村を捨てて別の場所に移住する手も考えないといけないだろう。
できればそうなってほしくはないけど、ひとまず話を聞いてみることにする。
そろそろ夕食の時間ということもあって、タックスさんは今厨房にいるようだ。
晩御飯の時に、合わせて聞いてみようかな。
「領主様の判断ですか? いえ、私は聞き及んでいませんね……」
しばらくして、大広間に夕食が運ばれてきた。
山の幸を使った料理の数々。どれもかなり美味しそうだし、流石は立派な宿である。
さっそく話を聞いてみたけど、タックスさんはあくまで村人であり、領主の決定を聞ける立場にはないようだ。
そう言うことは、村長なら知っているかもしれないということなので、明日聞いてみることにする。
しかし、本当に惜しいな。祭りは最高だったし、料理もかなりのもの。質はとてもいいのに、一つの要素が台無しにしている。
個人的にまた来たいと思えるほどには気に入っているので、何とかしてあげたいところだが、果たして。
その日は、素敵な料理に舌鼓を打ち、自慢だという温泉を堪能して、最高の気分で眠りにつくことになった。
翌日。私達は、さっそく村長に話を聞いてみることにする。
家は教えてもらったので、さっそく赴くと、少し驚いたような様子で出迎えてくれた。
「こんな村にこんなに大勢でいらっしゃってありがとうございます。粗茶くらいしか出せませんが、どうぞ中へ」
村長の家は、結構大きな家だった。
流石に、私達全員が入ると手狭ではあるけど、それでもイスは人数分あるようである。
私は早速、領主の意見はどうかと聞いてみる。
村長さんは、少し思いつめたような表情をしながら、静かに話しだした。
「……実のところ、今は迷っておられる様子です。歴史あるこの村の温泉を、諦めてもいいものかと。どうにか再生する手立てはないのかと」
話を聞くと、領主もこの村の温泉に魅せられた一人らしく、どうにか解決しようと頑張っている様子らしい。
ただ、私的な理由でこの村を優遇しすぎるわけにもいかず、今は解決策が見つかるまで、保留にしているような状態なんだとか。
今では、別の町でも温泉に入れるようになって、この村の価値はかなり低くなってしまった。でも、それでもこの村の温泉がいいと言ってくれている。
しかし、このままではいずれ村人に被害が出るのも時間の問題。であれば、安全のためにも、村を諦めて、別の場所に移住した方がいいのではないかという考え方もあるようだ。
今、領主は揺れている。しかし、心情的にはまだ諦めていない様子で安心した。
これなら、まだ何とか出来るかもしれない。
少し希望が湧いてきた。