第五百三十八話:温泉村の問題
霧のせいでだいぶゆっくりになってしまったが、しばらくすると村が見えてきた。
村の規模としてはそれなりに大きく、温泉村として栄えていた影響か、宿屋も立派なものが多い。
ひとまず、依頼してきたという人がちょうど宿屋の人らしいので、その宿屋に向かうことにする。
「割とよさげな村だな」
「ええ。ただ、ちょっときな臭い気もするけど」
宿屋に着き、馬車を預けた後、お兄ちゃんとお姉ちゃんがそんな会話をしているのを聞いた。
確かに、村の雰囲気自体はいい。温泉もあるし、道さえ整っていれば、観光客で溢れているのも想像できる。
ただ、今はその面影が全くない。
何かトラブルを抱えていそうではあるけど、話を聞けばわかるだろうか。
とりあえず、依頼者でもある、宿屋の主人に会うことにした。
「皆様、ようこそお越しくださいました」
「あなたが、手紙を送ってくれたという?」
「はい。タックスと申します」
出てきたのは、初老の女性だった。
広い宿屋だけど、一人で切り盛りしているらしい。
人手不足なんだろうか? 確かに、この状況では、村から人が流れて行っても不思議はないけど。
「初めまして。私はシルヴィアですわ」
「私はアーシェですわ。この度は、我が出版社にご依頼いただきありがとうございます」
「いえいえ、王都からこんな鄙びた村にわざわざ来ていただいて、本当にありがたい限りです。どうぞ、ゆっくりしていってください」
「そうさせてもらいますわ。それはそうと、雪祭りを宣伝してほしいとのことですが、その前に、この村の状況を教えてくださいますこと?」
「調べた限りでは、温泉地として有名だという風に出ましたが、だいぶ人が少ないようですが」
「はい、お話させていただきます」
そう言って、タックスさんは話し始めた。
シルヴィア達が調べた通り、つい数年前までは、温泉地としてかなり賑わっており、観光客もたくさん来ていたらしい。
しかし、ある事件が起こり、客足が一気に鈍ってしまった。
それが、山から下りてきた魔物による襲撃である。
村の近くにある山は、温泉の源泉があるということもあり、広く開発されていたようだ。
その影響か、近くにいた魔物が山を下り、村の近くまでくることがよくあったらしい。
最初は、そこまで気にしておらず、冒険者に頼んで追い払ってもらう程度で済ませていたのだが、その魔物は、人ではなく、別のものに手を出した。
それが、街道に敷かれていた、石である。
洞窟などに生息している魔物の中には、鉱物を主食にする魔物も多い。他の地域でも、時たま街道の敷石が荒らされる被害は報告されており、たまにある事例ではあった。
しかし、この村の魔物達は、いくら追い払ってもすぐに戻って来て、街道の敷石を食い尽くしていった。
おかげで、街道はガタガタになり、馬車がまともに通れないような道になってしまったのだ。
「最初は、領主様もすぐさま道を敷き直す計画を立ててくださり、綺麗に舗装されておりました。しかし、何度やっても、魔物は増えるばかり。このままでは、お金と時間の無駄だと思われて、ついに手を貸してくれなくなったのです」
「なるほど。でも、それなら先に魔物の方を討伐するという話にはならなかったのかしら?」
「もちろんそれも考えました。冒険者の中でも腕利きを集め、徹底的に殲滅してやろうと考えました。しかし、その時には、あまりに数が増えすぎていたのです」
魔物の増殖ペースはまちまちではあるが、この村の魔物の場合、かなり早いペースで増え続けていたらしい。
しかも、いつの間にか強い個体へ進化していたのか、本格的に討伐に乗り出した時には、すでに手に負えなくなってしまっていた。
頑張れば倒すことはできなくはないけど、相当な損害を受けるため、何度も討伐隊を結成するわけにもいかなかったようだ。
魔物が駆除できなければ、街道の敷石が奪われるばかりか、この村に来る人を襲うこともあり得る。
道がなくなった村は、余計に人を離れさせた。
しかし、事件はまだ終わらないらしい。
「決定的となったのは、近くの町が、温泉の源泉の引き入れに成功したということです。しかも、その町は離れているからか、魔物も近寄りません」
「それは、致命的ですね」
温泉が唯一の観光資源の村だったが、その温泉が近くの町でも入れるようになってしまった。
道がなくなっても、温泉のために無理してやってくる人はそれなりにいたが、これが決定打となり、村に来る人は激減。今では、ほとんどの宿で閑古鳥が鳴いているとのこと。
「観光で成り立っていた村ですから、一気に財政は苦しくなりました。それで、何とか客を呼び戻そうと、雪祭りを開いたり、色々手は尽くしたのですが……」
「結果は芳しくなかったと」
「はい……。今回、王都でも有名なニドーレン出版様に来ていただけたことは、この村の転機になると考えております。どうか、この村のことを紹介していただけませんか?」
「もちろん、依頼を受けたからにはきちんとアピールさせていただきますわ。ただ、根本的な問題を何とかしないと、客足を戻すのは難しいとは思いますが……」
温泉に雪祭り。要素だけを聞くと楽しそうだけど、この村に来るためのハードルが高すぎる。
領主も見限っているっぽいし、この村を再び観光村にするには、PRするだけじゃ難しいだろう。
一応、私達があの魔物を倒してしまうという手もあるけど、多分倒しても、そのうちまたやってくる気がするんだよね。
繁殖力も高いっぽいし、村の周辺の魔物を一掃したところで、一時しのぎにしかならないと思う。
何とかしてあげたいとは思うけどね。どうしたらいいんだろうか。
「承知しております。ですが、今はこうする他ないのです。どうか、よろしくお願いします」
その後、部屋は用意してあると言って、鍵を渡してくれた。
かなり大きな宿だし、この大所帯でも余裕で賄うことができるらしい。
宿代はいらないと言ってくれたけど、財政が厳しいと言っていたし、少しくらいは寄付してもいいかもね。
「さて、いろいろ情報が手に入ったわけですが、どう思います?」
「私としては、魔物と道の問題をどうにかしない限り、どうにもならないと思うのですが」
部屋に個人的な荷物を置いた後、宴会で使われているらしい大広間に集まって、話をすることにした。
一応、雪祭りに関しては、あと一週間くらいはやる予定らしいので、取材できないってことはないだろう。
それよりも問題なのは、やはり魔物と道の問題。
道がなければ人は来ないし、魔物を駆除しなければ道は設置できない。
仮に、その二つを何とか出来たとしても、すでに別の町で温泉に入れるという利点があるから、わざわざこの村に来る必要もないというのはあるけど、そこは色々と差別点を作れば、まだ何とかなるかもしれない。
やはり、一番の問題は、先に上げたそれだろう。
さて、どうしたものか。
私は、この村の抱える問題を前に、しばしの間目を閉じて思案した。