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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第二部 第十九章:流行病編
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幕間:呪いの影響

 砂漠の町の町長の娘、マーレの夫の視点です。

 俺の妻は、町では少しは名の知れた歴史家だった。

 外から入ってくるものを収集しては、知識を身に着け、時にはその知識を使って町の人を助けたりする、心優しい女性だった。

 俺も、元々は外から来た冒険者だったが、彼女の優しさに触れ、いつしか告白していたことを覚えている。

 幸い、この町では冒険者と結ばれることも珍しくなく、親である町の町長も、俺であれば任せられると快く結婚を許してくれた。

 彼女との日々は幸せに満ちており、こんな幸せがいつまでも続くものだと、信じていた。

 しかし、ある時、そんな幸せな日常は崩れ去った。


「先生、マーレは、大丈夫なんですか?」


「幸い、命に別状はありません。ですが、傷の処置が遅れていたのもあって、完全に傷が癒えるかどうかは微妙なところです」


 町にある診療所の一室で、そんな言葉を聞かされ、絶望した。

 事の発端は、つい先日見つかったばかりの遺跡である。

 町の冒険者が偶然発見したものであり、その古さから、もしかしたら古代文明の痕跡が見つかるかもしれないとして、町の人々は早速調査に躍り出た。

 その過程で、マーレもついて行くことになった。

 町ではそれなりに歴史知識が豊富である彼女は、自らが興味を示したこともあって、同行することが決まったのだ。

 もちろん心配もあったが、俺も一緒について行くつもりだったし、遺跡と言っても、そこまで大したことはないだろうと高をくくっていた。

 しかし、結果は酷いものだった。

 恐らくは、それなりに地位のある人間の墓だったんだろう。中には盗掘者に対するトラップがいくつも仕掛けられており、多くの冒険者が犠牲となった。

 俺も、途中で腕をやられ、まともに戦うことができなくなったのもあり、調査は中止。すぐさま引き返すことになった。

 俺は冒険者として、今までにも帰ってこなかった奴を見たことはあるが、それでもその死に様を直接見たわけじゃない。

 トラップによって、くし刺しにされたり、奈落に落ちて行ったり、その光景を目の当たりにするのは、心に来るものがあった。

 そして当然、普段は冒険者などでないマーレにとっては、その光景は衝撃的すぎた。

 心に傷を負ったマーレは、帰った後、部屋に引きこもるようになった。

 俺が声をかけても、ほとんど外に出ることはない。

 俺も、心と体に傷を負ったし、マーレの気持ちも分かったので、時折声をかけて元気かどうかを確認する以外は、落ち着くまでそっとしておこうと考えていた。

 だが、ある日、ハクと名乗る少女がやって来て、マーレと話をしたいと言ってきた。

 どうせ話すことはないだろうと思ったけど、子供なら、もしかしたら心を開いてくれるかもしれないと思い、任せることにした。

 ハクは、どう言いくるめたかはわからないが、マーレに扉の鍵を開けさせ、直接会うことに成功した。

 そこまではよかったが、後から駆け付けた俺が目の当たりにしたのは、全身傷だらけのマーレの姿である。

 話によると、ナイフによって自傷をしていたのだという。

 まさか、そこまで追い詰められているとは思わず、なんで気づいてやれなかったんだと悔しさを噛みしめながら、診療所に向かい、そして、今に至るというわけだ。


「傷も大事ですが、それよりも問題なのは、心の方です。今、彼女はあらぬ幻覚を見ているようだ」


「幻覚、ですか?」


「ええ。自分は許されざる存在で、許してくれるのはあの方しかいないと。しきりに鏡を要求してきます。恐らくは、例の遺跡の呪いが関係しているものかと……」


「……」


 確かに、マーレは俺の姿を見た時も、特に反応を示さなかった。

 まるで、その辺に転がっている石ころでも眺めるかのように、無関心だった。

 恐らく、マーレは自分のせいで多くの冒険者が犠牲になったと思い込んでいる。

 確かに、冒険者が犠牲になったのは事実だが、それは決してマーレのせいではない。むしろ、マーレの知識によって、回避できたトラップも多く存在した。

 全体的に見れば、マーレはむしろ、冒険者を救ったと言っていいだろう。

 しかし、それでも犠牲者が出たのは事実。

 心優しいマーレは、それで自分が許せなくなった。

 呪いに関しては、本当かどうかは怪しいところだけど、実際に、他の生き残りは、鏡を割ったりして暴れたこともあった。

 鏡が何に関係しているのかはわからないけど、何かしらのキーワードがあるのかもしれない。


「今は安静にしていますが、いつまた暴れ出すとも限りません。どうか、なるべくそばにいてあげてください」


「わかりました……」


 怪我は治らず、精神も安定しない。事態は、思ったよりも深刻なようだ。

 俺は、病室に向かい、マーレの様子を見に行く。

 今は落ち着いているのか、ベッドの上で目を閉じているようだ。

 一応、処置はしたが、腕や足の傷跡は痛々しく、包帯越しでも血が滲みそうになっているのがわかる。

 主に傷ついていたのは腕や足だけで、首や顔などと言った急所はあまり傷ついていなかったようだけど、それでも、妻がこれほどの怪我をするのは見ていられない。

 俺は、ベッドの横に置いてある椅子に腰かけ、マーレの様子を見守る。

 俺は、時間が解決してくれるだろうと、過度に接することをしなかった。

 それが、お互いにとっていい結果になるだろうと、信じていた。

 しかし、結果はこれである。俺は、何ということをしてしまったんだ……。


「マーレ、俺は、お前の隣にいる資格がないんだろうか……」


 そもそもの話、遺跡の調査の時に、マーレを連れて行かなければ、こんなことにはならなかった。

 いくら歴史に詳しいとは言っても、別に専門家というわけではない。

 本格的な調査をしたいなら、それこそ聖教勇者連盟にでも頼めばよかったし、わざわざ危険を冒して、町の人々が調査する必要はなかった。

 それでも調査に乗り出したのは、わずかでも、欲があったから。

 遺跡の謎を解き明かし、歴史研究家達にいい顔をしたい。そうでなくても、遺跡を観光資源とし、より多くの人を呼び込みたい。

 そう言った欲があったが故に、独断で挑んだ結果である。

 その結果得られたものは何だ? 心を病み、傷だらけになった人々と、呪いとまで噂されるようになった遺跡だけである。

 仮に、マーレだけでも連れて行かなければ、結果は変わっただろうか。

 悔やんでも悔やみきれない。俺にとって、マーレはとても大切な人なのだから。


「……いや、今気づけたんだ。まだやり直せるはずだ」


 マーレの心がどこにあるのかはわからない。もはや、俺のことなど眼中にないのかもしれない。

 しかし、こうして知った以上は、努力するべきだろう。

 俺はマーレの夫であり、唯一の幸せを掴んだ者だ。遺跡の呪い如きに、邪魔させてなるものか。

 どれだけかかるかわからないけど、きっとマーレの心を取り戻して見せる。

 静かに眠るマーレの顔を撫でながら、そう誓うのだった。

 感想ありがとうございます。

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